東京スペシャルナイト 下 10
- 2016年03月21日
- 小説, 東京スペシャルナイト
てっちゃんは、普段はあまり使わない携帯電話をボロボロのショルダーバッグの中から取り出した。
「てっちゃん、本当に宇宙を助けるんつもりなんだ」
その様子を驚いたように見ていた丸君は、地面にしゃがみ込んだまま煙草を吸っていた。
「人助けはしない主義だったんじゃなかったっけ?」
丸君が、そう付け足す。
ボロボロの衣服を身にまとい、見るからにホームレスという出で立ちのてっちゃんは、不精髭を手で撫でながら携帯のダイヤルを押した。
すぐに相手が出る。
「相模鉄男です」
てっちゃんは、自分の名前をフルネームで言った。
ホームレスのてっちゃんがすでに捨てたはずの自分の名前を言う相手は、この世でただ一人だった。
携帯の相手は、日本の裏の世界に君臨している藤堂組四代目、藤堂弘也だった。
「四代目、お久しぶりです」
てっちゃんはどこか懐かしそうにそう言った。
「四代目がお捜しの紅林組の跡取り息子ですが、どうやら見つかりそうです。ですがトラブルに巻き込まれているようで・・・この一件、私に一任していただけますか?」
てっちゃんがそう言うと、丸君はちょっと呆れたような顔をして両手を広げた。
てっちゃんの悪い癖が出た、そんな素振りだった。
「はい。実は紅林組の跡目の一件には裏があるような気がするのです。紅林組の動きも気になりますし・・・」
と、てっちゃんが公園の隅のベンチで話している間、丸君は空き缶を蹴って遊んでいた。
「分かりました。では・・・また連絡します」
てっちゃんはしばらく話をしてから携帯を切った。
そしてまた、ボロボロのショルダーバッグの中にしまい込んでしまう。
そのショルダーバッグをコートの上から斜め掛けにすると、空き缶で遊んでいる丸君を呼んだ。
「丸君、仲間に召集をかけて情報を集めさせてくれないか?もちろん、礼はする」
と、ダンボールの小屋を片付けながらてっちゃんが言うと、黒いジャンパーと穴空きだらけのジーパン姿の丸君は『OK』というように親指と人差し指でサインを出した。
「それにしてもさ、まさかホームレスのてっちゃんが、日本の裏社会のドンである藤堂四代目の情報屋とは誰も思わないよなー。それもただの情報屋じゃないっていうんだから、驚いちゃうよなー。あの四代目と直通の携帯持ってるなんて、日本広しといえども幹部以外ではてっちゃんだけなんじゃないの?」
と、丸君が感心したように言うと、てっちゃんは厳しい目つきで丸君を睨んだ。
「丸、それ以上言うとお前でも許さんぞ」
そう言ったてっちゃんは、さっきまでの人情味に溢れた優しいてっちゃんではなかった。
凄みのある目つきは、恭也と同じ側の人間であることを教えていた。
世間を捨ててホームレスになる以前のてっちゃんを知っている丸君は、思わず首を横に振る。
「言わない、言わない。もう言いません」
「だったらさっさと駆けずり回って、夜までに情報を集めてこい。俺はY桟橋の下で待ってるからな。報酬は望むがままだと言うんだ。いいな?」
「はーい。分かりました。行ってきまーす」
丸君はそう言うなり、ものすごい勢いで公園を走っていく。
ダンボールの小屋をすっかり片付けたてっちゃんは、ショルダーバッグ以外はすべて他のホームレスに譲ってやった。
ボロボロだが、衣服や毛布をもらったホームレスたちは、公園を去っていくてっちゃんに向かって手を振った。
ホームレスのてっちゃんがここに戻ってくることはもうないだろう。
「さてと、宇宙はうまく遼一に会えたかな?」
そう呟いたてっちゃんは、賑やかな新宿の街中に消えていった。