東京えっちナイト 8
- 2016年09月11日
- 小説, 東京スペシャルナイト
桜庭は、店に入れずに困っていた。
窓のブラインドの隙間から、二人が激しく互いを求めている光景を見てしまったのだ。
男同士のセックスは、藤堂四代目とその恋人である真琴との行為で見慣れている。
だが見慣れているからといって、店の中に入っていく気にはならなかった。
「入らないのですか?」
ドアの前でしばらく考えている様子の桜庭に、部下の者が声をかける。
道端には黒い高級外車のベンツが止まっていた。
運転手がエンジンをかけたまま待っている。
スーツ姿の桜庭は、まだ若い部下には何も答えずに車の後部座席に戻った。
そして携帯を取り出し、リダイヤルを押す。
電話の相手は藤堂だった。
「私です。紅林組の跡目の件ですが、あと三年間待っていただくように紅林組の組長に話してもらえませんか?今は何を言っても無理だと思うのです。宇宙と遼一は深く愛し合っていて、組の存続よりも二人の未来や一緒の時間を過ごすことのほうが大事なのです。今は焦らず、しばらく時間をおいたほうがいいと思います」
桜庭はシルバーメタリックの携帯を握りしめ、店の中を見つめながら言葉を続けた。
「あちらの言い分もわかりますが、やはり遼一には時が必要です。今まで十年間という時を失っていた分、冷静になって自分を見つめ、この先どうするのかを考える時が必要です。二人で三年間暮らすうちに本来の自分を取り戻し、自分に課せられた運命からは逃れられないのだということを遼一は知るはずです。そうなれば、考えも変わるでしょう。その時に改めて話をしたほうがいいと思います。それに、一度目覚めた修羅の心がそう簡単には消えません」
桜庭がそう言うと、隣に部下が乗り込んだ。
二人のセックスが終わったと、手で合図する。
桜庭は無言で頷いた。
「はい、申し訳ありません。ではこのままもう一度戻ります」
桜庭はそう言って携帯を切った。
「四代目はなんとおっしゃってましたか?」
少し間を置いてから、桜庭の側近である男は聞いた。
桜庭は、らしくなく長いため息を漏らす。
「お前に任せたのだから最後まで任せるとおっしゃってくださった。紅林組の組長のほうには話をつけておくと」
「ですが、三年間の間に本当に結論が出るんですか?」
桜庭の右腕的存在のまだ若いその男は、慎重な口調で聞いた。
車の外から話を聞いていたのだ。
桜庭は横目で側近を見た。
「結論が出るようにいろいろと仕向けるつもりだ。店も今は景気がよさそうだが、いつだめになるとも限らない。どんな世界も一寸先は闇だからな」
桜庭が、何やら意味ありげに言う。
側近はその一言ですべて承知したのか、あとは何も聞かなかった。
マッサージ店を見ると、ちょうど電気が消えたところだった。