東京スペシャルナイト 上 23
- 2016年01月21日
- 小説, 東京スペシャルナイト
桜井は十八歳になったばかりだった。
高校を卒業したばかりの桜井は、夢を求めて新潟から東京に出てきたばかりだった。
田舎では見慣れない人込み。
ファッショナブルで賑やかな都会。
溢れるネオン。
ファッションモデルのように美しい人たち。
目に映る何もかもが、桜井には新鮮だった。
貯金でアパートを借りた桜井は、働き場所を求めて新宿の街中を歩いていた。
昼間の若者の活気に満ち溢れた、夢が叶う新宿とは違い、夜の新宿は一歩間違えれば危険と背中合わせだった。
だが桜井は、そんなことは知らなかった。
ネオンに誘われるままに夜の新宿を歩き回り、ある一軒の店の前で立ち止まった。
品のよいダークレッド色の看板が桜井の目に入ったのだ。
看板には、一人でも気軽に入れるカウンターバーと書かれている。
まだお酒の味も十分に知らなかった桜井だが、好奇心が店のドアを開けさせていた。
「いらっしゃいませ」
華やかな店内のカウンター奥から聞こえてくる、女性の声。
ジーパンとTシャツ姿の桜井は、カウンター右端に座った。
頼んだ物はビールと軽いおつまみ。
だが差し出されたお勘定を見て、 目が飛び出るほど驚いた。
十万円と書かれている。
しまった、ここはぼったくりの店なんだと気づいたときには もう遅かった。
こんな大金は持っていないと言うと、店の奥からチンピラ風の男たちが出てきて、店の裏路地に連れていかれた。
そしてそこではひどく身体中を殴られ、気絶してしまう。
この出来事が桜井の今後の人生を大きく変えたのだった。
意識を取り戻した桜井は、真っ暗な倉庫のようなところに転がされていた。
埃と異臭がする倉庫の中に三日間も放置されていた桜井は、全身がガタガタと震えていた。
四日目の朝、倉庫のドアが開いた。
やっと解放される。
そう思った桜井の前に、今後の運命を左右する人物が立っていた。
「・・・・・なるほど。お前の言うとおり、なかなかいい顔をしている。顔を殴らなかったのは、値段が落ちると考えたからか?知能犯だな。まぁ、いい。お前の言い値でいい、買おう」
六十歳を超えたスーツ姿の威厳のある男が、ロープで縛られている桜井を見て言った。
桜井の全身を殴ったチンピラたちは、その男から札束をもらうとペコペコと頭を下げて車に乗ってどこかに行ってしまった。
「おい、車に乗せるんだ」
スーツ姿の男が、低い声で言う。
命令されたスーツ姿の若い男たちが、桜井の両腕を縛っていたロープを解いて、黒い外車の後部座席に乗せた。
「あ、あの・・・?」
わけが分からない桜井は、若いスーツ姿の男たちにおずおずと聞く。
だが誰も、何も答えなかった。
唯一桜井の問いに答えたのは、チンピラたちに大金を渡していたあの男性だった。
白髪交じりの頭。 太い眉。厚い唇。太い首と太めの体格のその男性は、桜井の隣に乗ってこう言った。
「お前を三百万で買った。今日からお前は私のものだ。私に奉仕する術を学び、私を喜ばせるんだ。いいな?」
なんのことだかさっぱり分からない。
「つまりはこういうことだ」
と言うなり、高価なスーツを着ている男は強引に桜井の顔を自分の股間に押し当てた。
下ろしたファスナーの中から、勃起している男自身が顔を覗かせる。
「これをしゃぶるってことだ」
白髪交じりの男が、決して逆らうことを許さない命令口調で言った。
桜井は驚きたじろいだが、またあの真っ暗で異臭が漂う倉庫の中に戻されるのだけは嫌だった。
桜井は、意を決して男の分身をのみ込んだ。
男が、満足そうに『うっ』と呻く。
そして桜井の髪をきつく掴みながら言葉を続けた。
「これからいろいろなことを学ぶんだ。どうすれば私が喜ぶのか。口で奉仕するにはどうすればいいのか。手で感じさせるにはどうすればいいのか。しっかりと学ぶんだ。いいな?」
桜井は男の冷たい言葉には逆らえなかった。
涙がツーッと頬を伝ったのを感じた。
涙の味と男の先走りの味が混じり合ったこのときの味を、桜井は一生忘れることはないと思った。
それから桜井は、さまざまなことを学ばされた。
桜井を買った男は、実は大物政治家だった。
男は桜井の口や手を使っては快楽を貪った。
桜井は、何度も逃げようと試みた。
そして一度だけ、見張りの目を潜って逃げたことがある。
だがそのときはあっという間にチンピラたちに捕まり、その後はひどい拷問を受けた。
その拷問の苦痛が桜井を二度と逃亡には駆り立てなかった。
桜井は、用意された部屋から逃げ出すことを諦めた。
男の世話をするようになってから一年後、桜井は男から解放された。
というよりも、男が銀座のクラブの女を囲ったのがきっかけだった。
桜井はこれで解放される、そう思い喜んだ。
だが実際は違っていた。
男の息子である青年実業家が、桜井をもらい受けたのだ。
桜井はその日から、青年実業家である『大江原亨』の下半身の世話係として働くようになっていた。
男を抱く趣味はなかったものの、亨は桜井が覚えたスペシャルマッサージやウルトラスペシャルマッサージをとても気に入っていた。
女を抱くのに飽きたとき、何か気に入らないことがあったとき、亨は桜井を呼び出し、マッサージをさせ快楽に酔いしれた。
父親のときとは違い外で働くことも許され、監禁生活からやっと抜け出せたとはいえ、桜井は亨の所有物であることには変わりはなかった。
亨から呼び出しが来たときや亨が店にやってきたときには、快感の極みであるウルトラスペシャルマッサージを施して極楽の世界に誘っていくのが桜井の本当の仕事だったのだ。
今勤めているマッサージルームも、実は亨が経営していた。
以前に一度だけ、もう自由にしてほしいと訴えたことがあったが、そのときは街のチンピラたちに死ぬほど殴られた。
顔は殴らず、身体を長時間にわたって殴られ続けたのだ。
肋骨や鎖骨を折るほどのひどい怪我を負った桜井は、それから二度と亨に自由にしてほしいとは言わなくなった。
そしていつの間にか十年が過ぎ、桜井は心の底から人を愛することを知らないまま毎日を過ごしていた。