東京ハードナイト 9

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由一が嬉しそうにしている姿を見ると、なぜか自分も嬉しくなってしまうのだ。

 

堂本は三十三年間生きてきて、こんなことは初めてだった。

 

「行くぞ」

 

「はい」

 

「だが、決して逃げるなよ?もし逃げたら・・・俺は地球の裏側まで追っていく。俺はそういう男だ。忘れるな?」

 

堂本の言葉は、偽りや脅しじゃないと由一は直感的に思った。

 

顔の右半分のひどい傷痕が、本気だと告げている。

 

由一はゴクリと唾液を飲み込みながら、大きく頷いた。

 

正直、逃げようとか、そんな考えは由一の頭の中にはなかったのだ。

 

今は一刻でも早く、このマンションから出たかった。

 

堂本は、由一の柔順さに大いに満足しながら、先に玄関から外に出た。

 

初めて見る玄関から外の景色は、由一の想像とはだいぶ違っていた。

 

玄関の外には巨大な円形のホールがあって、そこには窓もなく、エレベーターが一つあるだけだった。

 

堂本は由一の腕を引っ張るように、数人のヤクザたちとエレベーターに乗り込む。

 

そしてB2のボタンを押す。

 

高速エレベーターは、赤い点滅を光らせながら見る見るうちに下降していった。

 

エレベーターに乗って初めて分かったのだが、由一が監禁されていた階は、最上階の50階だった。

 

これでは、車がミニカーに見えるはずである。

 

「地下に降りたらそのまま待っている車に乗れ。お前は常に俺の側にいろ、いいな?」

 

「・・・はい」

 

小さく返事をして頷いていた由一は、堂本に腕を掴まれていた。

 

だが不思議なことに、全然嫌じゃなかった。

 

それどころか、こうしてしっかりと捕まえていてくれた方が、不安で寂しかった心が癒されていく、そんな感じだった。

 

初めにここに連れてこられた時とは明らかに、堂本に対する由一の見方は変わっていた。

 

地下の駐車場に着くと、由一はブリリアントシルバーのメルセデスベンツS600Lの後部座席に座るように言われ、そのまま命令に従った。

 

メルセデスベンツなんて高級車は、見たことはあるが乗ったことなんてない。

 

由一は、いろいろな意味で少しドキドキしていた。

 

「あの・・・どこに行くんですか?」

 

由一が、車の外の景色を目で追いながら堂本に聞いた。

 

「・・・ 野球は好きか?」

 

「えっ?」

 

不意にそう尋ねられた由一は、驚いたように堂本の顔に視線を合わせた。

 

由一は堂本の左側に座っているので、ひどい傷痕が見えない。

 

堂本の端正で男らしい横顔だけが、由一の目に映っていた。

 

「野球・・・ですか?」

 

「今夜は東京ドームで開幕戦がある。それを見せに連れてってやる」

 

「東京ドーム・・・で・・・野球?」

 

「見たくないなら、マンションに戻ってもいいんだぞ?」

 

「い、いいえっ。私っ、野球好きです。だから見ますっ」

 

由一はすぐにそう返事をして、堂本の横顔を見つめた。

 

こうして見つめていると、堂本は本当に美形なのだと分かる。

 

あの傷がなかったら、きっとものすごい男前なのに。

 

そんな由一の考えが分かったのか、堂本は由一の方を向いた。

 

すると、ひどい傷痕が残っている右半分の顔も見えて、由一は無意識のうちに身体を遠ざけてしまう。

 

「この顔の傷が、そんなに嫌か?」

 

堂本が由一の首に手を回し、グイッと顔を近づける。

 

片目が完全に塞がってしまっているの堂本の顔が、由一の頬に触れる。

 

「ヤクザはな、顔にこれだけの傷があるとハクがつくんだ。それに、一度見たら忘れられない。そうだろう・・・?」

 

「は、はい」

 

由一は小さな声で返事をしたまま、動かずにじっとしていた。

 

堂本のねっとりとした舌が由一の頬を舐め、耳たぶを噛み、そのまま首筋を這っていく。

 

白いコットンのシャツの胸元は大きく開いているので、堂本が首筋を愛撫するのは容易だった。

 

それに、由一は何をされてもピクリとも動かない。

 

堂本はそんな由一の態度が気に入ったのか、身体を抱き寄せて激しく唇を覆った。

 

「んっ・・・くぅ・・・・・」

 

噎せるような激しいディープキス。

 

まるで由一のすべてを食い尽くすようなキスを受けながら、由一はさまざまなことを考えていた。

 

ここで抵抗したら絶対にいけない。

 

少しでも抵抗したら、またあのマンションに戻されて、今度こそきっと無人島送りになってしまうかもしれないのだ。

 

それにどうしてか分からないが、堂本の命令に逆らう気にはなれなかった。

 

逆らった時の恐怖もある。

 

だがもっと別の理由があるような気がしていたが、由一は深く考えなかった。

 

「・・・・・んんっ・・・ はぁ・・・・・」

 

キスが長く続くと、由一はもっともっと何も考えられなくなっていた。

 

頭の中が真っ白になってしまって、フニャフニャになってしまって、指さえ動かすことができなくなってしまうのだ。

 

堂本のディープキスが巧みで濃厚だったせいもあるが、由一の身体が一カ月前のあのキスの味を覚えていたせいもあった。

 

しかも、どうすればもっと深く舌を絡ませ感じることができるのか、いつの間にか学び理解しているのだ。

 

驚いたことに由一は、性教育に対してとても優秀な生徒だった。

 

堂本が教えてくれたことをすぐに自分のものにしてしまうのだ。

 

「あっ・・・んっ・・・堂本さん・・・だめ・・・」

 

シャツのボタンを全部外され、乳首も露わになった由一は、教えられたわけではないのにごく自然に堂本の名を口にしていた。

 

堂本の唇が鎖骨から乳首へと移ったためであったが、愛撫している堂本も由一の色っぽい声には少し驚いていた。

 

由一は男も女も初めてのはずで、当然愛撫を受けることにも慣れていない。

 

それなのに、ちょっと愛撫して可愛がっただけで、こうして立派な情夫まがいの喘ぎ声をあげることができるのだ。

 

堂本は由一の中に眠っていた新たな魅力に触れ、もっと深く心を奪われていた。

 

なぜこんなにも由一を愛してしまったのか、堂本自身にも分からなかった。

 

フラワーショップで由一を一目見た瞬間から、堂本は由一に惚れてしまったのだ。

 

そして、由一のことしか考えられなくなってしまったのだ。

 

どんなにいい女でも男でも、堂本が望めば思いのままだった。

 

非情で知られている堂本が、心を揺るがせられ本気で欲しいと思ったのは、由一で二人目だった。

 

「そろそろ着きますが?」

 

不意に、助手席に乗っていた男が言った。

 

堂本は、少し名残惜しそうに由一の乳首から口を離す。

 

すると、ずっと吸われてプクッラと膨れてしまった乳首は、赤く色づき、すっかり硬くなっていた。

 

「あんっ・・・」

 

乳首を離した瞬間、由一がまた声を上げて両目を細めた。

 

自分でも気づかないうちに声を上げているのだろう、由一には少しの羞恥心も見当たらなかった。

 

「服を整えろ。まぁ、その格好でも俺はいっこうに構わんがな・・・ふふっ」

 

堂本は、レザーの背もたれに身体を預け、すっかり上半身を裸にして喘いでいる由一に向かって言う。

 

すると由一は、そんな自分に初めて気づいたように、真っ赤に上気した顔で恥ずかしげに堂本を見つめて、慌ててシャツのボタンを嵌めていく。

 

いつの間にこんな恥ずかしい格好にされていたのか、全然気づかなかったのだ。

 

それにこの無防備さはどうだ。

 

まるで、堂本に乳首を吸われることを望んでいたかのような破廉恥な格好である。

 

「し、信じられないっ」

 

由一はボタンをしっかりと嵌め襟元を締めた。

 

鎖骨にも乳首の横にも、朱色のキスマークが残っているのだが、由一はそのことにさえ気づいていなかった。

 

「降りるぞ」

 

堂本に言われ、由一はそろそろと車から降りた。

 

そして腕を掴まれたまま、ドーム球場へと入っていく。

 

席はバックスタンド側で、十人ほどのスペースが空いていた。

 

堂本は由一とその中央に座り、近くのヤクザに飲み物を買ってくるように言う。

 

球場内はほぼ満席に近い状態で、もう間もなく始まる開幕戦の熱気と興奮に包まれていた。

 

「これを飲め」

 

と、堂本に手渡されたのは紙コップに入った冷たいジンジャーエールだった。

 

由一は、ちょうど喉が乾いていたので一気に飲み干した。

 

車の中であんなこともあったし、体温は上昇しっぱなしである。

 

それにしてもこんなに熱気に溢れている場所に来るのは、久しぶりだった。

 

ずっと監禁されていたせいか、その熱気や人々の喧噪さえも嬉しく感じてしまう。

 

それに、バックスタンド席で開幕戦を見るのも初めてのことだった。

 

「野球を見終わったら、マンションに戻るぞ。十分楽しんでおけ」

 

堂本は、由一の耳元でそう言った。

 

とたんに由一の晴れ晴れとした表情が、不安と恐怖に曇ってしまう。

 

また、高層マンションに戻されるのか!?

 

今度はどのくらいの間、一人で監禁されるのだろうか?

 

一カ月?それとも三カ月?

 

「・・・・・あの・・・」

 

あのマンションに戻るのだけは嫌だと、由一は言いそうになった。だが寸前のところで言葉をのみ込んだ。

 

嫌だなんて言ったら、機嫌が悪くなった堂本に今すぐに連れ戻されてしまうような気がしたのだ。

 

「なんだ?」

 

と、堂本が片目で由一を見つめる。

 

由一は慌てて首を横に振ったまま、何も言わなかった。

 

「マンションに戻るのを楽しみにしていろ」

 

堂本はそう付け加えて、生ビールを飲み干す。