東京ハードナイト 5
由一はこの状況がどういうことなのか、いったい何がどうなっているのか、まったくわからなかった。
この堂本という男は、私をいったいどうするつもりなのか。
逃げても無駄ってことは、つまりここからはもう逃げられないってことなんだろうか?
でもどうして?
どういうことなんだ?
由一の頭の中は、こんがらがってしまっていた。
「お前は借金の形で、今日から俺のものだ。そのことを忘れるなよ?」
堂本は、潰れていない左目だけでじっと見つめて、冷淡な口調でそう言い残し、唖然としている由一の前から去っていく。
由一はすぐに慌てて堂本の後を追いかけた。が、堂本が玄関から出ると、そのドアは閉まると同時にロックされてしまい、ドアノブを回しても、押しても引いてもビクとも動かなかった。
「どーして中から開かないんだ?普通は、逆だろう?どーなっているんだ?」
由一は、モダンな感じの玄関のドアを手でバンバンッと思い切り叩いて必死にドアノブをガチャガチャと弄りながら、怒鳴った。
ドアが開かなくてもこうして怒鳴っていれば、隣の部屋の住人に聞こえるかもしれないと思ったのだ。
ここはマンションで、いくら防音効果があってもこれだけ騒いでいればきっと誰かが気づいて、警察に通報してくれる。
警察が来てくれたら、警察さえ来てくれたらっ。
由一はそんな願いを抱きながら、必死になって騒いでいた。
だがそれがしばらく経っても、いっこうに警察が助けに来てくれる様子はなかった。
それどころか、外の音がまるで聞こえないのだ。
由一が寝ていたリビングルームの南側には、大きな窓があった。
その窓を見て、そうだと由一は手を打つ。
「あっ、そーだ。窓から出ればいいんだっ。なーんだ、そんな簡単なことにどうして気づかなかったんだろう・・・」
由一は、問題がすべて解決したかのように嬉しそうにそう言って、クロスオーバースタイルのカーテンを勢いよく開き、窓の外を見る。
だが由一がそこに見た景色は、想像していたものとはまったく違っていた。
窓は確かにある。
だが、鍵がないのだ。
鍵もないこの窓は、よく見ると開くようには設計されていなかった。
つまり、ただの巨大なガラスが壁代わりに嵌め込まれている窓、そんな感じなのだ。しかも窓の外の景色は、空と雲と、そして遥か下の方に見える、おもちゃのような車と高速道路だった。
この景色はどこかで見たことがある。
そう、確か東京タワーに登った時に見た景色もこんな感じだったのだ。
ということは、今ここにいるこの場所は、東京タワーと同じくらい高い場所ということなのか?
「・・・・・嘘だよね?こんなの・・・嘘だ」
由一は、自分の目で見ている光景が信じられなかった。
ここは高層マンションの上の方にある部屋なのだ。
しかも、ちょっとやそっとの高さじゃない。
まさしく、東京タワーのごとき高層マンションの一室だった。
「これ・・・窓じゃないっ。窓だったとしても・・・どうやって逃げるんだ?こんな高い所から飛び降りたら・・・死んじゃう・・・」
由一は呟くように言いながら、窓の前から恐ろしげに離れ、違う逃げ場所を探して部屋の中を歩き回った。
広々としていて、まるで豪華なモデルルームのような部屋の中には、どこにも逃げ出せそうな所などなかった。
窓はあるが、どれもこれも全部ガラスが嵌め込まれているだけの壁にすぎないのだ。
トイレも、バスルームも、どこからも逃げられない。
「これじゃあ・・・まるっきり籠の中の鳥だ・・・」
由一はヘタッと床に崩れるように座って、突然自分の身に降りかかった恐怖や不安をどうすることもできず、呻くように言った。
ここから逃げられないっ。
あの堂本って人は、どういう人なんだろう?
どうしてこんなひどいことをするんだ?
佐川さんの借金の代わりに私をこんな所に閉じ込めて、どうしようっていうんだ?
由一は、さっき堂本がキスをしようとした時のことを思い出していた。
あの時、どうしてキスなんてしようとしたのか。
自分はれっきとした男なのに。
「・・・・・まさか・・・まさか・・・」
由一は、今の状況を説明することができる唯一の理由に突き当たった。
自分の身は借金の形に堂本というヤクザに売られて、この高級マンションに無理やり閉じ込められている。
それはつまり、自分は堂本の情夫になってしまったということではないのだろうか。
「嘘でしょ・・・まさかね・・・。そんなテレビや映画の世界じゃあるまいし・・・」
と、引きつった顔で笑ってみたが、この状況はどう考えても映画の世界だけの話というわけにはいかないようである。
つまり、本当に借金の形で情夫になったってことなんだ。
顔の半面にひどい傷がある、堂本貴良という男の情夫に。
由一はペタッと床に座ったまま、恐ろしい現実を目の当たりにして声も出せなかった。
いったい、どうしたらいいんだろう。
私はこのままどうなってしまうのだろうか?
由一の頭の中には、まるで自分の姿のように、ヤクザたちに無残にも踏みにじられた向日葵の姿だけが浮かんでいた。