東京えっちナイト 3
- 2016年06月28日
- 小説, 東京スペシャルナイト
さっきからずっと通りのウインドーのほうを向いている宇宙に、足裏マッサージをしている遼一がそっと声をかけた。
「あっ、ううん。別に何も・・・。ただ・・・てっちゃんが今通ったような気がして・・・」
同じように足裏マッサージをしている宇宙は、小声で答えた。
とたんに、遼一もウインドーのほうを見る。
だが窓の外は花で埋もれていて、通りが見える隙間はわずかだった。
「本当にてっちゃんだったのか?」
指を動かし、ツボを指圧しながら遼一が聞く。
すると、最後に蒸しタオルで客の足を綺麗に拭いている宇宙は、不思議そうに首を捻った。
「見たわけじゃなくて、なんとなくそんな気がして・・・」
宇宙の言葉を聞いた遼一が、柔らかく笑う。
そんな気がして・・・と宇宙が言うと、本当にそうだったような気がしてくるから不思議だった。
もしかしたら本当に、てっちゃんと丸君が様子を見に来てくれたのかもしれない。
遼一はマッサージをしながら、心の中でてっちゃんと丸君に『ありがとう』と呟いた。
そして宇宙も。てっちゃんと丸君の顔を思い浮かべながら、心の中で『ほんとにありがとう』と呟いた。
藤堂四代目の命を受け、遼一の様子を見に来ていた桜庭は、予想どおりの光景に思わず笑みを漏らしていた。
店から少し離れた横道に一台の黒いベンツが止まっているが、その後部座席から双眼鏡を使って店の様子や紅林組の組長の様子、そしててっちゃんと丸君の散歩の風景を観察していた。
「四代目のおっしゃったとおりだ。紅林組はいまだに遼一を諦める様子はないし、あれからどこかに雲隠れしていた相模鉄男もオープン初日に現れたし。それにしても祝いの花が多すぎて中の様子がよく見えないな」
と、桜庭が呟くと、運転手が気を利かせて少しだけ車を移動した。
ちょうど、店の中の様子が見える場所に来て、桜庭は身を乗り出して双眼鏡を覗き込んだ。
「店はなかなか繁盛しているようだな。だが問題は紅林組の跡目の件だが、どうやって組長に承諾させるか、それが問題だな。あの様子では滅多なことでは諦めんぞ」
桜庭は困り果てたようにそう言った。
藤堂四代目に、紅林組の跡目の件を一任されたものの、どのように対処したらいいのか正直頭を悩ませていた。
跡目である遼一は組を継ぎたくないと言い張り、一度は諦めた組長はやっぱり諦められないと言い張り、ついには泣きを入れられ、ほとほと困っていた。
「仕方がない。店が終わった後、もう一度だけ遼一と話してみるか」
困った結果の結論が、それだった。
「いったん、四代目のところに戻ってくれ」
桜庭はそう言うと、双眼鏡を隣に座っている側近の一人に手渡した。
「もうよろしいんですか?」
「これ以上二人を見ててもしょうがない。帰って対策を考えるとするか」
桜庭は、困惑したまま煙草を口に銜えた。
隣に座っていた側近の一人が、火の点いたライターを差し出す。
外国製の煙草をうまそうに一服しながら、桜庭は帰路についた。