東京スペシャルナイト 下 11
- 2016年03月21日
- 小説, 東京スペシャルナイト
遼一が治療を受け、監禁されている病院の裏口に降り立った宇宙は、やっと遼一に会えるという喜びと、これから亨や恭也と対決しなければならないという恐怖の入り交じった感情を抱えながら病院の中へと入っていった。
午前の診療時間が終わった医院の中は、とても静かだった。
ヤクザたちに周りを囲まれたまま二階へ上がり、特別室と書かれている病室のドアを一人のヤクザがノックする。
するとドアが中から開き、恭也が宇宙を出迎えた。
その向こうのベッドの上では、胸の包帯を取り換えた遼一がいた。
「遼一、遼一っ!」思わず、宇宙が叫ぶ。
すると宇宙の声を聞いた遼一も、驚いてドアのほうを向き、宇宙の名前を叫んだ。
「宇宙っ!?」
ガウンを羽織ったばかりの遼一は、ベッドから飛び降りて宇宙のもとに駆け寄ろうとする。
だが足に嵌められた枷がそれを阻んでいた。
ガシャンッと鎖の大きな音がして、遼一の身体がベッドからガクンッと床に落ちる。
「遼一危ないっ!そのままじっとしてて・・・」
「宇宙・・・本当に宇宙なのか?ああ・・・宇宙・・・無事だったんだな?」
「遼一のほうこそ・・・無事でよかった・・・。もう心配で・・・心配で・・・本当に死んじゃったらどうしようかと思って・・・」
「私は大丈夫だ。宇宙のほうこそ大丈夫なのか?」
優しく労わるような遼一の声を聞いたとたん、宇宙の瞳に涙が溢れた。
無事な遼一の姿を見て、ずっと堪えていたものが緩んだのだ。
「遼一・・・遼一・・・」
ボロボロの衣服を着ている宇宙は、遼一のそばに駆け寄ろうとする。
だがすぐに、恭也の腕に捕まってしまった。
「おっと・・・。感動の再会はここまでにしてもらおうか。亨様がお前に用があると言って、こちらに向かっている」
と、恭也は言って宇宙の顎を捕らえる。
宇宙は涙で潤んでいる瞳で、遼一を撃った恭也をキッと睨みあげた。
「・・・よくも遼一をこんな目に・・・。これじゃ刑務所にいるのと同じじゃない。足枷を解いて自由にしてやって。足首から・・・血が出ててかわいそうじゃない・・・」
身体は震えていたが、決して恭也を恐れてのものではなかった。
宇宙の身体が震えているのは、遼一に再会できた喜びからのほうが強かった。
恭也は、そんな宇宙の秘められた強さと健気さが、胸の奥が痛くなるほど心地よかった。
自分のことよりもまず遼一の安否を心配する宇宙の心の優しさが、憎らしいほど可愛く感じた。
遼一に抱かれて喘いでいる宇宙を見たときのあの感覚を、恭也は思い出す。
ぞわわっと全身に血が騒ぐのが分かる。
そのときだった。
宇宙が入ってきたばかりのドアから、亨が入ってきたのだ。
「お前が噂の宇宙か・・・。なるほど、着ているものはボロボロだが、遼一が惚れそうな実に綺麗な顔をしているじゃないか。男にしておくにはもったいないな・・・」
初めて見る亨は、高価なブランドもののスーツに身を包み、髪は短くワイルドな感じだったが、どこからどう見てもエリートの青年実業家に見えた。
だが、宇宙を品定めするように見つめる、ねっとりとした瞳には上辺の青年実業家という顔とは違い、裏の極道の世界と繋がっている非情さが見え隠れしていた。
そして冷酷な威圧感も、亨から感じられた。
宇宙は一瞬、ゾクっと背筋を震わせた。
少なくとも、宇宙の知り合いにこんな冷酷な瞳を持つ人間はいなかった。
「遼一は、俺が十年近くも囲っている。それは知ってるな?」
恭也に捕らわれている宇宙に近づき、顎を捕らえてグイッと上を向かせる。
力強い指に抵抗することができず、宇宙はされるがままだった。
「人の物にちょっかいを出すとどういうことになるか、知ってるか?んん?」
享が、真っすぐに自分を見ている薄茶色の瞳を食い入るように見つめて言う。
宇宙は何も言わず、知らないと目で訴えた。
こんな脅しには決して屈しないという強い意志を見せなければ、この手の人間には勝てない。
力で屈服させることは無理なのだと、相手に分からせなければならない。
それは、てっちゃんが別れ際に言ってくれた言葉だった。
だから宇宙は決して目を逸らさなかった。
亨の今にも食らいついてきそうな視線からも、目を逸らさなかった。
そして・・・・・。
「り、遼一は・・・あなたのものじゃありません。遼一の自由を束縛する権利は・・・あなたにはありません・・・」
と、言う。
その言葉を聞いた亨は、思わず目を丸くした。
信じられなかったのだ。
数人のヤクザに囲まれ、監禁されている僚一を目の前にしても、自分に対してこんな生意気を利く小僧がいることが、信じられなかった。
普通なら許してくださいと涙ながらに訴えるか、泣き叫ぶかのどちらかだ。
これはなんとも、いじめがいのある小僧ではないか。
遼一の心を奪ったばかりでなく、眠っていた修羅の心を呼び覚まし、この俺にまで逆らうとは。
見た目とは違い、いい根性をしているじゃないか。
亨は、心の中でメラメラと燃える嫉妬のようなものを感じていた。
このままにはしておかない。
一気に殺してしまうのはもったいない。
二人は自分の手の内にいるのだ。
遼一の前で、じわりじわりと嬲り殺しにしてくれよう。
大物政治家を父に持つ、この大江原亨に逆らったらどうなるのか、たっぷりと味わわせてやる。
亨は、恭也に向かって言った。
「お前、こいつをどうしたい?」
亨の突然の問いにも、恭也は少しも臆することなく答えた。
「以前は煮るなり焼くなり好きにしろと、そうおっしゃいました」
「そうだったな・・・。では・・・そうしてやれ。この俺に対して二度と生意気な口が利けないように、たっぷりと仕置きをしてから・・・殺してやれ」
その言葉を聞いていた遼一の目が、大きく見開く。
「待てっ!宇宙は関係ないっ!私が勝手に宇宙に惚れたんだっ!宇宙にはなんの関係もない」
だがいくらそう叫んでも、亨は聞かなかった。
たとえそうであったとしても、宇宙の態度をどうしても許すことはできなかった。
可愛い顔をして、ただの教師でありながら、どうしてこうも冷静でいられるのだ?
泣き叫び、許しを請う宇宙を想像していたのに。
そんな宇宙の前で遼一に口で奉仕させ、遼一はどうあがいても今の状況から逃げ出すことはできないのだと思い知らせ、たっぷりと優越感に浸ろうと思っていたのに。
この落ち着きようはなんなのだっ!?
亨は、どうしようもなく苛立っていた。
「恭也っ、さっそく仕置きを始めろ。俺は忙しいんだ」
「はい、喜んで」
恭也はそう返事をすると、数人のヤクザたちに仕置きのための道具を持ってくるように命令した。
その様子をベッドから転げ落ちた状態で見ていた遼一は、思わず床を拳で叩いた。
「よせっ。やめてくれっ。宇宙に仕置きをするのはやめてくれっ。頼むっ」
亨が言った仕置きというものがどういうものか、遼一はよく知っていた。
ソープランドを逃げ出した女や男娼を懲らしめ、見せしめのために行われる仕置きは、とても口では言い表せないほど淫靡な行為だった。
客の要求にはなんでも応えられるように、ソープランドの女や男娼を教育する。
そういうときも、仕置きは行われた。
「持ってきました」
道具が入った黒い鞄を持った一人のヤクザが、病室に入ってくる。
鞄は海外旅行用のスーツケースほどもあり、強靭な肉体のヤクザでさえ一人で持ち運ぶのはとても大変そうだった。
「やめろっ、頼むから・・・仕置きだけはやめてくれ・・・」
遼一が、懇願するように亨に向かって言う。