東京スペシャルナイト 上 16
- 2016年01月07日
- 小説, 東京スペシャルナイト
宇宙がキャンセルの電話を入れてきたことを受付の女性から聞いた桜井は、思わず顔をしかめた。
少し、冷たくしてしまったことがいけなかったのか。
最初は、桜井はそう思った。
仕事が忙しくてどうしても時間内に来れないという場合も考えられる。
だがどういうわけか、桜井は後者のほうではないと直感で思っていた。
桜井が宇宙に対し、少し素っ気ない態度を取っていたことには、理由があった。
スペシャルマッサージを受けているときの宇宙の喘いでいる姿が、想像を絶するほど可愛くて、愛しくて、たまらなくなってしまったからだった。
マッサージに通ってくる宇宙を見るたびに、またスペシャルマッサージをしたくてたまらなくなる衝動を抑えるために、桜井はわざと冷たい態度を取っていた。
まさか、あんなにも可愛いなんて。
性感帯を刺激するスペシャルマッサージは、ある特別な人の心と身体を癒すために無理やり覚えさせられたマッサージだった。
そのマッサージをある『特別な人』以外に施してしまったのは、これが初めてだった。
『特別な人』以外には決してしてはいけないスペシャルマッサージ。
それをどうしても宇宙にしてみたくて、その反応を見てみたくて、桜井はずっと守ってきた約束を破ったのだった。
このことをもし『特別な人』が知ったらただでは済まないことは承知している。
だが、それでも桜井は宇宙をこの手で感じさせてあげたいと思ったし、喘ぐ姿を見たいと望んだのだった。
そして想像以上に、宇宙は可愛い姿を桜井に見せてくれた。
シルクのような手触りの肌と薄いピンク色のまだ未熟だが、とても感じやすい可愛い乳首。
宇宙が、桜井のマッサージを受けたときから勃起していたことは気づいていた。
宇宙が桜井に対して、特別な感情を抱いていることも知っていた。
初めは気づかないふりをしていた桜井だったが、宇宙のあまりの素直さと可愛らしさに、とうとう参ってしまった。
理性よりも欲望のほうが勝ってしまったのだ。
スペシャルマッサージをしてあげようと思ったのも、欲望に負けたからだった。
可愛い宇宙を、この手で感じさせてあげたい。
宇宙に、未知の快楽を与えてあげたい。
そしてその姿をこの目で見たい。
そんな欲求に耐えられず、桜井はスペシャルマッサージを宇宙にしてしまったのだ。
そしてすべてが終わった後、桜井の心の中には震えるような満足感と不安が入り乱れていた。
意識を失うくらい感じまくった宇宙を前に、罪の意識に苛まれていた。
宇宙のような経験の少ない素直な青年に、無限の快楽を与えるようなスペシャルマッサージを覚えさせてしまったら、それはきっと罪になるのではないだろうか。
桜井自身が宇宙のものになるのなら話は別だが、桜井はある特別な人に縛られていた。
囲われている身分なのだ。
それなのに、一般のお客様を好きになってしまって、しかもスペシャルマッサージをしてしまうなんて。
桜井は、この事実を知ったらきっと激怒するであろうある人物の顔を思い浮かべていた。
そして宇宙のためにも、少し距離を置こうと思ったのだ。
だがそう思えば思うほど、どんどん宇宙が好きになっていく。
マッサージを重ねれば重ねるほど、宇宙の身体にもっと触れていたい衝動に駆られてしまうのだ。
スペシャルマッサージをしてほしそうな顔をして、じっと桜井を見つめる宇宙の瞳。
だがその瞳から顔を逸らして、わざと冷たい態度を見せなければならない桜井も、実はとても苦しんでいた。
マッサージが終わった後、宇宙が自分を慰めていることも知っている。
知っていたが、どうしてやることもできなかった。
これ以上、宇宙を好きになってしまったら特別なあの人が黙っていないからだ。
性感帯へのマッサージを教え込んだ、特別なあの人が黙っていない。
宇宙、すまない。
桜井は、いつも心の中で宇宙に詫びていた。
だが、宇宙からマッサージの予約のキャンセルが入ったと聞いた桜井は、ずっと抑えてきた宇宙への気持ちが一気に燃え上がったのを感じていた。
宇宙が来ないと知ったときのショックは、例えようもなかった。
今日は、宇宙に会えることを楽しみにしていたのに。
スペシャルマッサージはしてあげられなくても、宇宙の身体に触れらるそのことだけで満足を得ようとしていたのに。
それに、次の予約もいっさい入っていないと聞いた桜井は、胸がギューッと締めつけられるように痛くなるのを感じていた。
もう来てくれないかもしれないのだ。
スペシャルマッサージの後、冷たくしていたからなのか。
それとも、他にいいマッサージ師でも見つけたのだろうか。
まさか、恋人ができたのでは?
そんな不安が頭の中を駆け巡り、桜井は居ても立ってもいられなかった。
「ちょっと、外に出てくる」
受付の女性そう言って、桜井は外に出た。
帰宅を急ぐサラリーマンたちをかき分けるように街中を歩きながら、宇宙のことを想っていた。
今まで、数えきれないくらいの客の身体に触れ、マッサージをしてきた。
有名な女優や俳優も、桜井のマッサージの腕のよさを見込んで店にやってくる。
どんなに美しい人をマッサージしても、こんな気持ちにはならなかった。
こんなに会いたいと思う人は、初めてだった。
この狂おしいまでの気持ちを言葉にするならば、愛だと桜井は思った。
恋などという、生半可な想いじゃない。
宇宙のすべてを欲しいと思うこの気持ちは、まさしく愛だった。
「こんなことになるんだったら、もっと優しくしてあげればよかった。自分の気持ちに素直になって・・・あの人に知られてもいいから・・・自分の想いを遂げればよかった」
賑やかな人混みの中で、白いワイシャツに黒いスラックス姿の桜井は呟いた。
このまま会えなくなってしまうくらいなら、いっそのこと・・・・・・・。
そんな思いつめた桜井の少し前を、偶然宇宙が通りすぎる。