東京スペシャルナイト 上 6
- 2015年12月15日
- 小説, 東京スペシャルナイト
それからの一ヶ月は、満足に睡眠時間が取れないくらい忙しかった。
さまざまな学校行事の準備や片付け。
子供たちの親からのさまざまな悩み事の相談や、教育委員会を招いての研究授業。
その準備と子供たちに費やした時間と労力は宇宙の想像をはるかに超えていた。
リラクセーションマッサージに行きたい。
桜井遼一さんのマッサージを受けたい。
マッサージを受けるだけじゃなくて、癒されたい。
あの反町似の整った顔を見て、心も身体もリフレッシュされたい。
マッサージに行きたいのに、そんなわずかな時間もないなんて。
これもすべて校長が悪いのだ。
『君は研究授業は初めてだろうが、きっといい経験になるよ。それに君は顔が華やかだから、教育委員会の人たちの受けもいいだろうし・・・』
校長室に呼ばれた宇宙は、頭の薄い校長にそう言われ愕然としてしまった。
まだ教師になって数カ月の自分に、研究授業を任せるというのだ。
しかもその理由が顔が華やかだからだというのだ。
呆れてしまって何も言えないでいる宇宙の肩にポンッと手を置いて、校長は言葉を続けた。
『研究授業の後、教育委員会の人たちと一席設けるから、我が校の好印象に繋がるようによろしく頼むよ』
口端を上げ、ニヤッと笑って校長が付け加える。
それっていったいどういう意味なんだろうか?
などと、ゆっくり頭を巡らせて考えている暇などなかった。
とにかく、研究授業の準備を急がなければ。
そんなわけで、宇宙はここ一ヶ月というもの、さまざまな所用に振り回されながら多忙な日々と闘っていた。
そしてやっと研究授業や学校行事も一段落した頃、宇宙はまたしても身も心もよれよれ状態になっていた。
生きるためのエネルギーが不足している、そんな感じだった。
どうしてこんなに疲れているんだろうか?
そう考えて、ガキ大将の国ちゃんがドタバタと暴れ出した研究授業が終わった後、教育委員会の人たちを接待したときのことを思い出す。
『今日の授業はとても分かりやすくてよかったよ。一人問題のある子供がいるようだが、ああいう子は自然とクラスの中に馴染んでいくから心配しなくていい。あれは君の責任じゃない。君は将来有望な教師ですね』
『本当に、私もそう思うよ。それに顔がまたいい。子供受けするというか、女性のように綺麗というか・・・あっはは・・・』
『あっ・・・はは・・・』
宇宙は、教育委員会の人たちに囲まれながら顔を引きつらせて笑った。
『こんな綺麗な教師は今まで見たことがないよ。男性にしておくのはもったいないようだ』
白髪頭の委員が、宇宙の肩に触れながら言う。
そんな中年親父の素振りに、ゾゾッと背筋を震わせた宇宙だったが、立場的にもどうすることもできなかった。
我が校が好印象になるように・・・と言っていた校長の顔が浮かぶ。
あの、クソ校長め。
宇宙は内心で悪態をつきながらも、ねっとりとしていやらしい委員会の人たちとの夕食会をなんとか乗り切った。
帰り際、お尻を触っていった委員もいた。
ぶん殴りたい気持ちを抑えながらも、宇宙は笑顔を絶やさなかった。
「あんなことがあったから、余計疲れたんだ・・・。もう歩くのも億劫になってきた」
研究授業の次の日、宇宙は重い足を引きづりながら帰路についていた。
今日こそはリラクセーションマッサージを受けてやる。
絶対に桜井遼一さんを指名して、マッサージをしてもらうんだ。
その願望だけが、疲れきっている今の宇宙を動かしていた。
そしてやっとそのビルの前に到着した宇宙は、エレベーターの中で疲れ果てた自分の姿を鏡で見た。
前よりいっそう、疲れがひどい感じがした。
本当に教師という職業が自分に合っているのか、最近は分からなくなってきた。
子供についての相談だと言うから母親の話を聞くと、今度一緒に飲みに行きましょうという誘いだったり、中には一度だけでもいいからデートしてと、強引に迫ってくる母親もいた。
いったい、世の中はどうなってしまったのだろうかと、そのたびに考えさせられてしまう。
「あれじゃー、子供をいくら教育してもだめなわけだよなー。まず母親の貞操観念からして間違ってるもん。亭主にバレなきゃ何をしてもいいなんて、信じられない・・・」
宇宙はエレベーターの中で、重々しくため息を漏らす。
やっぱり、一月前に来た時よりもずーっと疲れてる。