東京ハードナイト 17
由一が六本木の高級会員制ホストクラブ『アクア』で働くようになってから、約三週間が過ぎようとしていた。
真琴は、あんな破廉恥な姿を由一に見られてからも、変わらず優しく親身になって接してくれた。そして由一も、あれから何度か特別室で藤堂と真琴のセックスシーンを見ることになったが、今ではあまり気にならなくなっていた。
まぁ、相変わらず、一人で勝手に想像してイッてしまっていたが、後の処理は手慣れたものになっていた。
高級ホストクラブ『アクア』では、客とホストが身体の関係を持つことは厳しく禁じられている。
だが、その条件は真琴にだけには適用されてはいなかった。
特別室は、実は真琴と藤堂のために用意されており、藤堂は時間が空いた時にはアクアに来ては真琴とのセックスを楽しんでいたのだ。
このアクアの実質的なオーナーは藤堂であり、藤堂の言うことがすべてであった。
そんな藤堂の情夫である真琴から、今夜は特別なお客様がいらっしゃるから失礼のないようにという電話が店に入る。
由一は真琴に用意してもらった白いシルクのシャツと黒いスラックス、それにグッチの革靴を履いて、特別室の準備を整えていた。
予約が入っている特別な客以外はこの一室には通さないのが、アクアだった。
きっと、藤堂組の関係者でものすごい実力者なのだろうと想像しながら、由一はせっせとソファを拭き、テーブルをセットした。
「今夜は、由一君もヘルプで入ってくれる?」
真琴は、真っ赤な薔薇の花束を両腕に抱えるようにして特別室に入って来た。
真琴の今日のスーツは、オートクチュールの濃紺のシングルスーツだった。
白いドレスシャツと紺色の水玉のネクタイがとても清々しくて、真琴によく似合っている。
「でも・・・私はまだ・・・」
「いいから、入って。いいね?」
真琴は半ば強制的にそう言って、薔薇をホストの一人に渡す。
薔薇の花束は、真琴の熱烈なファンの人からの贈り物だった。
いつも華やかさと美しさに囲まれている真琴を見ていると、羨望のため息が出てくる。
「おい、新入り。真琴様に憧れてもだめだぞ。あの人は特別なんだから」
「特別・・・ですか?」
「そう、特別な人。あんな人は二人といないよ。だから、藤堂組長の情夫でいられるんだ」
「情夫で・・・い・ら・れ・る?」
由一は、横にいたホストの言葉に思わず眉間に皺を寄せた。
情夫でいられるというのは、とても不思議な言い方に思えたのだ。
ヤクザの情夫とは、人から羨ましがられるものなのだろうか?
藤堂クラスのヤクザだったらそうなのかもしれないが。
じゃあ、堂本さんは?
堂本さんの情夫になりたいと思っている人って、いるんだろうか?
「おいっ、新入り君。真琴様のお客様が見えたようだ。早く特別室に行きなさい」
「は、はいっ」
はっとした由一は、急いで特別室に行く。
すると真琴は一人の男性を案内しているところだった。
「ようこそ、いらっしゃいました。堂本様」
えっ?堂本様?聞いたことがある名前なんだけど?
と、由一は不思議そうな顔で男性の顔を見つめる。
男性の顔には見たことのあるひどい傷があり、右目が閉じたままの状態だった。
「ど、ど、堂本さんっ!?」
驚いたことに、目の前に立っているのはあの、堂本だった。
どうして堂本さんがここに?
顔面蒼白の由一が、助けを求めるように真琴を見つめる。
だが真琴はいつもの穏やかで冷静な顔をしたまま、特別室に堂本を案内した。
「お飲み物は何になさいますか・・・?」
「ウイスキーを、ダブルで」
「はい、かしこまりました」
と、注文を聞いた真琴が目配せをする。
すると突っ立ったまま口をあんぐりと開けていた由一は、慌ててウイスキーのダブルをホストの一人に注文した。
「では、私たちはこれで失礼します」
真琴は、堂本をソファの中央に座らせると、そう言って席を立つ。
「あとはこの者がお世話いたしますので、よろしくお願いします」
真琴は、由一を指し示してニッコリと言う。
堂本は口元を少し緩めて、軽く頷いた。
「あ、あの・・・真琴様・・・」
何がなんだかまったく分からない。
私が堂本さんのお世話って・・・そんなの聞いていないっ。
それに何よりも、そんな大役が私に務まるわけがないじゃないか!?
ど、どうしたらいいんだろうか?
「それでは。何かございましたらお呼びください」
真琴はそう言ってホストたちを下がらせ、ドアを閉めてしまう。
由一は堂本と二人きりで特別室という豪華絢爛な部屋に残され、卒倒してしまいそうだった。
「・・・・・元気そうだな?」
青ざめている由一を、堂本はじっと見つめたまま優しく言った。
逃げたこと、きっと怒っている。このまま殺されるかもしれないと思っていた由一には、救いの言葉だった。
「・・・・・堂本さんも・・・」
と、由一は相変わらず美麗さと醜さが隣り合っている堂本の顔を懐かしそうに見つめた。
なんだろう。
あんなに怖いと思っていたのに、堂本の顔を見たとたんホッとして、心がキュンッとなってしまうのだ。
「突っ立っていないで、こっちに来て座れ」
堂本はそう言って、ポンッとソファを叩いた。
由一は一瞬迷ったが、言われた通りに横に座った。
すると堂本がいきなり手を伸ばし、由一の細い顎を掴み、グイッと引き寄せる。
このシチュエーションは、とて久しぶりのように思えた。
胸がドキドキと高鳴っていて、今にも聞こえてしまいそうである。
「・・・捜したんだぞ、由一」
「ご、ごめんなさいっ」
由一はやっぱり怒っていると思いながら、どうして座ってしまったのかと後悔した。
堂本を裏切ってしまった自分は、このまま首を絞められて殺されてしまっても文句は言えないからだ。
だが堂本は、由一の想像とは違う行動をした。
キスをしてきたのだ。
それも、息が止まるくらい激しいキスを。
「・・・・・ん・・・んんっ」
由一はいきなり抱き締められ、身動きひとつできなかった。
堂本の舌が口の中に入り込み、由一の舌を搦め捕っては吸い上げていく。
巧みで激しいディープキスは、とても長い時間続いていた。
「・・・由一・・・。戻ってこい」
どれくらい時間が経ったのか、由一はいつの間にかソファの背もたれに寄りかかり、グッタリとしていた。
今のキスで身体中から力が抜けてしまい、頭の中はフニャフニャである。
それにずっと堂本にキスされたいと、心の中で願望として思っていたので、余計に感じてしまっていた。
藤堂と真琴のセックスシーンを見たことによって、由一の中の何かが変わりつつあった。
心がとても柔軟になったというか、ヤクザに対する認識が変わったというか。
はっきりしているのは、堂本を嫌いじゃないというとだった。
そしてこうしてキスをされることは、とても好きだし気持ちがいいということだった。
「堂本さん・・・ 」
「どうしてお前が藤堂四代目の情夫と関わりがあるのか知らないが、俺が話をつける。だから戻ってこい。もう・・・以前のように一人きりで監禁するようなことはしない・・・。だから・・・戻ってこい」
堂本はとても優しく言いながら、由一の耳たぶを噛んだ。
由一は小さな声で喘ぎながら、キュッと目を瞑った。
初めは怖くてしょうがなかった堂本なのに。
こうしてキスをされてから触られると、身体中に血が駆け巡り、下半身が熱くなっていくのだ。
ヤクザにキスをされて興奮してしまうなんて、なんて破廉恥でいやらしいんだろうと思った最初の考えは、とうの昔になくなっていた。
今は、堂本に求められる自分の身体がちょっとだけ誇らしくて、堪らなく愛しい。
「・・・・・でも・・・あっ・・・」
由一は、わざと考えるふうな素振りを見せる。
すると堂本は、由一のシャツのボタンを外し、ベルトにも手を掛けた。