東京ハードナイト 10
堂本にしてみたら由一の監禁生活はもう終わりで、今日からは一緒にあのマンションで暮らすつもりだったのだ。
もともと、由一と一緒に暮らすつもりであのマンションを買ったのだ。
そして今夜こそは由一を自分のものにしようと、決めていたのだ。
由一の身体をもっと激しく愛撫して、自身を捩じりこんで、今まで味わったことのない快楽を与え、もう決して自分から離れられないようにしてやろう・・・・・そう思っていたのだ。
だが由一の頭の中では、そんな堂本の考えなどまったく想像もできなかった。
由一は、またあのマンションで一人ぼっちにされるのかと思うと、居ても立ってもいられなかった。
なんとかして、ここから逃げ出さなければ。
あのマンションに連れ戻される前に、逃げるんだ。
由一の頭の中は、逃げることでいっぱいである。
どうやって逃げようか。
由一は、ドキドキしながら辺りを見回した。
見ると、十人ぐらいのヤクザたちが由一と堂本の席を囲んでいて、この場から一歩も動けない状態なのが分かった。
だがここで逃げ出さなきゃ、もう終わりだ。
またあんな寂しい思いをするのは、絶対に嫌だった。
由一はいろいろと考えた。
どうやったらこの場所から動くことができるのか。
そして唯一、由一がこの場所から動いても変に思われないことを思いついた。
「あ、あの・・・。トイレに行きたいんです」
由一は、堂本に向かって思いきって言った。
堂本は一瞬、目つきを鋭くする。
「あの・・・我慢できなくて・・・。どうしてもトイレに行きたいんですっ」
由一は必死の顔で堂本に訴えた。
堂本は少し考えているようだったが、由一があまりにも真剣な眼差しで訴えているものだから、ふと気を許してしまった。
「誰か・・・ついていけ」
「はい」
堂本の後ろに座っていた二人のヤクザが、立ち上がる。
そして由一の腕を掴み、通路に出て階段を上っていく。
由一はチラッと堂本を振り返ってみた。
堂本は、ついに始まった試合に気を取られている。
由一はチャンスだと、内心思っていた。
だが、体格の良いヤクザが二人も監視についてきたことは計算外だった。
一人ならなんとか振り切って逃げることもできるが、体格の差を考えても相手が二人となるとそれは難しかった。
ではどうするか。
由一は考えがまとまらないうちに、男子トイレの前に連れていかれた。
「早くしろ。俺たちも試合が見たいんだ」
「ここで見張っているからな」
ダークなワインカラーのネクタイを締めたヤクザと、真っ赤なペイズリー柄のネクタイを締めたヤクザが言う。
二人とも同じようなグレーのスーツを着ていたが、堂本が来ているオートクチュールのスーツとはまったく雰囲気が違っていた。
由一はふとそんなことを思って二人を見たが、そんな場合ではなかった。
なんとかしてこの球場から逃げ出さないといけないのだ。
男子トイレの中は、広くて綺麗だった。
中には数人の大学生と中年の男子と、親子連れが一組いるだけだった。
由一は個室には入らず、どうしようかと、ウロウロとして歩き回った。
窓から逃げるという手も考えたが、窓が一つもないのだ。
トイレの出入り口は、たった一つだけだった。
「ああ、どうしようっ。このままじゃ捕まってしまう。またあのマンションに監禁なんて、絶対にいやだっ」
由一は足早に歩き回ってそう呟いた。
するとそんな由一が気になったのか、大学生の一人が声を掛ける。
「どうか・・・したの?」
少し茶髪の頭をしている、一見サーファー風の大学生は、由一のまるでモデルのように洗練されているファッションスタイルがとても気に入って、声を掛けたのだ。
それに顔を見ると、男にしておくには惜しいほど綺麗である。
これはもしかしたら芸能人か?
大学生たちは、一斉に由一の周りに集まった。
「えっ?」
「何か困ってるようだけど、どーしたの?」
と、野球帽をかぶっている一人の大学生が聞く。
由一は、目の前の大学生が着ている赤いTシャツと鹿の子のシャツに目を留めた。
上に着ているシャツを一枚脱いでも、全然分からない。
これだっ!これしかないっ。
「あの、お願いしたいことがあるんですが・・・」
由一は、大学生に近づいてそう言った。