東京えっちナイト 1

今日は、心と身体のリフレッシュマッサージ『ラベンダー』のオープン日だった。

 

天気は快晴。

 

小春日和である。

 

ラベンダーの店長は、遼一。

 

そして店員は宇宙だった。

 

教師を退職し、マッサージの勉強をして半年の間に、宇宙は足裏マッサージと全身マッサージを完璧に習得していた。

 

スペシャルマッサージとウルトラスペシャルマッサージは教えてもらっていなかったが。

 

「宇宙、いよいよだね」

 

「ほんとに、いよいよオープンだね。僚一」

 

二人は、白いシルクのシャツに黒いスラックス姿で自分たちの店の前に立った。

 

都心から少し離れたオフィス街に本日オープンする二人の店は、カーテンで仕切ったベッド二つと、足裏マッサージ用のチェアが三つ、首から肩をマッサージするために開発されたマッサージチェアが二つ、そして小さな待合室があるだけの、本当にこぢんまりとした店だった。

 

だが正真正銘、二人の店であることに変わりはない。

 

遼一が密かに貯金してきたわずかな蓄えと、宇宙の貯金を合わせて、足りない分は銀行から借金しての運転資金だった。

 

そしてやっと見つけたのが、このラベンダーの店である。

 

「それにしても銀行がよくお金を貸してくれたよね?」

 

不意に、宇宙が言った。

 

確かにそのとおりで、なんの担保もない二人が融資をお願いに行っても絶対に断られると思っていたのに。

 

店を出す大半の金額の融資を、たった一言で引き受けてくれたのだ。

 

これには、宇宙も遼一も驚いてしまった。

 

「もしかしたら・・・・・紅林組が後ろで動いていたりして?」

 

遼一が、不機嫌そうな顔で言う。

 

半年前のあの一件から、すっかり遼一の跡目のことを諦めたと思っていたのに、父親である紅林組の組長は何かにつけて遼一の周りをうろうろとしていた。

 

『何か困ったことがあったらいつでも言ってきなさい』

 

組長はたった一度だけそう言って、遼一の前から消えていく。

 

実の父親なのだし会いに来てもらっても迷惑というほどのものではなかったが、やはり遼一は困ってしまっていた。

 

もう二度と会うこともないと思っていたのに。

 

それに紅林組なんていう組織を引き継ぐつもりもまったくないし。

 

宇宙と二人で小さなマッサージの店をオープンさせて、そして一生幸せに過ごせればそれでいいと思っているのに。

 

「僕もそう思うけど・・・」

 

「やっぱりな」

 

「でも、別にいいじゃん。実の父親なんだし、この際甘えちゃえば  ねっ?」

 

と、宇宙がニコッと笑って言う。

 

その屈託のない笑顔を見て、心の中にモヤモヤを抱えていた遼一の気持ちが一気に晴れたのを感じた。

 

やっぱりどんな時も、宇宙の笑顔が一番である。

 

変な思惑など一気にどこかに吹っ飛んでしまう。

 

宇宙もいろいろとあってやっとここまできたのだ。

 

半年前のあの一件から、一番思い悩んできたのは宇宙なのに。

 

どうしてあんな純粋な笑顔ができるのだろうか。

 

恭也や亨にいいように道具で弄ばれ、自尊心を粉々に打ち砕かれたはずなのに。

 

心配する遼一に対し、宇宙はまるで何事もなかったかのように優しく笑ってこう言ったのだ。

 

『大丈夫、大丈夫。こんなことぐらい平気だって。遼一の十年間に比べたら、蚊に刺されたようなもんだって』

 

遼一はその一言を聞いて、宇宙を思いきり抱きしめた。

 

そして思わず声を上げて泣いてしまったのだ。

 

あれから半年。

 

亨も恭也もすっかり影を潜め、竜胴組も藤堂四代目の命令で解散に追い込まれたと風の噂で聞いた。

 

ヤクザ渡世のことに詳しくない二人だったが、そんな噂を耳にすると、てっちゃんと丸君を思い出す。

 

あれから一度もてっちゃんと丸君には会っていなかった。

 

というよりは、二人ともどこにいるのか分からなかった。

 

宇宙を助けてくれたホテル街の裏路地のダンボール小屋を捜し回ったが、そこには二人の姿はもうなかった。

 

他のホームレスの住処も捜し回った。

 

一言でもいいから、どうしてもお礼が言いたかったのだ。

 

だが二人は、半年前から忽然と姿を隠してしまっていた。

 

「てっちゃんと丸君にも見せたかったな、この店。きっと喜んでくれると思うんだ」

 

宇宙が、二人を思い出すように言った。

 

遼一も、淡いラベンダー色の店を見上げて感謝するように言う。

 

店の周りには開店用の花が飾られていた。

 

この開店を祝う花輪も、実は遼一の父親から贈られたものだった。

 

最初は嫌がって飾らないと言い張っていた遼一だったが、宇宙の説得によってここに飾られることを許されたのだ。

 

立派な花輪は、豪華な花々で埋め尽くされ、狭い店を取り囲むようにいくつも並べられていた。

 

そのおかげもあってか、通りを通るサラリーマンやOLたちが、何事かと店を覗いていく。

 

「ああ、そうだな。本当に不思議な二人だったよ。突然現れて私たちを助けてくれて、そして突然消えてしまうんだから」

 

「ほんと、まるでスパイダーマンだよね。でもてっちゃんと丸君は一緒にいると思うんだ。それにこの都会のどこかにいる。絶対にいるって」

 

宇宙の言葉に遼一も頷いた。

 

そしてそろそろ店のオープンの時間がやってくる。

 

今日は初日ということもあって、予約のお客様は三名だけだった。

 

だがオフィス街にあるのだから、お昼休みとか結構混みそうな予感がする。

 

「よし、仕事だ。頑張ろう」

 

「はい、店長♡」

 

宇宙は嬉しそうにそう返事をすると、遼一と一緒に自分たちの店に入っていった。

 

『ラベンダー』オープンの初日は、こうして幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京スペシャルナイト 下 24【最終回】

遼一は肩の傷がすっかり癒えると、父親と対面していた。

 

紅林組の組長である父親は、想像以上に年老いた老人だった。

 

白髪頭、皺が深く刻まれた顔、そして心臓に病を持つ身体。

 

自分を殺すように命じた組長の正妻には会わなかったが、末期のガンで病院に入院していると聞かされた。

 

母や養父母たちを殺すように命じた正妻には、恨みや憎しみを抱いていたが、死の床にあると聞いて、その恨みつらみが消えていくのを感じていた。

 

人間はいつか死ぬのだ。

 

どんなに高い地位に上がろうと、どんなに大物政治家になろうと、いつかは死ぬ。

 

そのことが手に取るように分かった。

 

「もう、恨みや憎しみなどという感情はありません。今は宇宙と二人、静かな場所でそっと暮らしたいです」

 

都内のホテルのスイートルームで、遼一は椅子に座って言った。

 

目の前のソファには父がいる。

 

自分の横には、愛しい宇宙が寄り添うように座っていた。

 

遼一は、宇宙がいてくれれば何もいらないと思っていた。

 

巨大な組織の膨大な財産も部下たちも、広大な敷地もいらない。

 

宇宙だけがいてくれればそれでいいのだ。

 

「もう一度考えてくれ。わしがお前をどれほどの思いで捜したか・・・。きっと生きている、どこかで生きていると思い続け、捜し続け、やっと巡り合えたというのに・・・」

 

とてもヤクザの組長とは思えない弱々しい言葉に、遼一は一瞬心が揺れた。

 

もう死んでしまっていると思っていた父にやっと巡り合うことができて、情が湧かないはずがなかった。

 

一般の父親だったら、きっと涙を流して『父さん』と叫んでいたに違いない。

 

だが遼一の父親は、巨大な極道組織の組長なのだ。

 

しかも組長は、たった一人きりの息子である遼一に、後を継いでほしいと願っている。

 

遼一の人間性と極道としての素質をてっちゃんから聞いて知っている父親は、ますます遼一に後を継がせたいと望んでいた。

 

「私は生まれてから今日まで、一般人として生きてきました。途中、囲われたこともありますが、極道の世界とは無縁だと思っています。どうか他の人に組を任せてください」

 

「待て、遼一っ。よく考えるんだ。紅林組を継げば宇宙君にもいい暮らしをさせてやることができる。都内の高級マンションに住むこともできるし、欲しい物は何でも手に入れることができるんだ。男なら一度は夢見るような生活をお前は捨てるというのか?無意味だとでも言うのか?」

 

高価なスーツに身を包んでいる父親が、怒鳴るようにして言う。

 

だが、それでも遼一の決心は変わらなかった。

 

確かに、ヤクザの組長の跡目を継げば人生は百八十度変わるだろう。

 

手下の者たちは、二百人を下らない。

 

藤堂組の傘下ということもあり、四代目とは腹を割って話せる仲である。

 

遼一が望めば金も地位も思いのままだというのに、恵まれたその地位を捨てるというのだ。

 

父親は、たまらず激怒した。

 

「だめだっ!お前はわしのものだっ。絶対に手放さんぞっ」

 

と、父親が荒々しい態度に出ると、スイートルームにいた数人の側近たちが一斉に表情を厳しくした。

 

そして遼一を取り押さえようとする。

 

遼一は、おとなしくされるがままになっていた。

 

「無駄ですよ、父さん。私をどんな方法で束縛したとしても、私はあなたの言うとおりにはなりません」

 

と、遼一が言うと、父さんと初めて呼んでくれたことに感激した父が、頬に一筋の涙を流した。

 

「今・・・父さんと呼んでくれたのか?わしを父親と認めてくれるのだな?」

 

よほど嬉しいのか、握った手が震えている。

 

遼一は側近たちに肩を掴まれながらも冷静な面持ちで父を見た。

 

「あなたが生きていてくれてよかった。夢のようです」

 

「遼一・・・」

 

「ですが、そこまでです。自分の大切なものを犠牲にしてまで父さんに尽くす気にはなれません。申し訳ありませんが諦めてください」

 

と、遼一が言うと、父は大粒の涙を流して手を挙げた。

 

側近たちに、遼一を離してやるように合図したのだ。

 

自由になった遼一は、ソファから立ち上がって声を殺している父を見つめた。

 

「もう二度とお会いすることもないと思いますが、どうかお元気でお暮らしください」

 

最後にそう言うと、遼一はスイートルームを出ていく。

 

すぐに側近何人かは追いかけようとしたが、父親がそれを止めた。

 

「もういいっ。もういいのだ。追うのはやめろ」

 

「組長、しかし・・・このままでは・・・」

 

「いや、遼一の言ったとおり、無駄だ。その気のない者に何を言っても無駄なのだ」

 

組長がそう言うと、ずっと隣室で二人の様子を窺っていたてっちゃんが、姿を見せた。

 

「組長としての素質は申し分ないが、本人にその気がないなら仕方がない。潔く諦めることです。四代目には俺のほうから報告しておきます」

 

「・・・・・頼みます」

 

組長は力なくそう言って、また涙を流した。

 

てっちゃんはスイートルームを出ると、そのままエレベーターに向かって歩き出した。

 

途中で丸君と会い、一緒にエレベーターに乗り込む。

 

「どうだったの?やっぱり、だめ?」

 

丸君の問いに、てっちゃんは顔を顰めるようにして頷いた。

 

「いい極道になれるんだがなー。藤堂四代目・・・とまではいかなくても、それなりの極道になれる素質があるんだ。実にもったいない・・・」

 

「そんなこと言ったって、本人になる気がないんならしょうがないよ。宇宙と一緒にマッサージショップでも開いたほうがいいんだろう?」

 

「そのようだな」

 

エレベーターが閉まり、一階へと降りていく。

 

一階に着くと、てっちゃんは携帯を内ポケットから取り出してリダイヤルを押した。

 

出たのは、藤堂四代目だった。

 

「四代目、やはり無理でした。本人にその気はありません。紅林組の跡目相続の一件は、すべて四代目に任せるそうです。はい・・・」

 

てっちゃんが話している間、丸君はホテルのロビーを仲よく歩いていく遼一と宇宙を目で追っていた。

 

宇宙は白いタートルに白いダウンジャケットを着て、スラックスはダークグリーンだった。

 

遼一はさっきと同じ、濃紺のスーツ姿だった。

 

二人とも肩を寄り添い、楽しそうに話しては笑っている。

 

そんな二人の様子を見ていた丸君は、ふふっと笑った。

 

「幸せになれるといいな、あの二人」

 

「何か言ったか?」

 

報告を終え、携帯を切ったてっちゃんが聞く。

 

丸君はロビーから出ていく二人の後ろ姿を目で追いながら、「別に、何も」とだけ答えた。

 

「四代目はなんだって?」

 

「紅林組の跡目の件は、側近の桜庭に任せるそうだ」

 

「ふーん、ヤクザの世界もいろいろと大変なんだね」

 

「そうだ。だから俺は足を洗ったんだ」

 

「今回だけだ。また明日からホームレス暮らしに戻るさ。四代目は戻ってこいと言ってくれているが、俺は戻る気はない。三代目に一生を捧げたんだ、それで十分さ。それはそうと、亨と恭也だが、あれからずいぶんとおとなしくなったらしい」

 

と、煙草に火を点けながらてっちゃんが言うと、丸君は楽しそうに後を追いながら言った。

 

「へぇー、そうなんだ。でも父親から見放されちゃったんでしょ?政治家の夢も消えたみたいだし、かわいそうって言ったらかわいそうだよね?」

 

と、丸君が言う。

 

てっちゃんは、速足でロビーを歩きながら言葉を続けた。

 

「だがあれでよかったのかもしれないぞ。あれからあの二人、密かに付き合っているという噂だ」

 

「・・・えっ?嘘・・・?どっちが受けでどっちが攻め?やっぱり亨が攻めだよね?違うの?」

 

「さーてな。その辺は想像にお任せだ。それより、明日からはまたホームレス暮らしだ」

 

てっちゃんは、どこかさっぱりとした口調で言う。

 

亨と恭也のことで頭を悩ませていた丸君は、気分を変えたように言った。

 

「じゃ、俺もホームレスに戻ろうっと・・・。だってホームレスのほうが自由だし、てっちゃんと一緒にいられるから楽しいもん」

 

丸君の言葉に、てっちゃんはふふっと鼻で笑った。

 

「人生いろいろだからな、勝手にしろ」

 

「はーい、勝手にしまーす」

 

丸君がてっちゃんの後を一生懸命に追いながら言う。

 

ホテルの外は、少し早い雪が降っていた。

 

「明日は積もるかもしれないぞ」

 

てっちゃんと丸君は、天から降ってくる白い雪を見上げながら遼一と宇宙のことを思った。

 

その後、てっちゃんと丸君の行方を知る者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

東京スペシャルナイト 下 23

相手がすべての事情を知っていることに驚いた亨は、苦痛で顔を歪めながらてっちゃんと丸君を見つめた。

 

「・・・くぅ・・・お前たちは誰だ?どうして遼一の出生の秘密を知っている?」

 

するとてっちゃんが、床に転がっているサイレンサー付きの銃を拾い上げ、指先でくるくるっと回す。

 

「俺たちのことより、自分の身の上を心配しろ。お前にはもう父親の保護はないからな」

 

てっちゃんの言葉に、亨の顔色がサーッと青くなった。

 

父親の保護がないとはどういうことなのか?

 

「本人に直接聞け」

 

と、てっちゃんが言うと、開け放たれたドアから側近に囲まれた大江原権蔵が入ってきた。

 

杖をつき、ゆっくりとした足取りで病室の中に入り、惨状を目の当たりにするなり権蔵は顔を曇らせた。

 

「・・・ここまで無能者だとは思わなかった・・・。お前を私の後継者として次期参議員に推薦するのはやめにしよう」

 

権蔵は汚らわしいものでも見るように亨を見て、そう言った。

 

腕を撃たれている亨は、父親の言葉に驚愕する。

 

「と、父さんっ!これにはわけが・・・ 」

 

「わけなどどうでもいい。大事なのは結果だ。私はお前にそう教えてきたはずだ。そうだろう?」

 

そう言った権蔵が呆れ果てたように息子を見つめる。

 

権蔵の側近たちは、傷ついているヤクザたちを立ち上がらせ、病室から連れ出していく。

 

「紅林組の組長より正式に通告があった。息子を返してほしいという内容のものだ。私がお前に遼一を預けたのは、こういう結果を望んでのものではない。もう少し父親の心中を察しているかと思ったが・・・」

 

権蔵は首を振りながらそう言って、亨に背中を向けた。

 

「でもまだ負けたわけでは・・・。遼一を人質にして要求を出してみては・・・」

 

「馬鹿者っ!勝敗以前の問題だということにまだ気づかぬのかっ!この愚か者めがっ!」

 

振り返り、権蔵が怒鳴りつける。

 

その声に身体を縮ませてしまった亨は、身体の痛みも忘れたようにガックリと床に崩れた。

 

そんな亨に追い打ちをかけるように、権蔵が言う。

 

「お前の息子が言っていた。『僕の先生をいじめたら承知しない、一生父さんを恨んでやる』と、『父さんに伝えておいてくれ』と。あれは勘のよい子だ。お前が国の担任の先生に何をしようとしているのか勘づいているようだ」

 

「国の・・・担任?まさか・・・宇宙が?でもそんな報告は・・・」

 

「だから愚か者だと言うのだ。自分の息子の担任ぐらい覚えておけ、この馬鹿者がっ!」

 

権蔵の言葉に、亨は愕然としてしまった。

 

自分の息子である国が、いつもとても好きだと言っていた担任の教師が、宇宙だったとは!

 

遼一のことだけに気を取られ、宇宙の身辺を探ることを怠っていた。

 

「それともう一つ。この一件からはすべて手を引かなければならない理由がある。あの藤堂四代目が紅林組の跡取りの一件を陰で調べているという噂が耳に入った。藤堂四代目が動き出したとなると、手を引かざるを得ない。そうだろう?」

 

父親の言葉に、亨はぐうの音も出なかった。

 

日本の裏社会を牛耳っているという藤堂四代目がこの一件にかかわっているとなると、もはやどうすることもできなかった。

 

宇宙と遼一を、自由にしてやるしかない。

 

「今後いっさい、二人には構うな。いいな?」

 

権蔵は最後にそう言い残し、病室を出ていく。

 

病室の外には、あの気弱そうな医師が立っていた。

 

権蔵はその医師に向かって言う。

 

「亨に、この病院から手を引かせる」

 

その一言を聞いた医師が、びっくりして目を白黒させる。

 

「あ、あの・・・では・・・借金のほうは?」

 

「藤堂四代目の代理の者から預かった。お前はもう自由だ」

 

「代理の者?」

 

医師はそう呟いてから、いきなり目の前に現れた相模鉄男の存在を思い出した。

 

ではあの男が?

 

「宇宙、怪我はない?」

 

病室の中では、丸君が宇宙に話しかけていた。

 

「ううん、大丈夫。ちょっといろいろされちゃったけど・・・でもこんなことは平気だから」

 

真っ赤な蝋がまだ残っている身体で、明るく宇宙に言う。

 

その健気な元気さと明るさに丸君とてっちゃんは思わず微笑んだ。

 

実はてっちゃんと丸君は、病室の中で行われたすべてのことを監視カメラで見ていたのだ。

 

蝋で責められ、バイブで嬲られても決して自分の意思を曲げなかった宇宙を見て、二人の愛が本物だと知った。

 

そして携帯から藤堂四代目に連絡を入れて紅林組を動かし、権蔵をここに導いたのだ。

 

権蔵は最初は知らぬ存ぜぬを通していたが、藤堂の名を聞いたとたん手のひらを返したようにすべてを打ち明けた。

 

権蔵ほどの大物政治家でも、藤堂四代目に睨まれることは避けたかったのだ。

 

「あなたが桜井遼一さんだね?」

 

ダンディな雰囲気を漂わせているてっちゃんに丁寧に尋ねられて、遼一は立ち上がって「はい」と返事をした。

 

てっちゃんが遼一の顔をじっと見つめて、満足したように頷く。

 

「あなたの本当の姿は見せてもらった。修羅の心を持ちながらもそれに流されることなく己自身と正義を貫き通したあなたの姿には感銘を受けた。紅林組もあなたのような跡継ぎがいれば安泰だろう」

 

てっちゃんの言葉に、遼一がゆっくりと首を振る。

 

「いいえ。私は桜井遼一です。紅林組など知りません」

 

「だがあなたはまぎれもなく、紅林組の跡継ぎだ。父親があなたの行方を血眼になって捜している。組を任せたいと思っているのだ」

 

てっちゃんが、慎重な口調で言う。

 

ガウン姿の遼一は、腕の中に宇宙を抱きしめたまま立ち上がり、その事実を拒絶するかのように首を横に振った。

 

「私の父が誰であるにしろ、私は私です。ヤクザの組長になるつもりはありません」

 

潔くきっぱりと言った遼一を見て、てっちゃんがニヤッと笑う。

 

「その心意気も気に入ったよ。今どき、あなたのような人は珍しい。事実を頭から否定しないで、一度、父親に会ってみたらどうだ?考えが変わるかもしれないぞ?」

 

てっちゃんの優しい言葉にも、遼一は頷かなかった。

 

傷ついた足首を引きずるようにして、宇宙と一緒に病室を出ていく。

 

「・・・父にお伝えください。私の心は変わらないと。私は宇宙と一緒に生きていくと」

 

それだけ言うと、遼一はめちゃくちゃになっている病室を後にした。

 

ガウンを着ている宇宙を抱きしめながら廊下に出ると、そこには手当をしてくれたあの医師がにこやかな表情で立っていた。

 

「なっ、聞いてくれっ。藤堂四代目のおかげで、もう脅される生活も終わりそうなんだ。この病院も借金のかたに取られなくて済んだ。これからも医者を続けられそうなんだ」

 

そう言った細面の医師の瞳には、涙が溢れていた。

 

ずっと脅えていた生活からやっと抜け出せた喜びが溢れていた。

 

遼一は、そんな医師の肩にポンッと手を置くと、今まで看病してくれた礼を言った。

 

「いろいろとありがとう」

 

「こ、こちらこそっ。救ってもらったのはこちらのほうだ。なんて礼を言ったらいいのか・・・」

 

「救ったのは私じゃない。中にいる人たちだ」

 

と、遼一が病室を指さして言う。

 

病室にまだてっちゃんと丸君が残っていた。

 

「いや、私の荒んだ心を救ってくれたのは間違いなくあなただ」

 

医師はそう言って右手を差し出す。

 

遼一は、ふっと軽く笑った。

 

そして医師と固く握手すると、宇宙の身体を抱き寄せるようにして廊下を歩いていった。

 

てっちゃんと丸君は、そんな遼一と宇宙の後ろ姿をただじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京スペシャルナイト 下 22

自分がヤクザの組長の息子だから。

 

たったそれだけのことで、母や養父母を殺すように命じた本妻、そして手を下した者たち。

 

そして大江原や亨、恭也まで、かかわっている者すべてが憎いと思った。

 

そして、そんな自分を捜しているという父親である紅林組の組長が、一番憎いと思った。

 

「お前を利用して紅林組を乗っ取ろうと考えていたが、その計画は変更したほうがよさそうだ。そうでしょう、亨様?」

 

と、床に落ちている拳銃を拾った恭也が言うと、逃げようとしていた亨は立場が逆転したことに喜びながら「そうだな」と答えた。

 

そして自分も拳銃を拾い、余裕の顔で遼一と宇宙の前に近づいていく。

 

「お前がおとなしくマッサージ師のまま囲われていればこんなことにならなかったのに、残念だな。腕のいいマッサージ師を失うのは痛手だが、仕方ないだろう」

 

力なく床に崩れている遼一に向かって亨が言う。

 

「あのとき、言われたとおりに殺しておくべきだったんですよ。十年前に・・・養父母と一緒に・・・」

 

ゆっくりと近づいてきた恭也も言う。

 

二人は並ぶと、揃って銃口を遼一に向けた。

 

宇宙は二人の話の内容に愕然としながらも、身に迫った危機をどのように回避したらいいのか考えていた。

 

だがいくら考えてもこの状況を一変させられる答えが出てこない。

 

さっきまで仁王様のようだった遼一は、二人の話の内容にすっかり毒気を抜かれてしまっていた。

 

母親の死と養父母の死が、すべて仕組まれたものだったとは・・・。それも自分の出生の秘密に原因があったなんて知らされたら、誰でもショックを受けるのは当たり前である。

 

「・・・遼一、大丈夫?」

 

宇宙は遼一に抱きつきながら、静かな声でそう聞いた。

 

「宇宙・・・私は・・・・・」

 

遼一はまだショックから立ち直っていない。

 

見た者が思わず身体を震わせてしまうほどのあの威圧感が、どこかにいってしまっていた。

 

「遼一、お願い、しっかりして・・・」

 

宇宙は、薄ら笑いを浮かべている亨と恭也を見上げながら、遼一の腕を揺すった。

 

遼一はじっと何かを考えている。

 

「遼一、遼一。ショックなのは分かるけど、でもお願いだから立ち直って。でないと本当に殺されてしまうっ」

 

宇宙が泣きながら言うと、遼一の肩がピクッと動いた。

 

そして宇宙を見つめる。

 

遼一の瞳は、涙で濡れていた。

 

「宇宙、私は二人を許すことができない。どうしてもできないんだ」

 

遼一が言った。

 

遼一の瞳には、何かを決心したきらめきがあった。

 

「うるさいぞっ、何をゴチャゴチャと言っているんだっ。今から二人揃って殺してやるからありがたく思えっ」

 

恭也が、銃口を遼一に押しつけて言う。

 

そのときだった。

 

恭也の腕に、宇宙が思い切り噛みついた。

 

「いたっ・・・痛い・・・っ」

 

とっさのことで、恭也が拳銃を落としてしまう。

 

その隙に、遼一は血を流している脚で亨の身体を思いきり蹴飛ばした。

 

バキバキッと鈍い音がして、亨の身体が床にうつ伏せになる。

 

あばら骨が何本か折れたような音だった。

 

「うあっ・・・ぐあっ・・・・・」

 

亨が苦しそうに胸のあたりを押さえてヤクザたちと一緒に床を転がる。

 

恭也も、亨と同じように遼一に蹴られ、そして顔を数発殴られた。

 

恭也の意識が遠のいていく。

 

あっという間に形勢が逆転し、ヤクザたちと亨、恭也が床に転がっている。

 

そして銃口を恭也と亨に向けて引き金を引こうとする。

 

「遼一!?」

 

「私はこの二人だけは許すことができないんだ。母ばかりでなく、あの優しかった養父母までも殺したこの二人だけは・・・」

 

「お、おいっ、殺したのは俺たちじゃない」

 

「同じことだっ。殺すように命令したヤクザの本妻もその命令を受けたヤクザもお前たちも、一緒だっ。みんな畜生だっ!」

 

そう叫んだ遼一の瞳からは涙が溢れていた。

 

宇宙はそんな遼一の胸に抱きつくと、同じように涙を流して訴えた。

 

「遼一、遼一、お願いだからもうやめて・・・。事実を知ってどんなにつらく悲しいかよく分かる。遼一が受けた仕打ちを考えれば殺したくなる気持ちもよく分かる。だけど・・・この二人を殺してはいけない。二人を憎しみの感情で殺してしまったら、遼一も二人と同じ人間になってしまう。二人と同じ最低の人間になってしまう。そうでしょう?」

 

宇宙の言葉は、胸にズンッと重くのしかかった。

 

遼一が、涙が零れている瞳で宇宙を見つめる。

 

宇宙の瞳にも涙が溢れていた。

 

宇宙は、自分が受けた痛みをそのまま感じ取り、受け止めてくれているのだ。

 

遼一は思わず拳銃を手放し、宇宙の身体を抱きしめた。

 

「宇宙・・・宇宙・・・お前って子は・・・。こんなひどい目に遭いながら・・・」

 

「遼一、僕がずっとそばにいるから。いつでも遼一のそばにいるから。だから憎しみや恨みを忘れて以前の遼一に戻って。お願い・・・ねっ、遼一?」

 

宇宙の必死の説得に、遼一の胸につかえていたものがするりと滑り落ちていった。

 

そして修羅の心が目覚めた仁王様のような遼一ではなく、宇宙と出会った頃の遼一に戻っていく。

 

「宇宙・・・お前がそばにいてくれてよかった。宇宙と巡り合ってよかった」

 

「遼一、それを言うのは僕のほうだよ。遼一に巡り合えて本当によかったと思っているんだから」

 

と宇宙が、遼一の胸に抱きついていく。

 

ひどい仕置きを受け、心も身体もボロボロの状態なのに、宇宙の純粋で清らかな心根はまったく変わっていなかった。

 

以前のままの、美しく聡明な宇宙である。

 

遼一は、そんな宇宙を愛しくてたまらないとばかりにもう一度深く抱きしめた。

 

だがそんな二人に、懲りていない亨が苦しそうにしながらも、もう一度銃口を向ける。

 

そして引き金を引く。

 

一瞬早く拳銃の引き金を引き、亨の腕を撃った男がいた。

 

それは、ダークな感じのスーツに身を固めている相模鉄男だった。

 

「うぐぐっ・・・うぅっ・・・」

 

腕を撃たれた亨は、二度と立ち上がれないほどの苦痛にもがき苦しんでいる。

 

そんな中に突然現れたてっちゃんを見て、宇宙は両目を目いっぱいに見開きながら驚いた。

 

「もしかして、てっちゃん!?」

 

驚きの声で宇宙が聞くと、不精髭を剃り身綺麗になったてっちゃんはふふっと笑った。

 

「こんな格好してると、やっぱり変か?」

 

てっちゃんが少し照れたように言う。

 

「ううん、全然変じゃない。格好いいというか・・・そのほうがずっと似合ってる」

 

宇宙は、呆然としててっちゃんを眺めながらそう言った。

 

「誰だ?」

 

と、遼一が耳元で聞く。

 

宇宙はにっこりと笑って、あのどしゃぶりの中で助けてくれたのがてっちゃんだと話して聞かせた。

 

だがどうしてそのてっちゃんが、格好いいスーツ姿でここにいるんだろうか?

 

てっちゃんはホームレスで、日々の食べ物にも困っていたはずなのに。

 

「俺も忘れてもらっちゃ困るよ、宇宙」

 

そう言ってドアから入ってきたのは、丸君だった。

 

丸君も紺色のスーツを着て、ボサボサだった髪は後ろで一つに結んでいる。

 

洒落た革靴まで履いている。

 

あのホームレスでボロボロの衣服を身にまとっていた二人の姿は、そこにはなかった。

 

「丸君?本当に丸君?いったい・・・どうしちゃったの?」

 

わけが分からないといった感じで、宇宙が目を白黒させる。

 

そんな宇宙と遼一の前を横切ったてっちゃんは、腕を撃たれてもがいている亨と意識が朦朧としている恭也の前に立った。

 

「もうその辺でやめておいたほうがいい。お前たちに勝ち目はない」

 

「な、なんだと?お前・・・俺を誰だと思っている?」

 

プライドの高い亨は、撃たれた腕を押さえながらてっちゃんを睨みあげた。

 

いきなり出てきたわけの分からない男にこんなことを言われる筋合いはない。

 

亨は、くやしそうにわなわなと唇を震わせながら声を張り上げた。

 

「俺にこんな真似をして、ただですむと思うなよ。宇宙も遼一もそうだが、しゃしゃり出てきたお前たちも必ず見つけ出して殺してやるっ」

 

亨はそう吠えると、奥歯をグギギっと噛みしめる。

 

だがそんな脅しにてっちゃんも丸君も、まったく怯まなかった。

 

「あんたがどこのどなた様か、よく知ってるよ。国会議員の大江原権蔵の息子だろう?父親の権勢を利用して長い間、紅林組の跡取り息子を拉致監禁してきた罪は重いぞー。分かってるのか?」

 

と、てっちゃんがしゃがんで言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京スペシャルナイト 下 21

宇宙は拳銃を握ったまま、遼一が言ったとおりに背後に隠れる。

 

だが銃口は相変わらず、亨に向いていた。

 

拳銃の数ではヤクザたちのほうが上回るが、人質がいる以上、勝負は互角だった。

 

恭也の首を締め上げ腕を掴み上げたまま、遼一が亨に向かって低い声で言う。

 

「・・・私たちを逃してもらう。そしてもう二度と、私たちを追わないと約束してもらう」

 

「何を馬鹿なっ!そんな条件を俺がのむと思っているのか?お前たちのほうが極地に立たされているんだぞ。要求できる立場かよく考えろっ!」

 

すっかり身支度を整えた亨が、強い口調で言う。

 

遼一の変貌ぶりには腰を抜かすほど驚いた亨だったが、こちらには三人のヤクザが味方についている。

 

拳銃の数でも勝っているのだ、負けるわけがないと亨は考えていた。

 

恭也が人質に取られたことは遺憾だが、恭也を犠牲にしても宇宙と遼一を捕らえたかった。

 

そんな打算が、亨の頭の中で動く。

 

「諦めて銃を捨てろっ。こっちは喧嘩のプロだ。いくら恭也を人質にとっても勝てるわけがない。恭也の代わりならいくらでもいるからな」

 

亨の言葉を聞いた恭也は、苦しいながらも思わず目を見開いた。

 

まさか、亨から見捨てられるとは思ってもいなかったのだ。

 

二人を逃してでも自分は助けてくれる、そう思っていた。

 

自分だけは側近としても特別な存在で、他の誰にも代わりはできないと思っていたのに。

 

ずっとそう思い、今まで尽くしてきたというのに。

 

「と、亨様・・・ぐうっ・・・」

 

首を絞めつけている遼一の力はものすごかった。

 

息をすることもままならない。

 

それに亨の言葉を聞いた手下のヤクザたちの銃口が、恭也を狙っていた。

 

「諦めて拳銃を捨てたほうがいいのはお前たちのほうだ。私は今、本気で怒っている。どうなっても知らないぞ」

 

遼一は見たこともない鋭い目つきでそう言って、恭也の身体を亨に向かって放り投げた。

 

一瞬宙を舞った恭也の身体は、そのまま床にドスンッと落ちた。

 

「ごほっ・・・ごほっ・・・・・」

 

恭也は、喉元を押さえながら激しく咳き込み立ち上がった。

 

「人質などいらない。私は自分の力で宇宙を守ってみせるっ」

 

遼一はそう言って、宇宙を腕中に抱きしめる。

 

亨は、ニヤッと顔を綻ばせた。

 

恭也という人質を手放した今の遼一は、丸裸同然だった。

 

それに、宇宙という足手まといもいる。

 

いくら極道の血を引く男でも、修羅の心を持つ男でも、拳銃には勝てないのだ。

 

だがそんな亨の考えが甘かったことを、すぐに思い知ることになる。

 

遼一は銃を構えていた近くのヤクザを蹴り倒し、そのまま拳銃を奪ってしまう。

 

そしてすぐに、他のヤクザたちの手首に向けて銃を撃った。

 

銃弾の音は、とても静かだった。

 

「あうっ!」

 

「うわーっ・・・」

 

手首を一瞬のうちに撃たれたヤクザたちの叫び声のほうが大きい。

 

銃など撃ったこともない遼一だったが、ヤクザたちの右手首に見事にヒットしていた。

 

次々と拳銃を床に落とし、屈み込むヤクザたち。

 

その無惨な姿に、さすがの恭也も愕然とした。

 

いつの間に拳銃の撃ち方を覚えたのか。

 

しかもあっという間の早業である。

 

余裕を見せていた亨も、その悪夢のような光景に唖然とするしかなかった。

 

金で買われ、囲われ、エッチなマッサージだけをしていた以前の遼一とはまったく違う遼一が、目の前にいる。

 

持って生まれた極道の血がそうさせるのか、修羅の心が遼一を大胆かつ凶暴に変えていた。

 

腕の中にいた宇宙も、その光景にさすがに驚いてしまう。

 

「・・・・・遼一?」

 

宇宙が遼一を呼んでも、遼一は吊り上がった恐ろしい目で亨と恭也を睨みつけていた。

 

いつもは優しく穏やかな瞳が、まるで仁王様のようにカッと両目を見開き立っている。

 

宇宙を抱きしめている腕にも自然と力がこもってくる。

 

宇宙は、今まで見たこともない遼一の姿に、ゾクっと背筋を震わせた。

 

つわもののヤクザたちを一瞬のうちに屈服させてしまう圧倒的な強さと威圧感は、今までの遼一にはないものだった。

 

いったいどうしてしまったのだろうか、遼一は。

 

宇宙がそんなことを思っていると、ドアまで後退した亨が薄ら笑いを浮かべて言った。

 

「やはり血は争えないということだな、遼一?」

 

亨の言葉に、遼一の吊り上がっている目がピクリと動く。

 

「それは、どういうことだ?」

 

遼一が低く威圧感のある声で聞く。

 

遼一の手には、まだ拳銃が握られていた。

 

手を撃たれ、床を転げ回っているヤクザたち。

 

それを見て、顔色を変える亨と恭也。

 

「お前が・・・ここに転がっている者たちと同じ種類の人間だということだ。お前の父親は紅林組の組長で、その頃愛人だったお前の母親は一人で育てると言ってお前を産んだ。だからお前の身体には生まれつき極道の血が流れているんだ。凶暴で凶悪な修羅の心もお前の中には存在する」

 

そこまでしゃべった亨は、ドアから逃げようとした。

 

だが遼一が撃った弾が、亨の行動の邪魔をする。

 

「私がヤクザの組長の息子だと?そんな馬鹿な・・・」

 

遼一は、亨の言葉を信じようとしない。

 

だが恭也が放った次の言葉で、心が凍ってしまった。

 

「亨様が言ったことは嘘じゃない。お前は紅林組組長の愛人の息子。母親は病死と聞かされているかもしれないが、実は殺されたんだ。紅林組の本妻の命令でな」

 

「な、なんだって?殺された?母さんが・・・?」

 

突然の事実を突きつけられ、遼一の身体が氷のように硬直してしまう。

 

「お前は頼る親戚もなく養護施設から養父母たちのもとに行った。そこで幸せに暮らし一生を過ごせるはずだったのだが、そうもいかなくなった。紅林組の跡取り息子がヤクザ同士の抗争で命を落としたからだ。組長はお前を捜した。だが見つからなかった。なぜだか分かるか?」

 

恭也の問いに、遼一は両目を見開いたまま立っていた。

 

やっと喉元の痛みがなくなった恭也が、言葉を続ける。

 

もう何も隠す必要はないと思った。

 

「お前を金で買い、自由を奪い囲ってしまったからだ。お前の痕跡を残らず消し去り、この世の中から抹消してしまったからだ。だからお前の行方はいまだに分かっていない」

 

恭也の言っていることがよく分からなくて、遼一は思いきり眉間に皺を寄せた。

 

恭也は何を言おうとしているのだろうか。

 

「まだ分からないのか?」

 

そんな遼一の悩む姿を見て、恭也が自分のペースで話をもっていこうとする。

 

「亨様の父である大江原権蔵様が、お前を金で買ったのが偶然だとでも思っていたのか?養父母たちが事故で死んだのも偶然か?」

 

そこまで恭也が言うと、遼一ははっとして顔色を変えた。

 

まさか、まさか・・・。

 

母ばかりか、あの優しかった養父母たちまでも殺されてしまったのでは?

 

「養父母たちは殺された?」

 

遼一の唖然とした言葉に、恭也が大きく頷く。

 

「すべて仕組まれたことだ。紅林組の跡取り息子が死んでからお前の運命も大きく変わったというわけだ。本妻は嫉妬深い女でな、お前が次の組長になることだけは阻止したいと、お前を殺すように命じてきた。だが大江原様はお前が死んだように見せかけただけで実際には殺さなかった。いつか役に立つときがくる、そう考えたからだ。そして金で買ったように見せかけて囲った。お前を譲り受けた亨様もそのことはすべて承知している。お前を今まで生かしておいたわけは、ヤクザの組をのっとれるかもしれない、そんな欲望があったからだ」

 

恭也の話を聞き、遼一はガクンッと膝を崩してしまった。

 

あまりのショックで、立っていられなかったのだ。

 

まさか、こんなからくりがあったなんて。

 

自分の出世の秘密にも驚かせられたが、そのために大切な人たちが無惨にも命を落としていたなんて知らなかった。

 

母や養父母たちが殺されていたなんて、今まで全然知らなかった。