東京ハードナイト 7
「お前は俺の情夫だ。この・・・籠の中から一人で飛び出すことも逃げることも、もちろん勝手に死ぬことも許されないのだ」
「・・・そ、そんな・・・・・」
「俺の命令だけを聞き、俺のためだけに生きてここに住む。もちろん、ここにいる間はなんでもお前の自由だ。何をしてもいい。どんな物だろうと欲しいものは手に入れてやる。それがお前の望みならな」
「やっ・・・やめて・・・」
舐めるように動いていた堂本の唇が、由一の唇に近づいていく。
由一は逃げようともがいたが、それは許されなかった。
「・・・あっ・・・んっ・・・ぐぅ・・・・・」
堂本に唇を激しく塞がれて、ソファの上で『嫌だ』ともがく由一だが、堂本はキスをやめようとはしなかった。
それどころか、どんどん激しく荒々しく、由一の口中を犯していく。
「はっ・・・ぐぅ・・・ううっ・・・」
由一は、いつの間にかソファの上にズズッと倒れるように横になっていた。
その上に、堂本が覆いかぶさってくる。
堂本の重みに由一の身体は押さえ付けられ、こうなってはどうしようもなかった。
それにこんなに濃厚で激しいディープキスをされたのは、由一は初めてだった。
高校生の時、クラスメートの女の子にいきなりキスをされたことがあったが、あの時以来である。ほろ苦い煙草の味とディープキスの激しさが交じり合って、由一の頭の中をクラクラとさせていった。
もう、考えられない。
由一は、連れ去られた時に着ていた白いポロシャツの裾を捲くられ、脱がされながらそう思っていた。
堂本の手がポロシャツの中になんなく入り込み、脇腹から胸へと這い上がっていく。
そして右側の乳首を見つけると、すぐにそれを摘み上げた。
「・・・ んんっ」
由一は、他人に初めて乳首を摘まれた感触に、思わず声を上げてしまった。
だがキスで唇を塞がれていたので、喘ぎ声としては発せられていない。
だが由一が漏らした声は、明らかに感じている時の、アノ声だった。
由一は、ギョッとしてしまった。
こんな状況で、ヤクザに乳首を揉まれて感じてるなんて、信じられなかった。
「・・・身体は素直だぞ、由一」
堂本は、そんな由一の身体の反応を誰よりも早く察知していた。
キスを途中でやめ、小気味よさそうにくくっと笑う。
由一はそのいやらしい笑いを見て、カッと頭に血が上ってしまった。
こんな高層マンションの一室に無理やり閉じ込められ、自分の知らない高額な借金を押し付けられ、しかもヤクザな男にキスまでされてるっ。
昨日まではお花屋さんでバイトしていて、仕事が楽しくて、毎日が楽しくて、自分の運命がこんなになっちゃうなんてとても想像できなかったのに。
それなのにヤクザにキスをされて、感じてしまっているなんて信じられないっ!
「いやっ・・・いやぁぁ・・・・・」
由一は、キスに翻弄されていく自分にブレーキをかけるように、目の前の顔に爪を立てて抵抗した。
由一の爪は、また堂本の右頬に当たった。
今度は、うっすらと頬から血が出るくらい強く引っ掻いていた。
引っ掻かれた堂本の顔が、あっという間に恐ろしい形相に変貌していく。
「俺の顔にこれ以上傷をつける気か?ええっ?」
堂本の声はゾクリとするほど低くて、由一を震えさせた。
今までの穏やかに話していた堂本とは、まるで別人である。
「・・・俺を怒らせるなと・・・言ったはずだ。忘れたのか?」
堂本は、手の甲で血をぬぐって、由一のポロシャツの襟元を締め上げた。
由一が引っ掻いた傷自体はたいしたことはない。
だが、由一がこの期に及んでもまだ抵抗しようとするその根性が気に入らなかったのだ。
こんなに優しく大切に扱ってやっているのに、由一はいっこうに心を開こうとしないのだ。
身体はこんなに素直で感じているというのに。
そのギャップが、堂本には我慢ができなかった。
由一の襟元を締めている手に、ギュッと力が籠る。
普通の女ならば、暴力団組織の幹部である堂本貴良に望まれ、こんな高級マンションまで与えられたら泣いて喜ぶというのに。
どうしてそれが、由一には通じないのだ。
堂本は、苛立っていた。
「うっ・・・ぐう・・・・・」
由一は、ソファの上で横になったまま首を絞められ、自分はもしかしたらこのまま死ぬかもしれないと思い、目を瞑った。
このまま死んでしまうのだろうか。
そう思ったとたん、堂本の手から力が抜けた。
「ごほっ・・・」
咳き込みながら堂本を見上げると、堂本はソファから離れていた。
「・・・ 仕方がないな。一ヶ月後にまた来るとしようか・・・。その時までには考えも変わるだろう」
堂本は、片目で由一を見下ろし、ヤクザたちと一緒に部屋から出て行く。
由一はまたこの部屋の中に一人で取り残されてしまうのかと思い、慌てて立ち上がって追いかけようとした。だが、足に力が入らない。
絞められていた喉が痛くて、満足に呼吸ができない。
「ま・・・待って・・・お・・・お願い・・・。待って・・・つれてって・・・」
由一が懸命に後を追って玄関ホールまで行くと、そこにはもう誰の姿もなかった。
ドアノブをガチャガチャッと音を立てて動かしてみてもドアは開かなかった。
また、その場に崩れるようにして座り込んでしまった。
それから一ヶ月間、由一はこのマンションの一室から一歩も外に出ることができなかった。
もちろん、たった一人で、だ。
最初のうちはなんとか逃げ出そうとあれこれと考えていた由一だったが、日が経つにつれてそんな気力もなくなっていった。
何より由一を不安にさせたのは、人との接触をいっさい断たれたことだった。
人間という生き物はたった一人では生きていけない。
話相手というものが存在しなければ、正常な理性や精神状態が保てないのだと、実感した一ヶ月だった。
この部屋には何もかもが揃っている。
巨大画面のBSテレビもジェットバス付きのバスタブも、見たこともないような高価な衣服だって寝室の横のウォークインクローゼットに唸るほどある。
だがそれだけではだめなのだ。
人は、相手がいてこその人なのだ。
食事は日に三度、決まった時刻に数人のヤクザたちが大きな銀製のトレンチに食べ切れないほどの御馳走をのせて持ってきてくれた。
ある時、由一は逃げ出すチャンスは今しかないと思い、脱走を試みたことがあった。
だが由一の考えなどお見通しのヤクザたちは、ポケットの中に入れていたオートリモコンで玄関の鍵を無情にもロックしてしまったのだ。
そしていつも食事のセッティングだけをして、さっさと部屋から出て行ってしまう。
「食べ終わった頃、取りに来る。ちゃんと食えよ」
「おとなしくいうことを聞いていれば手荒なまねはしない。だが少しでも逃げる素振りを見せたら俺たちの好きにしてもいいと、堂本さんに言われているんだ。いいか?俺たちは堂本さんのように寛大じゃないんだ。ブチ切れちまったら何をするか分からないぜ?」
十二時をちょっと過ぎた頃、角刈り頭の黒いスーツを着ているヤクザにわざと冷たく言われ、由一は無言のまま頷いた。
堂本から本当にそんなことを言われているかは分からなかったが、とにかくこの一ヶ月で逆らう気力も精神力もまったく消えうせていた。
それに相手はヤクザだが、今の由一には貴重な話し相手だった。
怒らせる気などまったくなかった。
「い、いただきます・・・ 」
由一は、テーブルの上に並べられたフランス料理のフルコースをため息交じりに見つめてから、ゆっくりとフォークで食べ始めた。
このマンションの中に閉じ込められ今日で一ヶ月が過ぎていた。