東京スペシャルナイト 下 21
- 2016年05月01日
- 小説, 東京スペシャルナイト
宇宙は拳銃を握ったまま、遼一が言ったとおりに背後に隠れる。
だが銃口は相変わらず、亨に向いていた。
拳銃の数ではヤクザたちのほうが上回るが、人質がいる以上、勝負は互角だった。
恭也の首を締め上げ腕を掴み上げたまま、遼一が亨に向かって低い声で言う。
「・・・私たちを逃してもらう。そしてもう二度と、私たちを追わないと約束してもらう」
「何を馬鹿なっ!そんな条件を俺がのむと思っているのか?お前たちのほうが極地に立たされているんだぞ。要求できる立場かよく考えろっ!」
すっかり身支度を整えた亨が、強い口調で言う。
遼一の変貌ぶりには腰を抜かすほど驚いた亨だったが、こちらには三人のヤクザが味方についている。
拳銃の数でも勝っているのだ、負けるわけがないと亨は考えていた。
恭也が人質に取られたことは遺憾だが、恭也を犠牲にしても宇宙と遼一を捕らえたかった。
そんな打算が、亨の頭の中で動く。
「諦めて銃を捨てろっ。こっちは喧嘩のプロだ。いくら恭也を人質にとっても勝てるわけがない。恭也の代わりならいくらでもいるからな」
亨の言葉を聞いた恭也は、苦しいながらも思わず目を見開いた。
まさか、亨から見捨てられるとは思ってもいなかったのだ。
二人を逃してでも自分は助けてくれる、そう思っていた。
自分だけは側近としても特別な存在で、他の誰にも代わりはできないと思っていたのに。
ずっとそう思い、今まで尽くしてきたというのに。
「と、亨様・・・ぐうっ・・・」
首を絞めつけている遼一の力はものすごかった。
息をすることもままならない。
それに亨の言葉を聞いた手下のヤクザたちの銃口が、恭也を狙っていた。
「諦めて拳銃を捨てたほうがいいのはお前たちのほうだ。私は今、本気で怒っている。どうなっても知らないぞ」
遼一は見たこともない鋭い目つきでそう言って、恭也の身体を亨に向かって放り投げた。
一瞬宙を舞った恭也の身体は、そのまま床にドスンッと落ちた。
「ごほっ・・・ごほっ・・・・・」
恭也は、喉元を押さえながら激しく咳き込み立ち上がった。
「人質などいらない。私は自分の力で宇宙を守ってみせるっ」
遼一はそう言って、宇宙を腕中に抱きしめる。
亨は、ニヤッと顔を綻ばせた。
恭也という人質を手放した今の遼一は、丸裸同然だった。
それに、宇宙という足手まといもいる。
いくら極道の血を引く男でも、修羅の心を持つ男でも、拳銃には勝てないのだ。
だがそんな亨の考えが甘かったことを、すぐに思い知ることになる。
遼一は銃を構えていた近くのヤクザを蹴り倒し、そのまま拳銃を奪ってしまう。
そしてすぐに、他のヤクザたちの手首に向けて銃を撃った。
銃弾の音は、とても静かだった。
「あうっ!」
「うわーっ・・・」
手首を一瞬のうちに撃たれたヤクザたちの叫び声のほうが大きい。
銃など撃ったこともない遼一だったが、ヤクザたちの右手首に見事にヒットしていた。
次々と拳銃を床に落とし、屈み込むヤクザたち。
その無惨な姿に、さすがの恭也も愕然とした。
いつの間に拳銃の撃ち方を覚えたのか。
しかもあっという間の早業である。
余裕を見せていた亨も、その悪夢のような光景に唖然とするしかなかった。
金で買われ、囲われ、エッチなマッサージだけをしていた以前の遼一とはまったく違う遼一が、目の前にいる。
持って生まれた極道の血がそうさせるのか、修羅の心が遼一を大胆かつ凶暴に変えていた。
腕の中にいた宇宙も、その光景にさすがに驚いてしまう。
「・・・・・遼一?」
宇宙が遼一を呼んでも、遼一は吊り上がった恐ろしい目で亨と恭也を睨みつけていた。
いつもは優しく穏やかな瞳が、まるで仁王様のようにカッと両目を見開き立っている。
宇宙を抱きしめている腕にも自然と力がこもってくる。
宇宙は、今まで見たこともない遼一の姿に、ゾクっと背筋を震わせた。
つわもののヤクザたちを一瞬のうちに屈服させてしまう圧倒的な強さと威圧感は、今までの遼一にはないものだった。
いったいどうしてしまったのだろうか、遼一は。
宇宙がそんなことを思っていると、ドアまで後退した亨が薄ら笑いを浮かべて言った。
「やはり血は争えないということだな、遼一?」
亨の言葉に、遼一の吊り上がっている目がピクリと動く。
「それは、どういうことだ?」
遼一が低く威圧感のある声で聞く。
遼一の手には、まだ拳銃が握られていた。
手を撃たれ、床を転げ回っているヤクザたち。
それを見て、顔色を変える亨と恭也。
「お前が・・・ここに転がっている者たちと同じ種類の人間だということだ。お前の父親は紅林組の組長で、その頃愛人だったお前の母親は一人で育てると言ってお前を産んだ。だからお前の身体には生まれつき極道の血が流れているんだ。凶暴で凶悪な修羅の心もお前の中には存在する」
そこまでしゃべった亨は、ドアから逃げようとした。
だが遼一が撃った弾が、亨の行動の邪魔をする。
「私がヤクザの組長の息子だと?そんな馬鹿な・・・」
遼一は、亨の言葉を信じようとしない。
だが恭也が放った次の言葉で、心が凍ってしまった。
「亨様が言ったことは嘘じゃない。お前は紅林組組長の愛人の息子。母親は病死と聞かされているかもしれないが、実は殺されたんだ。紅林組の本妻の命令でな」
「な、なんだって?殺された?母さんが・・・?」
突然の事実を突きつけられ、遼一の身体が氷のように硬直してしまう。
「お前は頼る親戚もなく養護施設から養父母たちのもとに行った。そこで幸せに暮らし一生を過ごせるはずだったのだが、そうもいかなくなった。紅林組の跡取り息子がヤクザ同士の抗争で命を落としたからだ。組長はお前を捜した。だが見つからなかった。なぜだか分かるか?」
恭也の問いに、遼一は両目を見開いたまま立っていた。
やっと喉元の痛みがなくなった恭也が、言葉を続ける。
もう何も隠す必要はないと思った。
「お前を金で買い、自由を奪い囲ってしまったからだ。お前の痕跡を残らず消し去り、この世の中から抹消してしまったからだ。だからお前の行方はいまだに分かっていない」
恭也の言っていることがよく分からなくて、遼一は思いきり眉間に皺を寄せた。
恭也は何を言おうとしているのだろうか。
「まだ分からないのか?」
そんな遼一の悩む姿を見て、恭也が自分のペースで話をもっていこうとする。
「亨様の父である大江原権蔵様が、お前を金で買ったのが偶然だとでも思っていたのか?養父母たちが事故で死んだのも偶然か?」
そこまで恭也が言うと、遼一ははっとして顔色を変えた。
まさか、まさか・・・。
母ばかりか、あの優しかった養父母たちまでも殺されてしまったのでは?
「養父母たちは殺された?」
遼一の唖然とした言葉に、恭也が大きく頷く。
「すべて仕組まれたことだ。紅林組の跡取り息子が死んでからお前の運命も大きく変わったというわけだ。本妻は嫉妬深い女でな、お前が次の組長になることだけは阻止したいと、お前を殺すように命じてきた。だが大江原様はお前が死んだように見せかけただけで実際には殺さなかった。いつか役に立つときがくる、そう考えたからだ。そして金で買ったように見せかけて囲った。お前を譲り受けた亨様もそのことはすべて承知している。お前を今まで生かしておいたわけは、ヤクザの組をのっとれるかもしれない、そんな欲望があったからだ」
恭也の話を聞き、遼一はガクンッと膝を崩してしまった。
あまりのショックで、立っていられなかったのだ。
まさか、こんなからくりがあったなんて。
自分の出世の秘密にも驚かせられたが、そのために大切な人たちが無惨にも命を落としていたなんて知らなかった。
母や養父母たちが殺されていたなんて、今まで全然知らなかった。