東京ハードナイト 6

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その日の夜。

 

堂本は、再び由一の前に姿を現した。

 

だが、今度は堂本だけではなく、数人の目つきの悪いヤクザたちを従えていた。

 

その中には、白樺に来て由一を無理やり攫ってきた、あの金髪のヤクザもいた。

 

「・・・・・どうだ?ここが気に入ったか?」

 

黒髪をオールバックに撫でつけている堂本は、まるでベッドのように広々としているソファに座って足を組み、立っている由一を見つめて言った。

 

他のヤクザたちはすぐに、堂本の横に座るように強制したが、由一はそれを徹底的に拒絶した。

 

そんな由一を片目で見て、スーツ姿の堂本がふふっと笑う。

 

「まだ逃げることを諦めてないようだな?自分の立場も分かっていないらしい。だがどんなに抵抗しても、ここから逃げ出すことは不可能だ」

 

冷酷で、ゾクリとするぐらい低音の声だった。

 

だがこの状況に不本意な由一は、決して諦めていない。

 

今までだって、どんなひどい状況でも諦めたことなんてなかったんだ。

 

母親が病死して、天涯孤独の身になったって、必死に頑張ってきたんだ。

 

こんなことで、私は負けたりしないっ。

 

「いいえっ。絶対に逃げてみせますから」

 

由一は堂本を睨みつけるようにしてきっぱりと言った。

 

その恐れを知らぬ潔さに、思わず周りにいたヤクザたちが顔を見合わせる。

 

だが、堂本だけはそんな由一を見ても変わらずに、冷淡な笑みを浮かべているだけだった。

 

「その気の強さがいつまで持つかな?」

 

「私はっ・・・私は・・・白樺の借金の形にこんなところに連れてこられたこと自体、納得してないです。いくらの借金かは知りませんが、私が働いて必ずお返しします。だから・・・どうか私をここから出してください。お願いしますっ」

 

由一は、本当は怖くて堪らなかったが、拳を握り締めるようにして懸命に言った。

 

するとすぐ後ろにいた金髪頭のヤクザが、生意気な口をきく由一に腹が立ったのか、いきなり由一の栗色の髪を掴み上げる。

 

「てめー、誰に向かって口きいてんだ?ええっ?」

 

だが、か弱くて無抵抗でいる由一に対してのそんな無謀な行為は、すぐに堂本の一喝によって止められた。

 

「ヤス、やめろっ!」

 

「ですが・・・こいつ生意気で・・・」

 

「いいから、やめろっ」

 

堂本のビンッと響いた声は、ヤスと呼ばれたヤクザを一瞬にして縮こまらせる。

 

「由一に二度と触れるな。いいなヤス?」

 

「は、はいっ」

 

ヤスと呼ばれたヤクザは、肩を落としてそう言うと、リビングルームの扉の辺りまで後退した。

 

こんないかついヤクザを、一喝で恐怖せしめてしまうこの堂本という男はいったい何者なのだろうか。由一は、不審そうな顔で堂本を見つめながら、ゆっくりと後ずさった。

 

「待てっ。お前はここに座れ」

 

堂本が、由一の足を止め、自分の横に座るように命令する。

 

すると他のヤクザたちがすぐに由一の腕を掴み、無理やり堂本の横の座らせた。

 

堂本は横に座った由一の肩に腕を回し、そのまま自分の胸の方に引き寄せる。

 

「・・・お前今、借金を働いて返すと言ったな?」

 

堂本は、傷がある右側の顔を近づけて、耳元で聞いた。

 

由一は、話せば分かってもらえるかもしれないと思い、大きく頷く。

 

「はいっ、はい確かに言いました。きっと働いてお返しします。一生懸命働いて、必ずお返しします。だからここから出してくださいっ」

 

由一は初めて、堂本の顔を正面から見つめて言った。

 

すぐ近くで見る堂本の顔の左右は、まるで対照的だった。

 

美麗さと醜さが共存し、見事に調和されている。

 

この凄みと迫力は、そんな二つの融合から生まれている・・・と由一は思った。

 

堂本が、シガレットケースの中から煙草を取り出し、ふふっと笑う。

 

「いったい、いくらか知ってるのか?あのオヤジが一晩でつくった借金・・・」

 

「いくらって、多分・・・五十万とか・・・多くても百万とか・・・でしょう?」

 

と由一が言うと、堂本は堪えていたものを噴き出すように大声で笑い出した。

 

由一に考えられる、一晩で負けるマージャンの金額はそれが限界だった。

 

だが堂本は、ソファの背もたれに身体を預けるようにして思いきり笑っている。

 

「あっはは・・・わっはは・・・」

 

「あの・・・」

 

「多くても百万だと?あっはは・・・あの店を手放してもまだ足りない額だったんだぞ」

 

と、ヤクザの一人に煙草に火をつけさせている堂本から言われ、由一はそうだったと思った。

 

あの店は小さくて汚かったけど、でも土地だけ売っても何千万にはなるはずだ。

 

それでも足りなかったってことは・・・まさか・・・とんでもない額なんじゃ・・・・。

 

「あ、あの・・・おいくらぐらいなんですか?」

 

由一の声は、急に小さくなってしまった。

 

堂本は美味そうに煙草の煙を味わいながら、空いている手で由一の顎をしっかりと捕まえて言う。

 

「あのオヤジが負けた額は五千万」

 

「ご、ご、五千万っ!?」

 

金額を聞いた由一はソファの上で飛び上がり、素っ頓狂な声を出してしまった。

 

「一生懸命働いて返すって言ったが、どうやって返すんだ?借金には利子ってもんが付くんだぞ?毎月十万や二十万の金、利子にもならない。それをお前でチャラにしてやったんだ。つまり、お前には五千万の価値があるってことだ。よかったな?」

 

堂本はそう言って、由一の顎を引き寄せてじっと顔を見つめる。

 

ついさっきまでの由一だったら、猛烈に暴れて抵抗するところなのだが、今は思考停止してしまっていて、無理だった。

 

どうやったら、一晩で五千万もの借金を作れるんだ?

 

ハリウッドやラスベガスのカジノじゃあるまいし。

 

しかもマージャンでなんて。

 

そもそも賭けマージャンなんて、日本の法律で禁じられていて、違法だろう?

 

それに、どうして私が借金の形なんだ?

 

佐川さんの借金なんだから佐川さんが払えばいいのに。

 

だけど・・・だけど・・・佐川さんには昔助けてもらった恩がある。

 

母と、まだ幼かった自分を助けてもらった恩がある。

 

だけど・・・だけど・・・。

 

「どうした?あまりの金額に驚いて声も出ないか?それとも諦めて、自分の運命を素直に受け入れる気になったか?」

 

堂本はそう言いながら、由一の頬に唇を寄せた。

 

由一ははっとしたが、顎を掴まれている力が強くて、動けない。

 

「じっとしてろ・・・」

 

と、堂本は由一の頬に唇を這わせていく。

 

由一は、まるで金縛りにでもあったかのように、まったく動けなかった。

 

ショックと恐怖と、そして戦慄が由一の全身を駆け巡っている。