東京スペシャルナイト 上 1

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※ この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事件等とは、いっさい関係ありません。

 

この物語の主人公は、小学校の教師になったばかりの二十四歳。

 

名前は『春日宇宙』。

 

宇宙と書いて、そらと読む。

 

広大でとってもいい名前である。

 

宇宙の容姿はというと、一見女性のように綺麗な顔立ちをしていた。

 

唇は品のよい形をしていて瞳は薄茶色、大きな二重で、少し長めの髪を自然に流している美形の青年といった感じだった。

 

背はあまり高くなく、腰も華奢で細身なため、男性の逞しさよりも女性の可憐さを連想させた。

 

そんな宇宙が、可愛くて無邪気な子供たちが集う小学校の教師になるという夢を果たし、憧れだった教壇に立った。

 

そして、教師になった喜びと熱意をわかりやすく熱く語った。

 

しかし語った・・・ところまではよかったのだが、実際は誰も宇宙の言うことなど聞いていなかった。

 

まぁ、教師の話を聞かないなんて、そんなことはよくあることである。

 

だが感情をこらえる宇宙をあざわらうかのように、教室の中でドタンバタンッと暴れる子供たち。

 

後ろの席の子と喧嘩して泣いている子供もいる。

 

消したばかりの黒板には、いつの間にか所狭しと落書きされて、掃除をしたばかりの床はゴミだらけ。

 

少しもじっと席に座っていない子供たち。

 

最初はそのうちに言うことを聞いてくれるだろうと高をくくっていた宇宙だったが、実際はそんな甘いものではなかった。

 

入学式からずっと、宇宙の受け持つ一年三組は騒がしかった。

 

学級担任になって三カ月が経ち、他のクラスは授業を受ける態勢が整っているというのに、宇宙のクラスだけは毎日ドンちゃん騒ぎだった。

 

頭の中に描いていた、可愛くて愛らしくて無邪気な子供たちのイメージが、日々崩れていくのだ。

 

それもこれも、悪ガキ集団のせいだった。

 

三組のリーダー的存在である一人の男の子。

 

その子が、クラスの静けさと平穏を奪い去っていた。

 

「・・・・国くん。机から下りて、もう少し静かにしてくれると嬉しいんだけどな」

 

今朝も机の上で仁王立ちになっている悪がきのボスである国ちゃんに、宇宙が顔を引きつらせながら言う。

 

ベッカムカットの国ちゃんは、右手に持っている一メートルの物差しを刀のように構えて宇宙に言った。

 

「だーめ。今は俺、暴れんぼう将軍やってるんだから」

 

「あ、暴れんぼう将軍?」

 

「そっ。俺が将軍様だぜ。先生、よかったらお姫様にしてやるけど?」

 

「僕がお姫様?」

 

小学一年生がそんな時代劇を見ているのかと呆れながらも、宇宙はめげずに言った。

 

「だけど、もうすぐ一時間目が始まるよ。暴れんぼう将軍ごっこは休み時間にしなさい」

 

と、と言っても、素直に聞く相手ではない。

 

国ちゃんは、宇宙の言うことなど頭から無視して、悪ガキたちとチャンバラを始めてしまった。

 

数人が机の上を次から次へと飛び移り、教室内は大騒ぎである。

 

「少し静かにしてくださいっ!授業ができないでしょう!」

 

いつものように、隣のクラスからクレームが飛んでくる。

 

宇宙はペコペコと頭をさげて他の教師に謝りながら、ドアを閉めた。

 

「お願いだから・・・静かにして・・・。ねっ、国ちゃん?」

 

どうしても子供を怒ることが出来ない宇宙は、最後にはいつも暴れんぼう将軍の国ちゃんに懇願する。

 

すると国ちゃんは気が済んだのか、やっと机の上から下りて椅子に座った。

 

それにつられて、他の悪ガキたちも渋々と席に着く。

 

「・・・しょうがないな、先生可愛いから許してやるよ。でもちょっとでも飽きたら、またやるからね」

 

「あっ・・・はは・・・・・・」

 

宇宙は思わず苦笑いをしてしまう。

 

これでやっと授業ができる。

 

いつものことながら、宇宙は朝からどっと疲れてしまっていた。

 

僕の描いていた教師像って、こんなのだった?

 

もっと希望と熱意に溢れていて、子供たちも先生の一挙一動に注目していて、いつも『は〜い』という可愛い声で返事をしてくれる。

 

それが小学校の教師なのではないだろうか?

 

しかし現在は全然違う。

 

可愛いはずの他の子供たちまでもが、悪魔のように見えてくる。

 

宇宙は今、思うように言うことを聞いてくれない子供たちを目の前に、自分の力のなさを痛感していた。

 

そして同時に、とても疲れてしまっていた。

 

せめてもう少し、国ちゃんが素直に言うことを聞いてくれたら。

 

このクラスも静かに授業を受けてくれるようになるのに。

 

宇宙は、心の中でいつもそう思っていた。