東京スペシャルナイト 上 11

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予約を入れた金曜日がやってきた。

 

どれほど、この日を待ち望んだことか。

 

こんなに一週間が長いなんて初めてだった。

 

もう少しで桜井さんに会える。

 

桜井さんのマッサージを受けることができる。

 

そう思うと、学校でのつらいことや苦しいことも難なく耐えることができた。

 

問題児の国ちゃんのことも、それほど気にならなくなったのだ。

 

人間は十人十色さまざまなのだから、いろいろな性格があっていいのだ。

 

おとなしい子もいれば、わけもなく騒ぐ子もいる。

 

大人びた子もいれば、まだまだ幼稚園がお似合いの子もいる。

 

国ちゃんだって、よく見るとなかなか可愛いじゃないか。

 

それに国ちゃんが騒がなかったら、きっとこのクラスはどんよりとした暗いクラスになっていたかもしれない。

 

国ちゃんがいるから、いつも笑いが絶えないクラスになっているのだ。

 

まぁ、他の先生方からの苦情は変わらないが、それは僕自身が受け止めていればいいことなんだ。

 

怒られたからといって、苦情を言われたからといって、悩むことなんて何もない。

 

宇宙は、この一週間、いつもそう思えるようになっていた。

 

「何か、明るくなりましたね。いいことでもあったんですか?」

 

教師たちが宇宙の顔を見るたびにそんなことを聞いてくる。

 

そのたびに宇宙は、「はい、ちょっと」とだけ答えて、一人で桜井のことを思い出していた。

 

あのステキな笑顔。

 

低くて穏やかな声。

 

そして巧みな指技。

 

あぁぁ・・・、今日もあの指でマッサージされるのかと思うと、それだけで身体が宙に浮いてしまいそうである。

 

放課後、宇宙は子供たちを見送ると、急いで職員室に戻った。

 

そして明日の準備を慌ただしく整えていく。

 

すべてが終わり、時計を見ると六時を少し回ったところだった。

 

「急いでアパートに戻って、それからシャワーを浴びれば八時に間に合う。よしっ」

 

宇宙は気合いを入れて席から立った。

 

「あれ?春日先生、もうお帰りですか?」

 

「はいっ。お先に失礼しますっ」

 

挨拶もそこそこに、宇宙は急いで職員室を出る。

 

「今日はちゃんとシャワーを浴びて、身体を綺麗にしていくんだ。いつも汗臭いから・・・」

 

宇宙は嬉しそうにそう呟きながら、帰路を急いだ。

 

どうしてマッサージに行くのにシャワーを浴びなければいけないんだろうかと、我に返って一瞬考えた宇宙だったが、『桜井さんに会えるから』と自分自身に言い聞かせていた。

 

特に念入りに身体は洗っておこうっと。

 

宇宙は、揺れる電車の中で顔を真っ赤にしながら、さまざまなことを考えていた。

 

そしてアパートに戻り急いでシャワーを浴びた宇宙は、先日購入したばかりの真新しい紺のブレザーをノーネクタイの薄いピンク色のワイシャツの上に羽織った。

 

スラックスも紺色で、ソックスは白。

 

髪を梳かし、下着も新しいものを穿いたし、店員に勧められるがままに買ったブルガリのオードトワレも仕上げに首筋につけた。

 

柑橘系の爽やかな匂いが、狭いアパートの中に充満する。

 

「よし、完璧♡」宇宙は上半身を鏡で映して見てから、満足げに頷いた。

 

そしてアパートを出て、桜井がいるマッサージ店を目指す。

 

「待っててくださいね。桜井さん♡」

 

宇宙はこのとき、どうしてこんなに自分の気持ちが高まっているのか、まったく考えていなかった。

 

ただ今は、少しでも早く桜井に会いたいと思っていた。