東京ハードナイト 23
堂本は、藤堂と同じく冷静だった。
由一を攫った相手が誰なのか、見当がついていたからである。
それにその男に、堂本の情夫である由一を傷つける勇気も根性もないことは十分に知っていた。
由一を攫った張本人、それは堂本と次期組長の座を争っている『高島和真』だった。
「高島さんから、お電話です」
案の定、事務所で待っていた堂本の元に、高島から電話が入る。
『よう、堂本。調子はどうだ?』
「いいわけねーだろ?そんなことより、攫ったものを返してもらおうか?」
と、堂本が左目を光らせドスの利いた声で言うと、電話の向こうの高島はいきなり笑い出した。
『攫ったもの?なんのことだかわからねーな?』
「惚けるなよ、高島?それとも、俺と刺し違えるつもりか?ええ?」
堂本の脅しは、強がっているだけの小心者の高島を、一瞬黙らせてしまった。
そして、高島がつい口走ってしまった言葉は、由一を攫ったことを肯定する言葉だった。
『てめー、俺にそんな口を利いていいと思ってるのかー?こっちには、切り札があるんだぞっ!』
と、興奮して喚いてしまってから慌てて口を閉じたのだが、もう遅かった。
これで高島が由一を攫ったことは明らかとなった。
「で・・・・・そっちの条件はなんだ?」
堂本はこれ以上高島と低レベルで話をしていても無駄だと思い、本題に入る。
高島は、急に大声で勝ち誇ったように笑い出した。
『はははっ・・・いいねぇ。今日はまた、のみ込みが早いじゃないか』
「いいから早く言えっ。どうすれば由一を無傷で返してくれるんだ?」
『そうだな・・・。まず、次期組長候補からの辞退しろ。その次に、お前の持っているシマを全部俺に譲れ。そしてお前はヤクザを引退しろ。それがお前の大切な者を返してやる条件だ』
高島は大声で怒鳴って、また勝ち誇ったように笑う。
その笑い声を聞いていた若いヤクザたちは、今にも爆発寸前である。
「・・・いいだろう。それで由一が無事に帰って来るなら、その条件をのもう」
『マジか?ははっ・・・本当なのか?こりゃたまげたぜっ。あっはは・・・これで木城組は俺のものだ。組長亡き後、組を引き継ぐのはこの俺だっ!』
高島は、おとなしく条件をのんだ堂本に完全に勝ったと思った。
もう誰も、高島を止めることはできないと。
高島が最強の男なんだと。
『本家の藤堂四代目と・・・親しいらしいな?まさか・・・今回の一件に引っ張り込むつもりじゃないよな?』
あまりにもうまく行きすぎていて、高島は少し不安になったのか、声のトーンを落として聞いてきた。
堂本は冷静沈着な表情のまま『藤堂四代目とは無関係だ』とだけ答える。
別に高島に偽りを言っているわけではなく、堂本は藤堂をこの一件に引っ張り込むつもりなど毛頭なかった。
こんな内輪もめを自分たちの力で鎮められないくらいなら、組長など引き継げないからだ。
『そうか・・・。それを聞いて安心したぜ』
高島はやっとホッとして、また不気味に笑う。
だがその笑い声が最後まで終わらないうちに、高島は突然悲鳴を上げた。
『ひぃ・・・ぐえっ!』
受話器の向こうから聞こえてきたのは、間違いなく高島の呻き声だった。
しかも、続けざまに何度も殴られ蹴られているのか、骨が折れるような鈍い音までもが聞こえてくる。
『や、やめてくれぇぇぇーーーーーっ!許してくれーーーーーっ』
そこにいるのであろう、十人以上のヤクザたちの叫び声が、聞こえてくる。
受話器の向こうでいったい何が起こっているのかを知っている堂本は、高島の許しを請う悲鳴と呻き声を、冷酷な表情で聞いていた。
『た、頼むっ!もう許してくれぇぇぇーーーーー』
苦痛にもがき、みじめったらしく泣き喚いている高島の叫び声が、受話器から唸るようにして聞こえている。
実は、攫ったのが高島だと確信していた堂本は、手の者たちを高島の事務所に向かわせ、奇襲をかけさせたのだった。
まさかこんなにも早く堂本の手の者たちが来るとは思っていなかった高島は、あっという間に事務所への侵入を許していた。
迎え撃った若いヤクザたちも、次々に蹴散らされ、最後には高島一人だけとなってしまっていた。
そしてそんな血気盛んな若いヤクザたちの先頭に立っていたのが、金髪頭のヤスだった。
「もう、いいだろう」
堂本は、しばらくしてからそう言って、高島に行われていたリンチ行為をやめさせた。
だがその時にはもう叫び声など上がらないほどひどく痛めつけられ、顔はボコボコにされ、すでに原型をとどめていなかった。
「由一を捜せ。事務所の中にいるはずだ」
堂本の言葉通り、由一は目隠しをされ、両手を前で縛られた姿で、事務所の一番奥の部屋から発見された。
『見つけましたっ。無事です。どこにも怪我はありませんっ』
と、ヤスが言うと、コードレスの受話器を握り締めていた堂本は、やっと肩の力を抜いた。
「警察が動く前に、すぐに連れて帰れと言え。それと、高島を殺すなと伝えろ」
堂本の言葉通りヤクザが伝える。
「あの、堂本さん。ヤスが・・・高島のような外道は生かしておいても世の中のためにはならないから、ぶっ殺したいと言っていますが・・・」
「だめだ。殺すなと言え。いいな、絶対殺すな!」
堂本の言葉を再度忠実にヤスに伝えたヤクザは、ようやく受話器のスイッチを切る。
「納得したそうです。それと、あと一時間ほどでマンションに着くそうです」
「そうか・・・・・」
と、堂本は椅子の背もたれに上体を預けてため息交じりに言う。
今回のことは、一つの賭けだった。
犯人は高島に違いないと踏んで行動したが、これがもし見当違いだったら。
ヤクザとしての今の地位を失うばかりでなく、大切な由一の命を失う結果になっていたかもしれなかった。
「よかった」
堂本は、思わずそう呟いた。
堂本は、ヤクザ人生の中で怖いと思ったことなどなかった。
どんな窮地に立たされても、どんなに身の毛のよだつような場面に出くわしても、怖さなど微塵も感じたことがなかった。
だが今回、初めて恐ろしいと思った。
由一を失ってしまったら、そう考えると足が震えるくらい、心底怖かった。
これが、人を愛するということなのだろうか。
そしてこれが、愛する者を失う恐怖というものなのだろうか?
堂本は椅子に座ったままじっと考え、由一を失った時の悲しみを想像していた。
そして由一のことを考えれば考えるほど、堂本は白くて細身の身体をしている由一を、抱き締めたくてしょうがない欲望に取りつかれていた。
一時でも早く無事な由一に会いたい。
会って思いきり抱き締めて、キスしたい。
由一の顔中にキスをして、それから裸にして押し倒し、由一の蕾に自身を埋め込みたい。
由一のすべてを、自分のものにしてしまいたい。
もう、一刻の猶予もならなかった。
「マンションに帰る。車だ」
「はいっ」
堂本は、いても立ってもいられなかった。
そんな熱っぽい欲望と情を隠すかのように、堂本は急いで事務所を出て行った。