東京ハードナイト 3

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次の日の朝、白いポロシャツとベージュのチノパン姿の由一が店の戸を開けると、そこには顔面蒼白の佐川がコンクリートの床にしゃがみこんでいた。

 

「佐川さん?どうしたんですか?」

 

驚いた由一が側に駆け寄り、佐川の肩を揺する。

 

「う・・・ん・・・ぐぇっ」

 

佐川は、まだ酔っぱらっていて、衣服がひどく汚れていた。

 

床には、佐川が吐いたものが散らばっている。

 

酒の飲み過ぎかと思った由一だったが、それにしてもいつもと様子が違う。

 

「何かあったんですか?」

 

こんな醜態を見せるまで佐川が飲むのは、珍しかった。

 

「や・・・やっちまった・・・。またやっちまった・・・うう゛っ・・・」

 

 

泣いているのか呻いているのか分からないくらい汚れてグチャグチャの顔で、佐川が何度も同じことを言う。

 

「何をやっちゃったんですか?佐川さんっ?」

 

由一は強く肩を揺さぶって、宙をさ迷っている佐川の目を自分の目に向かせた。

 

すると、由一の顔を見たとたん、佐川は驚いてしゃがんだまま後ずさる。

 

「ゆ、由一っ!うわぁぁーーーーーぁぁ・・・許してくれぇぇー。どうしようもなかったんだ!」

 

「佐川さんっ!?」

 

「俺は・・・俺は・・・全然その気はなかったんだけど。だけど・・・あいつらが帰してくれなくて・・・。それで、つい・・・」

 

言っている意味がまったく分からない。

 

由一は眉間に皺を寄せるようにして、佐川の顔を覗き込んだ。

 

「すまない由一っ。俺のせいで・・・俺のせいで・・・」

 

「だから、何がどうしたんですか?ちゃんと説明をしてくれないと分かりません」

 

「俺が・・・俺がぁぁ・・・・・」

 

と、佐川が訳を話そうとしたその時、いきなり店の扉が開いて、ドカドカと数人の男たちが店の中に入ってきた。

 

その男たちは、普通のサラリーマンの風貌ではなかった。

 

派手なスーツと派手なネクタイ。そして磨いたばかりのような洒落たデザインの革靴。

 

金髪もいれば、角刈りもいる。

 

「その先の説明は、俺たちがしてやるぜ?」

 

中でもひときわ体格のいい金髪の男が、由一の前にズカズカと近寄ってきて、そう言った。

 

「誰ですか・・・あなたたちは?お店はまだですけど・・・」

 

と、由一が真面目な顔で答えると、数人のヤクザ風の男たちは『ガハハ』と下品な笑い声を上げてのけ反った。

 

「俺たちは花を買いに来たんじゃねーんだ」

 

と、目つきの鋭い男が、指でポンッと向日葵の花を叩く。

 

「早い話が借金の取り立てだ」

 

「借金の取り立て?」

 

由一は、おもむろに綺麗な顔を顰めた。

 

「佐川さは昨夜、賭けマージャンでひどく負けたんだよ。その結果、この店の何もかもが借金の抵当ってわけだ。分かったか?」

 

金髪男の言葉に、由一はようやく事の次第をのみ込んだ。

 

あれほどやめると言っていたのに、またマージャンをしたのだ。

 

しかも、この店の抵当権まで賭けて。

 

「・・・本当なんですか、佐川さん?」

 

由一の問いに、佐川は涙でグチャグチャになった顔を何度も頷かせた。

 

だが、心底脅え切っている佐川の様子は、問題がそれだけではないことを由一に知らせていた。

 

「・・・まだ何かあるんですね?」

 

「おおっ、察しがいいじゃねーか。そうなんだよ。実はな、このオヤジ。最後には賭けるものがなくなっちまってな。で、ついに・・・店の看板であるお前を賭けたってわけだ」

 

「・・・・・・・・!?」

 

由一は、何を言われたのか分からない。

 

「分からねーか?そうだろうな。まっ、普通は分からねーよ。だが、俺たちについてくれば嫌でも分かるさ」

 

と、ヤクザたちが由一の腕を掴み、強引に引き寄せて連れていこうとする。

 

由一はとっさに逃げようとしたが、すぐに捕まってしまった。

 

「は、離してくださいっ」

 

「だめだ。お前は借金の形に連れていく。堂本さんがお呼びなんだ」

 

「堂本さん?誰ですかっ、それは?」

 

由一はヤクザたちに捕まりながらも、手足をバタつかせて聞いた。

 

「そのうちに分かるさ。さてと、行こうか?」

 

「あっ・・・離してっ!どこに連れていくんですか?離してくださいっ」

 

由一は、狭い店の中で必死に抵抗する。

 

するとその拍子に、花瓶に挿してあった向日葵の花が倒れ、床に散る。

 

ヤクザたちはその花を踏み散らしながら、由一を店から連れ出した。

 

由一は、踏まれてグシャグシャになってしまった向日葵を悲しげに見て、それから、佐川に視線を向けた。

 

佐川は、店の隅でブルブルと震えている。

 

「す、済まないっ。由一・・・本当に済まないっ。こうするしかなかったんだ。お前を差し出せば店は取らないって脅されて・・・つい・・・。俺が悪いんだっ、俺が・・・。許してくれぇーーーーーっ」

 

「佐川さんっ!佐川さんっ」

 

「許してくれぇぇーーーーーっ」

 

佐川の震える叫び声が聞こえる。

 

だが由一は、佐川の叫び声を最後まで聞けずに、薬によって意識を奪われていた。

 

「・・・・・んっ・・・・・」

 

鼻と口を押し当てられたハンカチには、睡眠作用のある薬がたっぷりと染み込んでいた。

 

黒い日本車の後部座席に、意識のないグッタリとした由一が乗せられ、その横に金髪頭のヤクザが乗り込む。

 

そして他のヤクザたちは、それぞれ違う車に乗り込み急発進させる。

 

佐川は、車の走り去る音を聞きながらメチャクチャになってしまった店の中で頭を抱えるようにして震えていた。