東京ハードナイト 24

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堂本が高層マンションの最上階に戻ってから三十分ほどして、由一がヤスに連れられて戻ってきた。

 

「ど、堂本・・・さん・・・」

 

堂本を認めた由一の目には、涙が溢れている。

 

見知らぬヤクザたちに連れ去られてからというもの、決して涙を見せず気丈に振る舞っていた由一だったが、堂本の顔を見たとたん、全身から力が抜けてしまった。

 

ポロポロッと流れた大粒の涙は頬を伝い、床に落ちていく。

 

「堂本さんっ」

 

「・・・・・由一」

 

無傷だといっても、悲惨な状態には変わりなかった。

 

きっと連れ去られる時に抵抗して暴れたのだろう。

 

顔には、いくつもの引っ掻き傷があった。

 

手首にも、きつく縛られていた跡が赤くなって残っている。

 

「・・・来い、由一」

 

堂本は左目を細めて優しく言って、ふらふらと歩いてきた由一を抱き締めた。

 

抱き締めると、由一は崩れるようにして堂本の胸にしがみついた。

 

「うえっ・・・堂本さん・・・えっ・・・」

 

緊張の糸が切れた由一は、まるで子供のように泣き崩れた。

 

ガクッと膝が崩れ、立っていられなくなる。

 

だがその身体を堂本は片手で支えるようにして、涙が伝っている頬にキスをした。

 

「無事でよかった。心配したぞ」

 

「堂本さん・・・うぇっ・・・堂本さん・・・」

 

「顔に傷をつけるな。跡が残ったらどうする?」

 

「堂本さん・・・」

 

「顔に傷があるのは、俺だけで十分だ」

 

「うぇ・・・ううっ・・・・・」

 

堂本の舌が、顔の擦り傷をそっと労うように触れていく。

 

触れたとたんちょっとだけ滲みたが、由一はこうして癒されるのが堪らなく嬉しかった。

 

それに、自分がこんなにも堂本を頼りにして、愛していたことを初めて知ったのだ。

 

いつの間に愛してしまったのかなんて、分からない。

 

どうして好きになってしまったのかなんて、分からない。

 

だけどいきなり攫われて、カビ臭い部屋の中で手足を縛られ、命の危険にさらされて初めて堂本を心の底から愛していると分かったのだ。

 

いつ、殺されてしまうかもしれないという切羽詰まった恐怖の中でずっと考えていたことは、堂本のことばかりだった。

 

堂本さんならきっと助けに来てくれる。

 

だから、こんな脅しに負けていちゃいけない。

 

堂本さんを信じて、自分をしっかり持っていなきゃいけないんだ。

 

堂本さんは、絶対に私を助けてくれる。

 

由一は、堂本を愛しいと思えば思うほど、不思議なくらいそう確信していった。

 

迷いも疑いも、まったくなかった。

 

ただ、堂本が助けに来てくれるのを何もせずじっと待っているのが、今の自分にできる最大限のことだと信じていた。

 

「・・・・・よく我慢してたな?偉いぞ由一」

 

堂本は、今までに見せたことのない笑顔を見せて、優しく言った。

 

由一はその言葉を受けて、堂本を信じて待っていてよかったと心の底から思っていた。

 

「だって、きっと助けに来てくれると思ったから・・・」

 

「そうか・・・。いい子だ、由一」

 

「・・・うん」

 

由一は、頷くようにそう返事をして、ギュッと堂本のスーツにしがみついた。

 

今回の一件は間違えば命を失っていたかもしれないが、結果的には堂本と由一の心を強く結びつける結果となっていた。

 

「・・・アクアの真琴さんが心配しているはずだ。連絡してやれ」

 

堂本の言葉に、由一ははっとして顔を上げた。

 

そうだ。

 

きっと今頃は、自分のことのように心配してくれているに違いない。

 

真琴の心の優しさを十分に知っている由一は、慌てて堂本から携帯を受け取った。

 

そして真琴の携帯を鳴らすと、すぐに真琴が出た。

 

「あっ、あの・・・真琴様?由一ですっ。はいっ・・・無事ですっ。堂本さんが助けてくれて・・・堂本さんが・・・」

 

由一は、何度も何度も堂本さんが、と言う。

 

その言葉の中に堂本への愛情をくみ取った真琴は、嬉しくて嬉しくて思わず涙を流していた。

 

由一がこんなにも早く救い出されたのも奇跡に近いが、二人の絆がもっと強まったことの方が真琴には奇跡に思われた。

 

『よかったね、由一君』

 

真琴の震えている声を受け、由一は心から感謝しながら携帯を切った。

 

「真琴様・・・泣いていた」

 

「きっと、死ぬほど心配したはずだ。お前の身を自分のことのように心配している人だから」

 

「・・・うん」

 

「少し落ち着いたら会いに連れてってやる。今度はアクアの客としてな」

 

「うん」

 

由一が泣きながらそう返事をすると、堂本は由一の身体を抱き上げた。

 

そして部屋の中にいたヤクザたちに、顎で出ていくように合図する。

 

「バスタブまで抱いていってやる」

 

「はい」

 

「背中も流してやる」

 

「・・・・・はい」

 

少し間をおいてから、由一は恥ずかしそうに頷いた。

 

堂本にこんな優しいことを言われるなんて、思っていなかったのでどう答えたらいいのか、分からなかったのだ。

 

だが堂本との会話の中で、自分は『はい』とだけ言って微笑んでいればいいのだと知った。

 

そうすれば、堂本はいつでも優しいのだ。

 

美麗な左半分の顔で笑ってくれる。

 

「私も・・・堂本さんの背中、洗ってあげたい」