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東京えっちナイト 3

さっきからずっと通りのウインドーのほうを向いている宇宙に、足裏マッサージをしている遼一がそっと声をかけた。

 

「あっ、ううん。別に何も・・・。ただ・・・てっちゃんが今通ったような気がして・・・」

 

同じように足裏マッサージをしている宇宙は、小声で答えた。

 

とたんに、遼一もウインドーのほうを見る。

 

だが窓の外は花で埋もれていて、通りが見える隙間はわずかだった。

 

「本当にてっちゃんだったのか?」

 

指を動かし、ツボを指圧しながら遼一が聞く。

 

すると、最後に蒸しタオルで客の足を綺麗に拭いている宇宙は、不思議そうに首を捻った。

 

「見たわけじゃなくて、なんとなくそんな気がして・・・」

 

宇宙の言葉を聞いた遼一が、柔らかく笑う。

 

そんな気がして・・・と宇宙が言うと、本当にそうだったような気がしてくるから不思議だった。

 

もしかしたら本当に、てっちゃんと丸君が様子を見に来てくれたのかもしれない。

 

遼一はマッサージをしながら、心の中でてっちゃんと丸君に『ありがとう』と呟いた。

 

そして宇宙も。てっちゃんと丸君の顔を思い浮かべながら、心の中で『ほんとにありがとう』と呟いた。

 

 

 

 

 

藤堂四代目の命を受け、遼一の様子を見に来ていた桜庭は、予想どおりの光景に思わず笑みを漏らしていた。

 

店から少し離れた横道に一台の黒いベンツが止まっているが、その後部座席から双眼鏡を使って店の様子や紅林組の組長の様子、そしててっちゃんと丸君の散歩の風景を観察していた。

 

「四代目のおっしゃったとおりだ。紅林組はいまだに遼一を諦める様子はないし、あれからどこかに雲隠れしていた相模鉄男もオープン初日に現れたし。それにしても祝いの花が多すぎて中の様子がよく見えないな」

 

と、桜庭が呟くと、運転手が気を利かせて少しだけ車を移動した。

 

ちょうど、店の中の様子が見える場所に来て、桜庭は身を乗り出して双眼鏡を覗き込んだ。

 

「店はなかなか繁盛しているようだな。だが問題は紅林組の跡目の件だが、どうやって組長に承諾させるか、それが問題だな。あの様子では滅多なことでは諦めんぞ」

 

桜庭は困り果てたようにそう言った。

 

藤堂四代目に、紅林組の跡目の件を一任されたものの、どのように対処したらいいのか正直頭を悩ませていた。

 

跡目である遼一は組を継ぎたくないと言い張り、一度は諦めた組長はやっぱり諦められないと言い張り、ついには泣きを入れられ、ほとほと困っていた。

 

「仕方がない。店が終わった後、もう一度だけ遼一と話してみるか」

 

困った結果の結論が、それだった。

 

「いったん、四代目のところに戻ってくれ」

 

桜庭はそう言うと、双眼鏡を隣に座っている側近の一人に手渡した。

 

「もうよろしいんですか?」

 

「これ以上二人を見ててもしょうがない。帰って対策を考えるとするか」

 

桜庭は、困惑したまま煙草を口に銜えた。

 

隣に座っていた側近の一人が、火の点いたライターを差し出す。

 

外国製の煙草をうまそうに一服しながら、桜庭は帰路についた。

 

 

 

 

 

東京えっちナイト 2

「いらっしゃいませ」

 

宇宙の声が店内から聞こえる。

 

ラベンダーは予想どおり、お昼過ぎにはOLやサラリーマンで混雑していた。

 

十分間マッサージというのが人気で、料金も千円とお手軽な感覚が受けたようだった。

 

忙しそうに次々とお客様にマッサージをしていく宇宙と遼一。

 

そんな二人の様子を、向かい側のオフィスビルの二階の喫茶店からじっと見つめている人物がいた。

 

それは紅林組の組長であり、遼一の父親だった。

 

「組長、そろそろ戻りませんと・・・」

 

一人の幹部が、ずっとコーヒーを飲み続けてねばっている年老いた組長に声をかける。

 

白髪頭だが、ビシッとしたオートクチュールのスーツを着ている組長は、まだだとばかりに首を横に振った。

 

「ですが、オープン前からもう三時間にもなりますし・・・」

 

「うるさいっ!俺はまだ見ていたいんだ。事務所に帰りたいなら勝手にお前たちだけで帰れ」

 

「組長〜・・・」

 

「息子が働いている姿を見ていて何が悪いってんだ。そうだろう?それより、もっと豪華な花にできなかったのか?祝い花の数もあれじゃ全然足りんだろうがっ!」

 

店の前にドーンッと置かれた開店祝いの花輪を見て、組長がイライラしたように言う。

 

その言葉を聞いていた周りの幹部たちは、困り果てたように顔を見合わせた。

 

「・・・ですが組長。あれ以上置いたら、店が見えなくなりますよ?」

 

「店が見えなくなるのが悪いのか?どうせだったら、ドーンッと豪華にやったほうがいいじゃないか?そうだろう、ええっ!?」

 

親馬鹿と成り果てた組長に、幹部たちは何を言ったらいいのかわからない。それぞれ窓側のテーブルに座っていた幹部たちは諦めたように、何杯目かのコーヒーを注文した。

 

「組長、あの様子だと全然諦めてないですよ、遼一を跡目に据えること」

 

一人の幹部がボソッと言う。

 

すると、とても怖そうな顔をしている幹部の一人が顔を近づけて、困ったように大きく頷いた。

 

「・・・本人にはまったくその気がないのに、困ったもんだ」

 

「俺たちで説得して、なんとか跡目に座っていただくか?」

 

「いや、それは無理だろうな。あの藤堂四代目の右腕的存在の桜庭さんが直接言っても首を縦に振らなかったっていうんだからな。組長にはかわいそうだが、遼一さんには極道の世界に入る意思がまったくないんだ」

 

「だがそれを本人が自覚していないから困るんだよ。やらなきゃならないことが山のように山積みしてるし、大事な会合はすっぽかし。最近の組長は遼一さんばかりで・・・」

 

幹部たちが雁首を揃えて話し込む。

 

組長はそんな幹部たちの話などまったく気にしないで、窓から最愛の息子をじっと見つめていた。

 

「だいたい、店が小さすぎるんだ。なんでもっとでかい店にしなかったんだ?金ならいくらでも融通しろと銀行に言っておいたのに、あの野郎。ケチりやがったな?」

 

組長が独り言を言う。

 

「店員ももっと雇えばいいんだ。見ろ、あの混みようを!あれじゃあ休む暇もないじゃないか。もっと店員を雇って自分は監視だけして甘い汁だけ啜ってればいいんだ」

 

コーヒー飲みながら、イライラしたように組長が言う。

 

幹部たちはその言葉を聞いて、困惑したようにため息を漏らした。

 

「遼一さんはそれをしたくないんだって」

 

「恋人と二人で汗を流しながら一生懸命働きたいんだって」

 

「だから跡目を継ぎたくないって言っているのに、どうしてわからないかなー?」

 

幹部たちが、またため息を漏らす。

 

その日、幹部たちはずっとその喫茶店でため息を漏らし続けた。

 

 

 

 

「心配して来てみたけど、なかなかどうして、すげー混んでるじゃん」

 

そう言って店の前を通り過ぎた丸君は、薄汚れた黒いパーカーと膝のあたりが破れたジーンズを穿いていた。

 

「よかったな」

 

店の中の混雑ぶりを見て安心したように頷いたてっちゃんは、肘のところが破れたチェック柄の上着とよれよれのスラックスを穿いていた。

 

二人はまた、ホームレスに戻っていた。

 

「だから言ったろ。あの二人なら絶対大丈夫だって。あんなことがあったって、屁でもないって」

 

と、てっちゃんが言う。

 

丸君はてっちゃんを見た。

 

てっちゃんは、まだ通り過ぎた店を何度も振り返っていた。

 

よほど宇宙のことが気になるらしい。

 

「もしかしててっちゃん、宇宙に惚れちゃったりして?」

 

と、丸君が言うと、てっちゃんは思いもつかないことを言われたというような顔をして丸君を見つめた。

 

「父親と息子ほども年齢が違うんだぞ。対象外だよ?」

 

「どっちが?てっちゃんが?それとも宇宙のほうが?」

 

「俺のほうに決まってるだろうが。アホ!」

 

少し怒ったような口ぶりでてっちゃんが言う。

 

すると丸君は、少し間を置いてから俯き加減に言った。

 

「じゃあさ、俺はもっと対象外ってこと?」

 

丸君の言葉を聞いて、てっちゃんの足が思わず止まってしまう。

 

「・・・やっぱ、そうだよね」

 

丸君が諦めたような感じで言う。

 

てっちゃんは少しの間呆気に取られていたが、すぐふふっと笑って丸君のボサボサ頭をクシャッと撫でた。

 

「・・・お前は別だ」

 

「えっ?ほんと?今のほんと?てっちゃん!?」

 

再び歩き出したてっちゃんの後を必死に追いかけながら、丸君が言う。

 

てっちゃんはもう、それ以上は何も言わなかった。

 

「ねーっ、てっちゃん。もう一回言ってよ。さっきの言葉。もう一回。ねっ?」

 

だがてっちゃんは、二度と同じ言葉を口にしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京えっちナイト 1

今日は、心と身体のリフレッシュマッサージ『ラベンダー』のオープン日だった。

 

天気は快晴。

 

小春日和である。

 

ラベンダーの店長は、遼一。

 

そして店員は宇宙だった。

 

教師を退職し、マッサージの勉強をして半年の間に、宇宙は足裏マッサージと全身マッサージを完璧に習得していた。

 

スペシャルマッサージとウルトラスペシャルマッサージは教えてもらっていなかったが。

 

「宇宙、いよいよだね」

 

「ほんとに、いよいよオープンだね。僚一」

 

二人は、白いシルクのシャツに黒いスラックス姿で自分たちの店の前に立った。

 

都心から少し離れたオフィス街に本日オープンする二人の店は、カーテンで仕切ったベッド二つと、足裏マッサージ用のチェアが三つ、首から肩をマッサージするために開発されたマッサージチェアが二つ、そして小さな待合室があるだけの、本当にこぢんまりとした店だった。

 

だが正真正銘、二人の店であることに変わりはない。

 

遼一が密かに貯金してきたわずかな蓄えと、宇宙の貯金を合わせて、足りない分は銀行から借金しての運転資金だった。

 

そしてやっと見つけたのが、このラベンダーの店である。

 

「それにしても銀行がよくお金を貸してくれたよね?」

 

不意に、宇宙が言った。

 

確かにそのとおりで、なんの担保もない二人が融資をお願いに行っても絶対に断られると思っていたのに。

 

店を出す大半の金額の融資を、たった一言で引き受けてくれたのだ。

 

これには、宇宙も遼一も驚いてしまった。

 

「もしかしたら・・・・・紅林組が後ろで動いていたりして?」

 

遼一が、不機嫌そうな顔で言う。

 

半年前のあの一件から、すっかり遼一の跡目のことを諦めたと思っていたのに、父親である紅林組の組長は何かにつけて遼一の周りをうろうろとしていた。

 

『何か困ったことがあったらいつでも言ってきなさい』

 

組長はたった一度だけそう言って、遼一の前から消えていく。

 

実の父親なのだし会いに来てもらっても迷惑というほどのものではなかったが、やはり遼一は困ってしまっていた。

 

もう二度と会うこともないと思っていたのに。

 

それに紅林組なんていう組織を引き継ぐつもりもまったくないし。

 

宇宙と二人で小さなマッサージの店をオープンさせて、そして一生幸せに過ごせればそれでいいと思っているのに。

 

「僕もそう思うけど・・・」

 

「やっぱりな」

 

「でも、別にいいじゃん。実の父親なんだし、この際甘えちゃえば  ねっ?」

 

と、宇宙がニコッと笑って言う。

 

その屈託のない笑顔を見て、心の中にモヤモヤを抱えていた遼一の気持ちが一気に晴れたのを感じた。

 

やっぱりどんな時も、宇宙の笑顔が一番である。

 

変な思惑など一気にどこかに吹っ飛んでしまう。

 

宇宙もいろいろとあってやっとここまできたのだ。

 

半年前のあの一件から、一番思い悩んできたのは宇宙なのに。

 

どうしてあんな純粋な笑顔ができるのだろうか。

 

恭也や亨にいいように道具で弄ばれ、自尊心を粉々に打ち砕かれたはずなのに。

 

心配する遼一に対し、宇宙はまるで何事もなかったかのように優しく笑ってこう言ったのだ。

 

『大丈夫、大丈夫。こんなことぐらい平気だって。遼一の十年間に比べたら、蚊に刺されたようなもんだって』

 

遼一はその一言を聞いて、宇宙を思いきり抱きしめた。

 

そして思わず声を上げて泣いてしまったのだ。

 

あれから半年。

 

亨も恭也もすっかり影を潜め、竜胴組も藤堂四代目の命令で解散に追い込まれたと風の噂で聞いた。

 

ヤクザ渡世のことに詳しくない二人だったが、そんな噂を耳にすると、てっちゃんと丸君を思い出す。

 

あれから一度もてっちゃんと丸君には会っていなかった。

 

というよりは、二人ともどこにいるのか分からなかった。

 

宇宙を助けてくれたホテル街の裏路地のダンボール小屋を捜し回ったが、そこには二人の姿はもうなかった。

 

他のホームレスの住処も捜し回った。

 

一言でもいいから、どうしてもお礼が言いたかったのだ。

 

だが二人は、半年前から忽然と姿を隠してしまっていた。

 

「てっちゃんと丸君にも見せたかったな、この店。きっと喜んでくれると思うんだ」

 

宇宙が、二人を思い出すように言った。

 

遼一も、淡いラベンダー色の店を見上げて感謝するように言う。

 

店の周りには開店用の花が飾られていた。

 

この開店を祝う花輪も、実は遼一の父親から贈られたものだった。

 

最初は嫌がって飾らないと言い張っていた遼一だったが、宇宙の説得によってここに飾られることを許されたのだ。

 

立派な花輪は、豪華な花々で埋め尽くされ、狭い店を取り囲むようにいくつも並べられていた。

 

そのおかげもあってか、通りを通るサラリーマンやOLたちが、何事かと店を覗いていく。

 

「ああ、そうだな。本当に不思議な二人だったよ。突然現れて私たちを助けてくれて、そして突然消えてしまうんだから」

 

「ほんと、まるでスパイダーマンだよね。でもてっちゃんと丸君は一緒にいると思うんだ。それにこの都会のどこかにいる。絶対にいるって」

 

宇宙の言葉に遼一も頷いた。

 

そしてそろそろ店のオープンの時間がやってくる。

 

今日は初日ということもあって、予約のお客様は三名だけだった。

 

だがオフィス街にあるのだから、お昼休みとか結構混みそうな予感がする。

 

「よし、仕事だ。頑張ろう」

 

「はい、店長♡」

 

宇宙は嬉しそうにそう返事をすると、遼一と一緒に自分たちの店に入っていった。

 

『ラベンダー』オープンの初日は、こうして幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京スペシャルナイト 下 24【最終回】

遼一は肩の傷がすっかり癒えると、父親と対面していた。

 

紅林組の組長である父親は、想像以上に年老いた老人だった。

 

白髪頭、皺が深く刻まれた顔、そして心臓に病を持つ身体。

 

自分を殺すように命じた組長の正妻には会わなかったが、末期のガンで病院に入院していると聞かされた。

 

母や養父母たちを殺すように命じた正妻には、恨みや憎しみを抱いていたが、死の床にあると聞いて、その恨みつらみが消えていくのを感じていた。

 

人間はいつか死ぬのだ。

 

どんなに高い地位に上がろうと、どんなに大物政治家になろうと、いつかは死ぬ。

 

そのことが手に取るように分かった。

 

「もう、恨みや憎しみなどという感情はありません。今は宇宙と二人、静かな場所でそっと暮らしたいです」

 

都内のホテルのスイートルームで、遼一は椅子に座って言った。

 

目の前のソファには父がいる。

 

自分の横には、愛しい宇宙が寄り添うように座っていた。

 

遼一は、宇宙がいてくれれば何もいらないと思っていた。

 

巨大な組織の膨大な財産も部下たちも、広大な敷地もいらない。

 

宇宙だけがいてくれればそれでいいのだ。

 

「もう一度考えてくれ。わしがお前をどれほどの思いで捜したか・・・。きっと生きている、どこかで生きていると思い続け、捜し続け、やっと巡り合えたというのに・・・」

 

とてもヤクザの組長とは思えない弱々しい言葉に、遼一は一瞬心が揺れた。

 

もう死んでしまっていると思っていた父にやっと巡り合うことができて、情が湧かないはずがなかった。

 

一般の父親だったら、きっと涙を流して『父さん』と叫んでいたに違いない。

 

だが遼一の父親は、巨大な極道組織の組長なのだ。

 

しかも組長は、たった一人きりの息子である遼一に、後を継いでほしいと願っている。

 

遼一の人間性と極道としての素質をてっちゃんから聞いて知っている父親は、ますます遼一に後を継がせたいと望んでいた。

 

「私は生まれてから今日まで、一般人として生きてきました。途中、囲われたこともありますが、極道の世界とは無縁だと思っています。どうか他の人に組を任せてください」

 

「待て、遼一っ。よく考えるんだ。紅林組を継げば宇宙君にもいい暮らしをさせてやることができる。都内の高級マンションに住むこともできるし、欲しい物は何でも手に入れることができるんだ。男なら一度は夢見るような生活をお前は捨てるというのか?無意味だとでも言うのか?」

 

高価なスーツに身を包んでいる父親が、怒鳴るようにして言う。

 

だが、それでも遼一の決心は変わらなかった。

 

確かに、ヤクザの組長の跡目を継げば人生は百八十度変わるだろう。

 

手下の者たちは、二百人を下らない。

 

藤堂組の傘下ということもあり、四代目とは腹を割って話せる仲である。

 

遼一が望めば金も地位も思いのままだというのに、恵まれたその地位を捨てるというのだ。

 

父親は、たまらず激怒した。

 

「だめだっ!お前はわしのものだっ。絶対に手放さんぞっ」

 

と、父親が荒々しい態度に出ると、スイートルームにいた数人の側近たちが一斉に表情を厳しくした。

 

そして遼一を取り押さえようとする。

 

遼一は、おとなしくされるがままになっていた。

 

「無駄ですよ、父さん。私をどんな方法で束縛したとしても、私はあなたの言うとおりにはなりません」

 

と、遼一が言うと、父さんと初めて呼んでくれたことに感激した父が、頬に一筋の涙を流した。

 

「今・・・父さんと呼んでくれたのか?わしを父親と認めてくれるのだな?」

 

よほど嬉しいのか、握った手が震えている。

 

遼一は側近たちに肩を掴まれながらも冷静な面持ちで父を見た。

 

「あなたが生きていてくれてよかった。夢のようです」

 

「遼一・・・」

 

「ですが、そこまでです。自分の大切なものを犠牲にしてまで父さんに尽くす気にはなれません。申し訳ありませんが諦めてください」

 

と、遼一が言うと、父は大粒の涙を流して手を挙げた。

 

側近たちに、遼一を離してやるように合図したのだ。

 

自由になった遼一は、ソファから立ち上がって声を殺している父を見つめた。

 

「もう二度とお会いすることもないと思いますが、どうかお元気でお暮らしください」

 

最後にそう言うと、遼一はスイートルームを出ていく。

 

すぐに側近何人かは追いかけようとしたが、父親がそれを止めた。

 

「もういいっ。もういいのだ。追うのはやめろ」

 

「組長、しかし・・・このままでは・・・」

 

「いや、遼一の言ったとおり、無駄だ。その気のない者に何を言っても無駄なのだ」

 

組長がそう言うと、ずっと隣室で二人の様子を窺っていたてっちゃんが、姿を見せた。

 

「組長としての素質は申し分ないが、本人にその気がないなら仕方がない。潔く諦めることです。四代目には俺のほうから報告しておきます」

 

「・・・・・頼みます」

 

組長は力なくそう言って、また涙を流した。

 

てっちゃんはスイートルームを出ると、そのままエレベーターに向かって歩き出した。

 

途中で丸君と会い、一緒にエレベーターに乗り込む。

 

「どうだったの?やっぱり、だめ?」

 

丸君の問いに、てっちゃんは顔を顰めるようにして頷いた。

 

「いい極道になれるんだがなー。藤堂四代目・・・とまではいかなくても、それなりの極道になれる素質があるんだ。実にもったいない・・・」

 

「そんなこと言ったって、本人になる気がないんならしょうがないよ。宇宙と一緒にマッサージショップでも開いたほうがいいんだろう?」

 

「そのようだな」

 

エレベーターが閉まり、一階へと降りていく。

 

一階に着くと、てっちゃんは携帯を内ポケットから取り出してリダイヤルを押した。

 

出たのは、藤堂四代目だった。

 

「四代目、やはり無理でした。本人にその気はありません。紅林組の跡目相続の一件は、すべて四代目に任せるそうです。はい・・・」

 

てっちゃんが話している間、丸君はホテルのロビーを仲よく歩いていく遼一と宇宙を目で追っていた。

 

宇宙は白いタートルに白いダウンジャケットを着て、スラックスはダークグリーンだった。

 

遼一はさっきと同じ、濃紺のスーツ姿だった。

 

二人とも肩を寄り添い、楽しそうに話しては笑っている。

 

そんな二人の様子を見ていた丸君は、ふふっと笑った。

 

「幸せになれるといいな、あの二人」

 

「何か言ったか?」

 

報告を終え、携帯を切ったてっちゃんが聞く。

 

丸君はロビーから出ていく二人の後ろ姿を目で追いながら、「別に、何も」とだけ答えた。

 

「四代目はなんだって?」

 

「紅林組の跡目の件は、側近の桜庭に任せるそうだ」

 

「ふーん、ヤクザの世界もいろいろと大変なんだね」

 

「そうだ。だから俺は足を洗ったんだ」

 

「今回だけだ。また明日からホームレス暮らしに戻るさ。四代目は戻ってこいと言ってくれているが、俺は戻る気はない。三代目に一生を捧げたんだ、それで十分さ。それはそうと、亨と恭也だが、あれからずいぶんとおとなしくなったらしい」

 

と、煙草に火を点けながらてっちゃんが言うと、丸君は楽しそうに後を追いながら言った。

 

「へぇー、そうなんだ。でも父親から見放されちゃったんでしょ?政治家の夢も消えたみたいだし、かわいそうって言ったらかわいそうだよね?」

 

と、丸君が言う。

 

てっちゃんは、速足でロビーを歩きながら言葉を続けた。

 

「だがあれでよかったのかもしれないぞ。あれからあの二人、密かに付き合っているという噂だ」

 

「・・・えっ?嘘・・・?どっちが受けでどっちが攻め?やっぱり亨が攻めだよね?違うの?」

 

「さーてな。その辺は想像にお任せだ。それより、明日からはまたホームレス暮らしだ」

 

てっちゃんは、どこかさっぱりとした口調で言う。

 

亨と恭也のことで頭を悩ませていた丸君は、気分を変えたように言った。

 

「じゃ、俺もホームレスに戻ろうっと・・・。だってホームレスのほうが自由だし、てっちゃんと一緒にいられるから楽しいもん」

 

丸君の言葉に、てっちゃんはふふっと鼻で笑った。

 

「人生いろいろだからな、勝手にしろ」

 

「はーい、勝手にしまーす」

 

丸君がてっちゃんの後を一生懸命に追いながら言う。

 

ホテルの外は、少し早い雪が降っていた。

 

「明日は積もるかもしれないぞ」

 

てっちゃんと丸君は、天から降ってくる白い雪を見上げながら遼一と宇宙のことを思った。

 

その後、てっちゃんと丸君の行方を知る者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

東京スペシャルナイト 下 23

相手がすべての事情を知っていることに驚いた亨は、苦痛で顔を歪めながらてっちゃんと丸君を見つめた。

 

「・・・くぅ・・・お前たちは誰だ?どうして遼一の出生の秘密を知っている?」

 

するとてっちゃんが、床に転がっているサイレンサー付きの銃を拾い上げ、指先でくるくるっと回す。

 

「俺たちのことより、自分の身の上を心配しろ。お前にはもう父親の保護はないからな」

 

てっちゃんの言葉に、亨の顔色がサーッと青くなった。

 

父親の保護がないとはどういうことなのか?

 

「本人に直接聞け」

 

と、てっちゃんが言うと、開け放たれたドアから側近に囲まれた大江原権蔵が入ってきた。

 

杖をつき、ゆっくりとした足取りで病室の中に入り、惨状を目の当たりにするなり権蔵は顔を曇らせた。

 

「・・・ここまで無能者だとは思わなかった・・・。お前を私の後継者として次期参議員に推薦するのはやめにしよう」

 

権蔵は汚らわしいものでも見るように亨を見て、そう言った。

 

腕を撃たれている亨は、父親の言葉に驚愕する。

 

「と、父さんっ!これにはわけが・・・ 」

 

「わけなどどうでもいい。大事なのは結果だ。私はお前にそう教えてきたはずだ。そうだろう?」

 

そう言った権蔵が呆れ果てたように息子を見つめる。

 

権蔵の側近たちは、傷ついているヤクザたちを立ち上がらせ、病室から連れ出していく。

 

「紅林組の組長より正式に通告があった。息子を返してほしいという内容のものだ。私がお前に遼一を預けたのは、こういう結果を望んでのものではない。もう少し父親の心中を察しているかと思ったが・・・」

 

権蔵は首を振りながらそう言って、亨に背中を向けた。

 

「でもまだ負けたわけでは・・・。遼一を人質にして要求を出してみては・・・」

 

「馬鹿者っ!勝敗以前の問題だということにまだ気づかぬのかっ!この愚か者めがっ!」

 

振り返り、権蔵が怒鳴りつける。

 

その声に身体を縮ませてしまった亨は、身体の痛みも忘れたようにガックリと床に崩れた。

 

そんな亨に追い打ちをかけるように、権蔵が言う。

 

「お前の息子が言っていた。『僕の先生をいじめたら承知しない、一生父さんを恨んでやる』と、『父さんに伝えておいてくれ』と。あれは勘のよい子だ。お前が国の担任の先生に何をしようとしているのか勘づいているようだ」

 

「国の・・・担任?まさか・・・宇宙が?でもそんな報告は・・・」

 

「だから愚か者だと言うのだ。自分の息子の担任ぐらい覚えておけ、この馬鹿者がっ!」

 

権蔵の言葉に、亨は愕然としてしまった。

 

自分の息子である国が、いつもとても好きだと言っていた担任の教師が、宇宙だったとは!

 

遼一のことだけに気を取られ、宇宙の身辺を探ることを怠っていた。

 

「それともう一つ。この一件からはすべて手を引かなければならない理由がある。あの藤堂四代目が紅林組の跡取りの一件を陰で調べているという噂が耳に入った。藤堂四代目が動き出したとなると、手を引かざるを得ない。そうだろう?」

 

父親の言葉に、亨はぐうの音も出なかった。

 

日本の裏社会を牛耳っているという藤堂四代目がこの一件にかかわっているとなると、もはやどうすることもできなかった。

 

宇宙と遼一を、自由にしてやるしかない。

 

「今後いっさい、二人には構うな。いいな?」

 

権蔵は最後にそう言い残し、病室を出ていく。

 

病室の外には、あの気弱そうな医師が立っていた。

 

権蔵はその医師に向かって言う。

 

「亨に、この病院から手を引かせる」

 

その一言を聞いた医師が、びっくりして目を白黒させる。

 

「あ、あの・・・では・・・借金のほうは?」

 

「藤堂四代目の代理の者から預かった。お前はもう自由だ」

 

「代理の者?」

 

医師はそう呟いてから、いきなり目の前に現れた相模鉄男の存在を思い出した。

 

ではあの男が?

 

「宇宙、怪我はない?」

 

病室の中では、丸君が宇宙に話しかけていた。

 

「ううん、大丈夫。ちょっといろいろされちゃったけど・・・でもこんなことは平気だから」

 

真っ赤な蝋がまだ残っている身体で、明るく宇宙に言う。

 

その健気な元気さと明るさに丸君とてっちゃんは思わず微笑んだ。

 

実はてっちゃんと丸君は、病室の中で行われたすべてのことを監視カメラで見ていたのだ。

 

蝋で責められ、バイブで嬲られても決して自分の意思を曲げなかった宇宙を見て、二人の愛が本物だと知った。

 

そして携帯から藤堂四代目に連絡を入れて紅林組を動かし、権蔵をここに導いたのだ。

 

権蔵は最初は知らぬ存ぜぬを通していたが、藤堂の名を聞いたとたん手のひらを返したようにすべてを打ち明けた。

 

権蔵ほどの大物政治家でも、藤堂四代目に睨まれることは避けたかったのだ。

 

「あなたが桜井遼一さんだね?」

 

ダンディな雰囲気を漂わせているてっちゃんに丁寧に尋ねられて、遼一は立ち上がって「はい」と返事をした。

 

てっちゃんが遼一の顔をじっと見つめて、満足したように頷く。

 

「あなたの本当の姿は見せてもらった。修羅の心を持ちながらもそれに流されることなく己自身と正義を貫き通したあなたの姿には感銘を受けた。紅林組もあなたのような跡継ぎがいれば安泰だろう」

 

てっちゃんの言葉に、遼一がゆっくりと首を振る。

 

「いいえ。私は桜井遼一です。紅林組など知りません」

 

「だがあなたはまぎれもなく、紅林組の跡継ぎだ。父親があなたの行方を血眼になって捜している。組を任せたいと思っているのだ」

 

てっちゃんが、慎重な口調で言う。

 

ガウン姿の遼一は、腕の中に宇宙を抱きしめたまま立ち上がり、その事実を拒絶するかのように首を横に振った。

 

「私の父が誰であるにしろ、私は私です。ヤクザの組長になるつもりはありません」

 

潔くきっぱりと言った遼一を見て、てっちゃんがニヤッと笑う。

 

「その心意気も気に入ったよ。今どき、あなたのような人は珍しい。事実を頭から否定しないで、一度、父親に会ってみたらどうだ?考えが変わるかもしれないぞ?」

 

てっちゃんの優しい言葉にも、遼一は頷かなかった。

 

傷ついた足首を引きずるようにして、宇宙と一緒に病室を出ていく。

 

「・・・父にお伝えください。私の心は変わらないと。私は宇宙と一緒に生きていくと」

 

それだけ言うと、遼一はめちゃくちゃになっている病室を後にした。

 

ガウンを着ている宇宙を抱きしめながら廊下に出ると、そこには手当をしてくれたあの医師がにこやかな表情で立っていた。

 

「なっ、聞いてくれっ。藤堂四代目のおかげで、もう脅される生活も終わりそうなんだ。この病院も借金のかたに取られなくて済んだ。これからも医者を続けられそうなんだ」

 

そう言った細面の医師の瞳には、涙が溢れていた。

 

ずっと脅えていた生活からやっと抜け出せた喜びが溢れていた。

 

遼一は、そんな医師の肩にポンッと手を置くと、今まで看病してくれた礼を言った。

 

「いろいろとありがとう」

 

「こ、こちらこそっ。救ってもらったのはこちらのほうだ。なんて礼を言ったらいいのか・・・」

 

「救ったのは私じゃない。中にいる人たちだ」

 

と、遼一が病室を指さして言う。

 

病室にまだてっちゃんと丸君が残っていた。

 

「いや、私の荒んだ心を救ってくれたのは間違いなくあなただ」

 

医師はそう言って右手を差し出す。

 

遼一は、ふっと軽く笑った。

 

そして医師と固く握手すると、宇宙の身体を抱き寄せるようにして廊下を歩いていった。

 

てっちゃんと丸君は、そんな遼一と宇宙の後ろ姿をただじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京スペシャルナイト 下 22

自分がヤクザの組長の息子だから。

 

たったそれだけのことで、母や養父母を殺すように命じた本妻、そして手を下した者たち。

 

そして大江原や亨、恭也まで、かかわっている者すべてが憎いと思った。

 

そして、そんな自分を捜しているという父親である紅林組の組長が、一番憎いと思った。

 

「お前を利用して紅林組を乗っ取ろうと考えていたが、その計画は変更したほうがよさそうだ。そうでしょう、亨様?」

 

と、床に落ちている拳銃を拾った恭也が言うと、逃げようとしていた亨は立場が逆転したことに喜びながら「そうだな」と答えた。

 

そして自分も拳銃を拾い、余裕の顔で遼一と宇宙の前に近づいていく。

 

「お前がおとなしくマッサージ師のまま囲われていればこんなことにならなかったのに、残念だな。腕のいいマッサージ師を失うのは痛手だが、仕方ないだろう」

 

力なく床に崩れている遼一に向かって亨が言う。

 

「あのとき、言われたとおりに殺しておくべきだったんですよ。十年前に・・・養父母と一緒に・・・」

 

ゆっくりと近づいてきた恭也も言う。

 

二人は並ぶと、揃って銃口を遼一に向けた。

 

宇宙は二人の話の内容に愕然としながらも、身に迫った危機をどのように回避したらいいのか考えていた。

 

だがいくら考えてもこの状況を一変させられる答えが出てこない。

 

さっきまで仁王様のようだった遼一は、二人の話の内容にすっかり毒気を抜かれてしまっていた。

 

母親の死と養父母の死が、すべて仕組まれたものだったとは・・・。それも自分の出生の秘密に原因があったなんて知らされたら、誰でもショックを受けるのは当たり前である。

 

「・・・遼一、大丈夫?」

 

宇宙は遼一に抱きつきながら、静かな声でそう聞いた。

 

「宇宙・・・私は・・・・・」

 

遼一はまだショックから立ち直っていない。

 

見た者が思わず身体を震わせてしまうほどのあの威圧感が、どこかにいってしまっていた。

 

「遼一、お願い、しっかりして・・・」

 

宇宙は、薄ら笑いを浮かべている亨と恭也を見上げながら、遼一の腕を揺すった。

 

遼一はじっと何かを考えている。

 

「遼一、遼一。ショックなのは分かるけど、でもお願いだから立ち直って。でないと本当に殺されてしまうっ」

 

宇宙が泣きながら言うと、遼一の肩がピクッと動いた。

 

そして宇宙を見つめる。

 

遼一の瞳は、涙で濡れていた。

 

「宇宙、私は二人を許すことができない。どうしてもできないんだ」

 

遼一が言った。

 

遼一の瞳には、何かを決心したきらめきがあった。

 

「うるさいぞっ、何をゴチャゴチャと言っているんだっ。今から二人揃って殺してやるからありがたく思えっ」

 

恭也が、銃口を遼一に押しつけて言う。

 

そのときだった。

 

恭也の腕に、宇宙が思い切り噛みついた。

 

「いたっ・・・痛い・・・っ」

 

とっさのことで、恭也が拳銃を落としてしまう。

 

その隙に、遼一は血を流している脚で亨の身体を思いきり蹴飛ばした。

 

バキバキッと鈍い音がして、亨の身体が床にうつ伏せになる。

 

あばら骨が何本か折れたような音だった。

 

「うあっ・・・ぐあっ・・・・・」

 

亨が苦しそうに胸のあたりを押さえてヤクザたちと一緒に床を転がる。

 

恭也も、亨と同じように遼一に蹴られ、そして顔を数発殴られた。

 

恭也の意識が遠のいていく。

 

あっという間に形勢が逆転し、ヤクザたちと亨、恭也が床に転がっている。

 

そして銃口を恭也と亨に向けて引き金を引こうとする。

 

「遼一!?」

 

「私はこの二人だけは許すことができないんだ。母ばかりでなく、あの優しかった養父母までも殺したこの二人だけは・・・」

 

「お、おいっ、殺したのは俺たちじゃない」

 

「同じことだっ。殺すように命令したヤクザの本妻もその命令を受けたヤクザもお前たちも、一緒だっ。みんな畜生だっ!」

 

そう叫んだ遼一の瞳からは涙が溢れていた。

 

宇宙はそんな遼一の胸に抱きつくと、同じように涙を流して訴えた。

 

「遼一、遼一、お願いだからもうやめて・・・。事実を知ってどんなにつらく悲しいかよく分かる。遼一が受けた仕打ちを考えれば殺したくなる気持ちもよく分かる。だけど・・・この二人を殺してはいけない。二人を憎しみの感情で殺してしまったら、遼一も二人と同じ人間になってしまう。二人と同じ最低の人間になってしまう。そうでしょう?」

 

宇宙の言葉は、胸にズンッと重くのしかかった。

 

遼一が、涙が零れている瞳で宇宙を見つめる。

 

宇宙の瞳にも涙が溢れていた。

 

宇宙は、自分が受けた痛みをそのまま感じ取り、受け止めてくれているのだ。

 

遼一は思わず拳銃を手放し、宇宙の身体を抱きしめた。

 

「宇宙・・・宇宙・・・お前って子は・・・。こんなひどい目に遭いながら・・・」

 

「遼一、僕がずっとそばにいるから。いつでも遼一のそばにいるから。だから憎しみや恨みを忘れて以前の遼一に戻って。お願い・・・ねっ、遼一?」

 

宇宙の必死の説得に、遼一の胸につかえていたものがするりと滑り落ちていった。

 

そして修羅の心が目覚めた仁王様のような遼一ではなく、宇宙と出会った頃の遼一に戻っていく。

 

「宇宙・・・お前がそばにいてくれてよかった。宇宙と巡り合ってよかった」

 

「遼一、それを言うのは僕のほうだよ。遼一に巡り合えて本当によかったと思っているんだから」

 

と宇宙が、遼一の胸に抱きついていく。

 

ひどい仕置きを受け、心も身体もボロボロの状態なのに、宇宙の純粋で清らかな心根はまったく変わっていなかった。

 

以前のままの、美しく聡明な宇宙である。

 

遼一は、そんな宇宙を愛しくてたまらないとばかりにもう一度深く抱きしめた。

 

だがそんな二人に、懲りていない亨が苦しそうにしながらも、もう一度銃口を向ける。

 

そして引き金を引く。

 

一瞬早く拳銃の引き金を引き、亨の腕を撃った男がいた。

 

それは、ダークな感じのスーツに身を固めている相模鉄男だった。

 

「うぐぐっ・・・うぅっ・・・」

 

腕を撃たれた亨は、二度と立ち上がれないほどの苦痛にもがき苦しんでいる。

 

そんな中に突然現れたてっちゃんを見て、宇宙は両目を目いっぱいに見開きながら驚いた。

 

「もしかして、てっちゃん!?」

 

驚きの声で宇宙が聞くと、不精髭を剃り身綺麗になったてっちゃんはふふっと笑った。

 

「こんな格好してると、やっぱり変か?」

 

てっちゃんが少し照れたように言う。

 

「ううん、全然変じゃない。格好いいというか・・・そのほうがずっと似合ってる」

 

宇宙は、呆然としててっちゃんを眺めながらそう言った。

 

「誰だ?」

 

と、遼一が耳元で聞く。

 

宇宙はにっこりと笑って、あのどしゃぶりの中で助けてくれたのがてっちゃんだと話して聞かせた。

 

だがどうしてそのてっちゃんが、格好いいスーツ姿でここにいるんだろうか?

 

てっちゃんはホームレスで、日々の食べ物にも困っていたはずなのに。

 

「俺も忘れてもらっちゃ困るよ、宇宙」

 

そう言ってドアから入ってきたのは、丸君だった。

 

丸君も紺色のスーツを着て、ボサボサだった髪は後ろで一つに結んでいる。

 

洒落た革靴まで履いている。

 

あのホームレスでボロボロの衣服を身にまとっていた二人の姿は、そこにはなかった。

 

「丸君?本当に丸君?いったい・・・どうしちゃったの?」

 

わけが分からないといった感じで、宇宙が目を白黒させる。

 

そんな宇宙と遼一の前を横切ったてっちゃんは、腕を撃たれてもがいている亨と意識が朦朧としている恭也の前に立った。

 

「もうその辺でやめておいたほうがいい。お前たちに勝ち目はない」

 

「な、なんだと?お前・・・俺を誰だと思っている?」

 

プライドの高い亨は、撃たれた腕を押さえながらてっちゃんを睨みあげた。

 

いきなり出てきたわけの分からない男にこんなことを言われる筋合いはない。

 

亨は、くやしそうにわなわなと唇を震わせながら声を張り上げた。

 

「俺にこんな真似をして、ただですむと思うなよ。宇宙も遼一もそうだが、しゃしゃり出てきたお前たちも必ず見つけ出して殺してやるっ」

 

亨はそう吠えると、奥歯をグギギっと噛みしめる。

 

だがそんな脅しにてっちゃんも丸君も、まったく怯まなかった。

 

「あんたがどこのどなた様か、よく知ってるよ。国会議員の大江原権蔵の息子だろう?父親の権勢を利用して長い間、紅林組の跡取り息子を拉致監禁してきた罪は重いぞー。分かってるのか?」

 

と、てっちゃんがしゃがんで言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京スペシャルナイト 下 21

宇宙は拳銃を握ったまま、遼一が言ったとおりに背後に隠れる。

 

だが銃口は相変わらず、亨に向いていた。

 

拳銃の数ではヤクザたちのほうが上回るが、人質がいる以上、勝負は互角だった。

 

恭也の首を締め上げ腕を掴み上げたまま、遼一が亨に向かって低い声で言う。

 

「・・・私たちを逃してもらう。そしてもう二度と、私たちを追わないと約束してもらう」

 

「何を馬鹿なっ!そんな条件を俺がのむと思っているのか?お前たちのほうが極地に立たされているんだぞ。要求できる立場かよく考えろっ!」

 

すっかり身支度を整えた亨が、強い口調で言う。

 

遼一の変貌ぶりには腰を抜かすほど驚いた亨だったが、こちらには三人のヤクザが味方についている。

 

拳銃の数でも勝っているのだ、負けるわけがないと亨は考えていた。

 

恭也が人質に取られたことは遺憾だが、恭也を犠牲にしても宇宙と遼一を捕らえたかった。

 

そんな打算が、亨の頭の中で動く。

 

「諦めて銃を捨てろっ。こっちは喧嘩のプロだ。いくら恭也を人質にとっても勝てるわけがない。恭也の代わりならいくらでもいるからな」

 

亨の言葉を聞いた恭也は、苦しいながらも思わず目を見開いた。

 

まさか、亨から見捨てられるとは思ってもいなかったのだ。

 

二人を逃してでも自分は助けてくれる、そう思っていた。

 

自分だけは側近としても特別な存在で、他の誰にも代わりはできないと思っていたのに。

 

ずっとそう思い、今まで尽くしてきたというのに。

 

「と、亨様・・・ぐうっ・・・」

 

首を絞めつけている遼一の力はものすごかった。

 

息をすることもままならない。

 

それに亨の言葉を聞いた手下のヤクザたちの銃口が、恭也を狙っていた。

 

「諦めて拳銃を捨てたほうがいいのはお前たちのほうだ。私は今、本気で怒っている。どうなっても知らないぞ」

 

遼一は見たこともない鋭い目つきでそう言って、恭也の身体を亨に向かって放り投げた。

 

一瞬宙を舞った恭也の身体は、そのまま床にドスンッと落ちた。

 

「ごほっ・・・ごほっ・・・・・」

 

恭也は、喉元を押さえながら激しく咳き込み立ち上がった。

 

「人質などいらない。私は自分の力で宇宙を守ってみせるっ」

 

遼一はそう言って、宇宙を腕中に抱きしめる。

 

亨は、ニヤッと顔を綻ばせた。

 

恭也という人質を手放した今の遼一は、丸裸同然だった。

 

それに、宇宙という足手まといもいる。

 

いくら極道の血を引く男でも、修羅の心を持つ男でも、拳銃には勝てないのだ。

 

だがそんな亨の考えが甘かったことを、すぐに思い知ることになる。

 

遼一は銃を構えていた近くのヤクザを蹴り倒し、そのまま拳銃を奪ってしまう。

 

そしてすぐに、他のヤクザたちの手首に向けて銃を撃った。

 

銃弾の音は、とても静かだった。

 

「あうっ!」

 

「うわーっ・・・」

 

手首を一瞬のうちに撃たれたヤクザたちの叫び声のほうが大きい。

 

銃など撃ったこともない遼一だったが、ヤクザたちの右手首に見事にヒットしていた。

 

次々と拳銃を床に落とし、屈み込むヤクザたち。

 

その無惨な姿に、さすがの恭也も愕然とした。

 

いつの間に拳銃の撃ち方を覚えたのか。

 

しかもあっという間の早業である。

 

余裕を見せていた亨も、その悪夢のような光景に唖然とするしかなかった。

 

金で買われ、囲われ、エッチなマッサージだけをしていた以前の遼一とはまったく違う遼一が、目の前にいる。

 

持って生まれた極道の血がそうさせるのか、修羅の心が遼一を大胆かつ凶暴に変えていた。

 

腕の中にいた宇宙も、その光景にさすがに驚いてしまう。

 

「・・・・・遼一?」

 

宇宙が遼一を呼んでも、遼一は吊り上がった恐ろしい目で亨と恭也を睨みつけていた。

 

いつもは優しく穏やかな瞳が、まるで仁王様のようにカッと両目を見開き立っている。

 

宇宙を抱きしめている腕にも自然と力がこもってくる。

 

宇宙は、今まで見たこともない遼一の姿に、ゾクっと背筋を震わせた。

 

つわもののヤクザたちを一瞬のうちに屈服させてしまう圧倒的な強さと威圧感は、今までの遼一にはないものだった。

 

いったいどうしてしまったのだろうか、遼一は。

 

宇宙がそんなことを思っていると、ドアまで後退した亨が薄ら笑いを浮かべて言った。

 

「やはり血は争えないということだな、遼一?」

 

亨の言葉に、遼一の吊り上がっている目がピクリと動く。

 

「それは、どういうことだ?」

 

遼一が低く威圧感のある声で聞く。

 

遼一の手には、まだ拳銃が握られていた。

 

手を撃たれ、床を転げ回っているヤクザたち。

 

それを見て、顔色を変える亨と恭也。

 

「お前が・・・ここに転がっている者たちと同じ種類の人間だということだ。お前の父親は紅林組の組長で、その頃愛人だったお前の母親は一人で育てると言ってお前を産んだ。だからお前の身体には生まれつき極道の血が流れているんだ。凶暴で凶悪な修羅の心もお前の中には存在する」

 

そこまでしゃべった亨は、ドアから逃げようとした。

 

だが遼一が撃った弾が、亨の行動の邪魔をする。

 

「私がヤクザの組長の息子だと?そんな馬鹿な・・・」

 

遼一は、亨の言葉を信じようとしない。

 

だが恭也が放った次の言葉で、心が凍ってしまった。

 

「亨様が言ったことは嘘じゃない。お前は紅林組組長の愛人の息子。母親は病死と聞かされているかもしれないが、実は殺されたんだ。紅林組の本妻の命令でな」

 

「な、なんだって?殺された?母さんが・・・?」

 

突然の事実を突きつけられ、遼一の身体が氷のように硬直してしまう。

 

「お前は頼る親戚もなく養護施設から養父母たちのもとに行った。そこで幸せに暮らし一生を過ごせるはずだったのだが、そうもいかなくなった。紅林組の跡取り息子がヤクザ同士の抗争で命を落としたからだ。組長はお前を捜した。だが見つからなかった。なぜだか分かるか?」

 

恭也の問いに、遼一は両目を見開いたまま立っていた。

 

やっと喉元の痛みがなくなった恭也が、言葉を続ける。

 

もう何も隠す必要はないと思った。

 

「お前を金で買い、自由を奪い囲ってしまったからだ。お前の痕跡を残らず消し去り、この世の中から抹消してしまったからだ。だからお前の行方はいまだに分かっていない」

 

恭也の言っていることがよく分からなくて、遼一は思いきり眉間に皺を寄せた。

 

恭也は何を言おうとしているのだろうか。

 

「まだ分からないのか?」

 

そんな遼一の悩む姿を見て、恭也が自分のペースで話をもっていこうとする。

 

「亨様の父である大江原権蔵様が、お前を金で買ったのが偶然だとでも思っていたのか?養父母たちが事故で死んだのも偶然か?」

 

そこまで恭也が言うと、遼一ははっとして顔色を変えた。

 

まさか、まさか・・・。

 

母ばかりか、あの優しかった養父母たちまでも殺されてしまったのでは?

 

「養父母たちは殺された?」

 

遼一の唖然とした言葉に、恭也が大きく頷く。

 

「すべて仕組まれたことだ。紅林組の跡取り息子が死んでからお前の運命も大きく変わったというわけだ。本妻は嫉妬深い女でな、お前が次の組長になることだけは阻止したいと、お前を殺すように命じてきた。だが大江原様はお前が死んだように見せかけただけで実際には殺さなかった。いつか役に立つときがくる、そう考えたからだ。そして金で買ったように見せかけて囲った。お前を譲り受けた亨様もそのことはすべて承知している。お前を今まで生かしておいたわけは、ヤクザの組をのっとれるかもしれない、そんな欲望があったからだ」

 

恭也の話を聞き、遼一はガクンッと膝を崩してしまった。

 

あまりのショックで、立っていられなかったのだ。

 

まさか、こんなからくりがあったなんて。

 

自分の出世の秘密にも驚かせられたが、そのために大切な人たちが無惨にも命を落としていたなんて知らなかった。

 

母や養父母たちが殺されていたなんて、今まで全然知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京スペシャルナイト 下 20

愛する遼一以外の男に、こんな目に遭わされている自分が情けなくてつらくて、汚らわしく思えてしまう。

 

遼一以外の男に陵辱されて感じてしまっている自分の身体が憎くてしょうがなかった。

 

しかもその姿を遼一に見られてしまっている。

 

ひどいことをされながらも、激しく喘いでいる姿を愛しい遼一に見られてしまっている。

 

そのことが一番悲しかった。

 

「遼ちゃん、見ないでっ。お願いだから・・・あっ・・・あぁぁ・・・・・」

 

宇宙は涙を流している瞳で遼一を見つめて、哀願した。

 

遼一はもう、ベッドの上で怒鳴ったり叫んだりしていなかった。

 

ただじっと、両目を見開くようにして、亨に貫かれそうな宇宙の姿をじっと見つめている。

 

遼一の様子がおかしい。

 

だがそのことには、誰も気づいていなかった。

 

亨も恭也も宇宙の反応に釘付けになっていたし、他のヤクザたちも宇宙の魅力の虜となっていたからである。

 

「・・・宇宙・・・」

 

遼一は、足枷を嵌められている足首から血を流したま、じっと宇宙を見つめていた。

 

両目を見開き無表情のまま、遼一は全身から頂点に達した怒りのオーラのようなものを発しながら、ベッドの上に座っていた。

 

全身の毛が総毛立つような力強い覇気が、遼一の全身を取り巻いている。

 

そのことに初めて気づいたのは、涙の瞳でじっと遼一だけを見つめていた宇宙だった。

 

見た目は平静を装っているようだったが、心の底から怒っているのが分かった。

 

目つきが違う。

 

遼一の全身から、強い覇気が漂っている。

 

「・・・やめろ」

 

遼一は、低い声でそう言ってベッドから下りた。

 

だが遼一は、ずっと自由を束縛してきたその枷の鎖を、いとも簡単にぶち切ってしまった。

 

ガシャーンッと鎖が切れた音がして、ヤクザの一人が振り返る。

 

だがそれよりも早く、遼一の拳がヤクザの顔面にヒットした。

 

ドカンと、ヤクザの身体が床に転がる。

 

ヤクザはたった一発殴られただけなのに、気絶していた。

 

その騒ぎにようやく気づいた亨と恭也は、驚いたように遼一を見た。

 

足枷の鎖は見事に千切れ、全身から怒りのオーラと覇気を漂わせている遼一の姿は、まるで仁王のようだった。

 

その姿を見て、亨と恭也が思わず宇宙の身体から退く。

 

今までの遼一とはまるで別人のようだった。

 

恐ろしく吊り上がった目と眉間に寄せられた皺。

 

唇は横一文字に噛みしめられ、まだ枷が嵌まったままの足首から流している血が、遼一をもっと強烈に印象づけた。

 

どうして足枷の鎖が切れたのだ?

 

あれは、人間の力では到底切れるものではなかった。

 

「り、遼一?お前・・・・・」

 

立ち上がり、身支度を整えながら亨が足を後退させていく。

 

十年近く遼一を囲ってきたが、身が縮むほどに恐ろしいこんな遼一を見たのは初めてだった。

 

それは恭也も同じだった。

 

もう宇宙のことも自身のことも諦めたと思っていたのに。

 

まだ抵抗する力が残っていたなんて。

 

しかも、今までの遼一とは明らかに違うのだ。

 

これはもしかして、抑え込んだ修羅の心が再び目覚めてしまったのでは?

 

亨と恭也は、同時にそう思っていた。

 

「・・・遼一」

 

「宇宙を離せ。私の宇宙に触れるな」

 

遼一は仁王のような形相でそう言いながら、宇宙のそばに近づいていく。

 

ビデオを撮っていたヤクザや他のヤクザたちも、あまりにも豹変した遼一の姿を見て、愕然としていた。

 

「宇宙は渡さない・・・と言ったらどうするんだ?」

 

宇宙から離れた恭也が、遼一に言う。

 

すると遼一は、カッと両目を見開いて近くにあった木の椅子を恭也に向かって投げつけた。

 

とっさのところで避けたが、その椅子は壁に激突して大破した。

 

バラバラになった木の椅子を見た恭也は、ゾクっと背筋に冷たいものを感じた。

 

避けていなかったら、顔に大ケガをしていた。

 

遼一は心が優しくおとなしい性格なので、他人を傷つけるようなことは決してなかったのに。

 

やはり、極道の跡取りという血が、そうさせるのだろうか。

 

「宇宙を自由にしろ」

 

遼一は、眉間に皺を寄せたまま恭也に言った。

 

恭也は亨と顔を見合わせ、このままではまずいと互いに心の中で思う。

 

恭也は、スーツの内ポケットに入っている拳銃に指を忍ばせながら、隙を見つけるために宇宙のロープを解くように命令した。

 

ヤクザたちは、仁王のように変貌した遼一を唖然として見つめながら宇宙の身体に巻き付いているロープを解いていく。

 

両手が自由になり、両脚も閉じるようになった宇宙は、嬉しくて思わず泣いてしまった。

 

長時間床に寝かされていた宇宙は、自由になっても脚が言うことを聞かない。

 

ガクガクしてしまって、腰に力が入らなくて立ち上がることができなかった。

 

「遼一・・・・・」

 

助けを求めるように宇宙が遼一を見上げる。

 

白いガウンを着ている遼一は周りに目を配りながら、同じようなガウンをクローゼットから持ち出し、宇宙の裸体に羽織らせた。

 

そして腰に腕を回すようにして、ふらふらの宇宙を立ち上がらせる。

 

「遼ちゃん・・・・・」

 

安心したのか、涙ながらに宇宙が言う。

 

「宇宙、もう大丈夫だよ」

 

「遼ちゃん・・・・・」

 

宇宙の身体を片腕で抱き寄せ、そのまま病室を出て行こうとする。

 

だがそんな二人の前に、拳銃を握った恭也が立ちはだかった。

 

「おっと・・・。そこまでだ。二人とも、おとなしくしろ」

 

恭也は、一度遼一に向けて撃った拳銃を向け、形勢が逆転したかのように余裕の声で言う。

 

遼一と宇宙が初めて結ばれたラブホテルで、一度肩を撃たれた拳銃。

 

その銃口は遼一ではなく、横の宇宙の胸に向いていた。

 

そのことが、遼一のかろうじて保っていた理性を一気に爆発させてしまった。

 

遼一が腰から手を放し、そのまま恭也の首を掴む。

 

「うぐっっ・・・う゛う゛っ・・・」

 

恭也はとっさのことで、対処ができなかった。

 

首を絞められ息ができない恭也は、拳銃を遼一に向けそのまま引き金を引こうとする。

 

だが遼一は、拳銃を握っている恭也の手を空いているほうの手で掴み、ねじり上げた。

 

身長の高い遼一に腕をねじり上げられた恭也は、たまらず拳銃を床に落としてしまう。

 

その拳銃を夢中で拾った宇宙は、ブルブルと震えてしまっている手でなんとか握っていた。

 

銃口は、さっきまで自分の身体を玩具のように弄んでいた亨に向けられている。

 

「よせっ・・・やめろ」

 

はっとした亨が、一人のヤクザの陰に隠れて叫ぶ。

 

ヤクザたちも拳銃を手に持っていたが、亨か恭也の命令がなければ撃つことはできなかった。

 

「撃ってもよろしいんですか?」

 

黒いスーツ姿の一人のヤクザが聞く。

 

亨は答えを出すのに少し迷ったが、震える手で拳銃を掴んでいる宇宙と目が合ったとたん、もしかしたら自分が撃たれるかもしれないという恐怖に駆られた。

 

「う、撃ってもいいっ。撃てっ・・・」

 

亨が叫ぶ。

 

ヤクザたちが一斉に拳銃を構える。

 

遼一は、そんなヤクザたちの前に恭也の身体を盾にするようにして立たせた。

 

「宇宙、私の後ろに隠れろ」

 

「はいっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京スペシャルナイト 下 19

宇宙は、恭也の責めにいつしか感じてしまっていたのだ。

 

「宇宙・・・」

 

一瞬、そんな宇宙から顔を逸らしそうになる。

 

だが遼一は、宇宙が涙ながらに言っていた言葉を思い出した。

 

『絶対に嫌いにならないでね。どんなに淫らになっても、嫌いにならないでね』

 

それは、こうなることを宇宙が予知したかのような言葉だった。

 

宇宙は、責められれば感じてしまうことを知っていたのだ。

 

だから、あんなことを言ったのだ。

 

「宇宙・・・私は逃げないっ。決して逃げないから」

 

遼一は、無残な姿の宇宙に向かって叫んだ。

 

その声が聞こえたのか、宇宙が口枷を嵌められたままコクンと頷く。

 

こんな姿を見られても遼一が自分を嫌いにならないことに感謝しているかのような眼差しで遼一を見つめている。

 

ただじっと、見つめあう二人。

 

だがそんな二人が気に入らない亨は、恭也にもっと激しく宇宙を責めるように言った。

 

恭也も、見つめ合っている二人が気に入らなかったので、すぐに手に持っているバイブを押し込む。

 

「んぐぅぅーーーーーーっ!」

 

宇宙の下半身が、床の上で魚のように跳びはねる。

 

巨大なバイブは、根元まで蕾の中に押し込まれていた。

 

「んんーーーーーーんーーーーーーーっ」

 

ピクピクッと内股の皮膚を痙攣させながら、宇宙が目を白黒させる。

 

バイブの先端が先ほどのパールのバイブよりももっと奥に当たり、下半身が蕩けてしまいそうな絶頂感を味わったためであった。

 

殴る蹴るというような拷問ではなかったが、宇宙は終わりの見えない快楽という拷問をされていた。

 

頭が霞んでクラクラする。

 

遼一が見えない。

 

あっ、あっ、またイッちゃう!

 

誰か、止めてぇぇーーーーーー!

 

バイブが奥のほうに当たって、そのたびに腰が溶けちゃいそうになる。

 

もう、どうしたらいいのか分からないっ。

 

バイブがズンズン入ってきて、突起物が気持ちよくて、蝋を垂らされた分身が敏感になっていて、ちょっとの刺激でもイッてしまう。

 

本当に、どうなってしまうのか分からない。

 

このまま、遼一が見ている前で気が狂ってしまうかもしれない。

 

どこもかしこも敏感になって、感じすぎて、喘ぎまくって死んでいくんだ。

 

きっとそうだ。

 

宇宙は、バイブに激しく犯されながらそんなことを考えていた。

 

そして遼一に抱かれた時のことを思い出す。

 

どうせ死ぬなら、遼一に抱かれたまま死にたかった。

 

遼一の腕の中で死にたかった。

 

こんなことになってしまったけど、でも遼一に出会えてよかった。

 

宇宙は、意識が遠のいていく中でそんなことを考えていた。

 

こんなひどい目に遭ってるけど、でも遼一に出会えてよかった。

 

遼一に出会えなかったら、本当の愛を知らないで一生を送ったかもしれない。

 

本物の愛を知らないまま、おじいさんになっていたかもしれない。

 

だから遼一、自分のせいだなんて言って自分を責めないで。

 

ねっ、遼一。

 

宇宙の意識が遠のいていく。

 

そのとき、遼一の声が聞こえて、宇宙ははっとして意識を現実につなぎ止めた。

 

「くぅぅーーーーーーーっ」

 

意識が戻ると、また絶頂感が宇宙を襲う。

 

宇宙は、ピクピクッと分身を激しく痙攣させながら何度目かの飛沫を放った。

 

だがもう出なかった。

 

体液は、すっかり出尽くしてしまったのだ。

 

だがイッた感覚だけは、脳に鮮やかに残った。

 

その感覚が宇宙をもっと苦しめていく。

 

「おい、口枷を外してやれ。どんな声で泣くか、聞いてみたい」

 

遼一の腕を持っている亨が言うと、ヤクザの一人が宇宙の口に嵌められていたボール状の口枷を外していく。

 

ベッドリと唾液が付着している口枷を、遼一の目の前に放り投げる。

 

「遼ちゃんっ!助けてっ・・・もう・・・死んじゃうっ」

 

宇宙は口枷が外れると、心とは裏腹に思わず遼一に助けを求めた。

 

遼一が宇宙のそばに駆け寄ろうとする。

 

だが足枷と亨の腕が、遼一の行動を阻止していた。

 

「宇宙っ、宇宙っ!くそっ・・・離せっ・・・足枷を外せ、外せっ」

 

遼一が叫びながら暴れる。

 

だが暴れても足首から血が流れるだけで、足枷が外れることはなかった。

 

「遼ちゃん・・・助けて・・・死んじゃうっ。もう・・・死んじゃう・・・」

 

宇宙は涙を流しながら遼一を見つめる。

 

その瞳をじっと見つめながら、遼一は自由を奪われていることを呪った。

 

拳銃で撃たれた傷はどうってことはない。

 

せめて足枷がなければ、ヤクザたちと闘って宇宙だけでも助けてやることができるのに。

 

このままでは亨のいいようにされてしまう。

 

「おい、恭也。俺は男を抱いたことはないが、どんな感じだ?」

 

遼一がなんとか逃げ道を模索していると、亨が宇宙に興味を持った口調で聞いた。

 

遼一がはっとする。

 

まさか・・・亨が宇宙に興味を抱いたのでは?

 

「その男にもよりますが、女より締まりはいいです。中で出しても妊娠する心配がないので、セックスを存分に楽しむにはかえって男のほうがいいと言う人もいます。亨様、こいつに興味がおありですか?なんなら、一度試してみますか?」

 

と、恭也が目を細めて言うと、亨はベッドから下りて宇宙が寝かされているところまで歩み寄った。

 

ロープで手脚の自由を奪われ、両脚を左右に開き真っ赤な蝋で彩られている宇宙の姿は、男色家でなくても十分に興味をそそられた。

 

真っ赤に濡れた唇と、涙で潤んでいる瞳。

 

固まった蝋を剥がされ、何度も絶頂を迎えた敏感な分身は萎えることを許されず、蕾に挿入されている太いバイブによって地獄のような快楽を与え続けられていた。

 

もう何度イッたのか、覚えていない。

 

「あっ・・・いやっ・・・やめて・・・もう・・・死んじゃう・・・・・」

 

宇宙は、バイブがクチャクチャといやらしい音を立てて出入りするたびに激しく喘ぎまくった。

 

自分では懸命に耐えているつもりなのだが、責められている身体が言うことを聞かなかった。

 

与えられた快感を素直に表現してしまう。

 

分身の先端からは透明な蜜をたっぷりと滴らせ、バイブを美味しそうに根元までのみ込んでいる。

 

その姿に、亨の心が蕩けていった。

 

「あぁぁぁーーーーーーっ」

 

宇宙はまた、天高く追い上げられた。

 

何度目の絶頂だろうか。

 

もう、それさえも分からない。

 

「あぁぁぁーーーーーあぁっーーーーーいいっーーーーーーーっ」

 

バイブを深くのみ込んだまま、宇宙はきつく目を瞑り、腰をヒクヒクとさせた。

 

そんな宇宙を十分に気に入った亨は、一度遼一の口中で放ったが、まだ足りないとばかりに勃起している自身を見せびらかすように腰を落とす。

 

そして床で両脚を広げて待っている宇宙の股間の前で両膝をついた。

 

「バイブを抜きます。そのまま挿入してこいつの味を堪能してください。蝋燭とバイブでこれだけ感じる男です。きっとご満足いただけると思います」

 

「・・・よし」

 

ニヤけた顔の亨は、宇宙の目いっぱい開いている蕾から太いバイブが引き抜かれるのを見ながらそう言った。

 

その光景を見ていた遼一が「やめろぉぉ・・・」と大声を上げる。

 

その言葉と亨の飢えた様子と、そして恭也がわざと見せつけるようにしながらバイブを引き抜くさまに、遼一は身体の内側からメラメラと燃え上がる何かを感じ取っていた。

 

「私の宇宙に手を出すなっ、宇宙に触れるなっ」

 

「あっ・・・遼ちゃん・・・助けて・・・」

 

宇宙が、泣きながら遼一に助けを求める。

 

亨が宇宙の身体に手を触れた。

 

遼一は怒りと嫉妬で身体が燃えるように熱くなるのを感じていた。

 

「私の宇宙に触れるなーーーーーっ!」

 

遼一は大声で叫んだ。

 

だが、亨も恭也もそんな遼一には目もくれなかった。

 

足枷を嵌められ、自由を奪われている遼一には何もできないと高を括っていたのだ。

 

「・・・女よりもずっとやわらかいな」

 

挿入前にその味を確かめようとでもいうのだろうか。亨は両目を薄く瞑り、勝ち誇った表情で宇宙の蕾に指を突き立てた。

 

グチャグチャッと、先ほどよりももっと淫らな音が病室に響く。

 

宇宙の蕾は、蝋とバイブの責めによって自分から潤うようになっていった。

 

「いやっ・・・いやぁぁ・・・・・・・っ」

 

宇宙はどうしても感じてしまう身体とは裏腹に、悲鳴を上げながら必死に首を振って抵抗する。

 

だがそんな健気な宇宙の姿は、亨の欲望をもっと高めるだけだった。

 

「もっと感度をよくしてあげましょうか?」

 

そんな宇宙に対して恭也が手に乳首クリップを持って言う。

 

「ああ、そうしてくれ」

 

亨は呻くようにそう言って、指の動きを緩めた。

 

恭也は、ゴム製の乳首クリップで蝋で固まっている乳首を挟む。

 

「あぁぁぁーーーーーーーっ!」

 

左右の乳首を挟まれた宇宙は、その痛さに思わず顔を歪め、思いきり床の上でのけ反った。

 

「おうっ、これはすごい・・・。すごい締まり具合だ」

 

亨はそう言いながら、指を引き抜いた。

 

そして、とうとう宇宙の下半身に自身をあてがうと、一気に貫こうとする。

 

「遼ちゃーんーーーーーーーっ」

 

宇宙は泣きながら遼一の名を呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京スペシャルナイト 下 18

亨の言葉を鵜呑みにしたわけではない。

 

だがこうもあからさまに覆されるとは。

 

亨という人間の本性を見たような気がしていた。

 

だが、今は亨が言ったとおりに言うことを聞いているしかない。

 

そうしなければ、宇宙が責め殺されてしまう。

 

遼一は、怒りで今にも爆発してしまいそうな心を必死に抑えながら、マッサージに集中した。

 

だが耳や意識は、宇宙のほうに向いている。

 

くぐもった苦しげな声を聞いている。

 

「・・・くぅ・・・・・んっ・・・・・」

 

宇宙の声が遼一の手を止めてしまう。

 

すると亨は、恭也にもっとひどく責めるように命令する。

 

命令を受けた恭也の手に力がこもる。

 

五つ目のパールが、宇宙の蕾の内部にのみ込まれた。

 

「ぐぅぅ・・・・・・・」

 

一つ目のパールが、最奥の部分に届いているのが分かる。

 

一番柔らかくて感じる部分に当たっている。

 

宇宙は、縛られている両脚をピクピクと震わせながら、意識が遠のいてしまいそうなほど甘美な感覚に耐えていた。

 

遼一の分身を奥深くまで迎え入れたときと同じような感覚が、宇宙を襲っていた。

 

目いっぱいでせつなくて苦しいが、甘美な感覚が最奥の部分からじんわりと股間に伝わっているのだ。

 

「そうか・・・。ここが感じるのか?」

 

宇宙の変化を感じ取った恭也が、くくっと笑いながら手に持っていたアナルバイブを回転させるように回す。

 

すると中でパールが動いて、新たな快感を宇宙に与えた。

 

巨大なパール同士が、中でそれぞれに動いて当たっているのが分かるのだ。

 

「んんっ・・・ーーーーーーっ」

 

口枷を嵌められている宇宙の声に、甘さが交じっている。

 

五つ目のパールをのみ込み、最奥の部分を突っつかれるようになり、苦痛よりも快感のほうを感じるようになっていた。

 

「この調子なら、六つ目も入るな?」

 

と、面白そうに言った恭也が、六つ目のパールを押し込んでいく。

 

最も敏感な最奥の部分を突き上げるように入ってきたパールの感触に、宇宙はたまらず絶頂を極めてしまった。

 

蝋をはがされたばかりの分身がピクピクッと痙攣して白い体液を溢れ出させる。

 

前ほどの勢いのよさはなかったが、確かに腹の上に白い飛沫を放っていた。

 

それを見て、恭也がまたくくっと笑う。

 

「見た目もいいし、身体もいい。感度も抜群とくれば、これは高く売れるだろうな?アラブの王子様あたりが競って高値で買いそうだ」

 

恭也は宇宙の淫らな格好を見下ろして言った。

 

するとビデオを撮っていたヤクザも、唇を舌で舐めるようにして笑う。

 

遼一は、そんな恭也の言葉を背中越しに聞いていた。

 

亨自身を口で銜えさせられていて、振り返ることができないのだ。

 

両手でマッサージをしながら、遼一は亨の分身を口で愛撫していた。

 

もう二度したくないと思っていたのに。

 

宇宙以外の男など、絶対にしないと誓っていたのに。

 

「どうした?もっと奥までのみ込め。お前の態度次第では、宇宙にもっとひどい仕打ちをさせてやってもいいんだぞ?」

 

亨からそう言われてしまうと、遼一はどうしても拒むことができなかった。

 

このまま噛み切ってしまいたいのに。

 

このまま握り潰してしまいたいのに。

 

「スイッチを入れてもいいですか?こいつパールだけでは満足しないみたいです」

 

恭也は、バイブを回転させるように手を動かしながら亨に聞く。

 

亨は、遼一の髪を掴んだままニヤッと笑った。

 

「・・・・・本人が欲しいというものは与えてやらなければな」

 

「はい」

 

恭也がすぐに、バイブの根元に付いているスイッチをオンにする。

 

するとビィーン・・・と、くぐもったような機械音が蕾の中から聞こえてきた。

 

パールのバイブが宇宙の内部で小刻みに振動しているのだ。

 

「んっ・・・んっ・・・んん’・・・・・」

 

ボール状の口枷を嵌められている宇宙は、満足に喘ぎ声を上げることができなかった。

 

口端からだらしなく唾液を滴らせたまま、くぐもった声を上げ、首を左右に振るだけだった。

 

だがそれだけでも、宇宙がこのいやらしい行為に満足して感じていることは明らかだった。

 

「どうだ、感じるか?もっと奥まで欲しいんじゃないのか?」

 

恭也が、振動するバイブで抜き差しを繰り返しながら笑う。

 

バイブが引き抜かれたかと思うと一気に半分まで挿入され、中をかき回すように弄ばれ、宇宙は蕾の中がどうにかなってしまいそうな感覚に襲われていた。

 

遼一に抱かれているときもそうだったが、この振動するパールの感触は一味違った快感を宇宙にもたらしていた。

 

遼一の分身よりもずっと細かく振動するパール状のバイブは、まだ明らかにされていない宇宙の本性をあからさまにしていった。

 

パールの抜き差しをしているうちに、パールが七つ目まで挿入していることに気づいた恭也は、もう笑いが止まらなかった。

 

普通、こういうことに慣れた男でも、五つか六つが限界である。

 

だが宇宙はまだ抱かれることに慣れていないというのに、八つ目のパールをのみ込もうとしていた。

 

最奥の部分にはとっくに到達しているというのに。

 

宇宙の内部は、まだのみ込む余裕があるのだ。

 

奥は限りなく深く、肉は柔らかく収縮性があり、媚薬を使わなくても自然と潤ってくる宇宙のつぼみは、まさに名器だった。

 

百人近い男の蕾を見てきた恭也だったが、さすがにこれには驚いてしまっていた。

 

「ふふっ・・・。遼一が惚れるわけだ。ここの反り具合や亀頭の張り具合もそそられるが、お前のここはまた別格だな?一度でいいから、俺も味わってみたいよ」

 

恭也がパール状のバイブを抜きながら、言う。

 

宇宙は「んんーっ」と嫌がる声を発しながら、涙を流して恭也を見上げた。

 

もっと欲しいと哀願する目で、恭也を見つめている。

 

恭也はおかしくてたまらなかった。

 

宇宙は感じまくって喘いでいるというのに、遼一はそんな宇宙を責めないでほしいと懇願して自分から口を開き、亨自身を銜えているのだ。

 

互いに相手のためと言いながら、もっと深みへと、もっと極地へと自分自身を追い込んでいる。

 

この二人の恋人たちは、互いに互いを追い落としていることに気づいていない。

 

それがおかしかった。

 

「もっと太いバイブに換えてやる。そら、これでどうだ?これは女を犯すバイブで、周りに突起物が付いているが、今のお前ならのみ込めるだろうよ」

 

というが早いか、恭也は閉じようとしている蕾に、太いバイブをねじ込んでいく。

 

亀頭まではヌルンッと入ったが、そこから先はやはり窮屈そうだった。

 

突起物も挿入の妨げになっていたが、恭也はそんなことは気に留めなかった。

 

どんなに淫らに堕ちていくのか、見たかった。

 

どんなふうに喘ぐのか、見てみたかった。

 

今ここで亨にやめろと命令されても、恭也はやめるつもりなどなかった。

 

それは、周りを取り囲むようにして見つめているヤクザたちも同じだった。

 

みな股間を膨らませ、目は血走り、口はだらしなく開いていてハァハァと荒い息を吐いている。

 

ここにいる誰もが、宇宙の妖艶に喘ぐ姿に魅力を感じ、もっと見たいと思っていた。

 

もっと泣かせてみたいと思っていた。

 

「のみ込め・・・」

 

そんな宇宙の悩ましく淫靡な姿を見ているせいか、亨はいつもよりずっと早く頂点を極めていた。

 

遼一の喉が、ゴクッと鳴る。

 

遼一は綺麗に放出されたものを飲み下すと、やっと口中から肉棒を引き抜くことを許された。

 

「宇宙!?」

 

遼一はすぐに宇宙を振り返った。

 

きっと痛がって泣いているに違いない、そう思ったのだ。

 

だが床に転がっている宇宙の姿は、遼一が想像しているものとは違っていた。

 

口枷を嵌められ、涙を流している。

 

見ようによっては嫌がっているようにも見える。

 

だが、実は違っていた。

 

突起物が付いた太いバイブを半分まで挿入され、宇宙は足の指をピクピクと震わせながら激しく喘いでいたのだ。

 

「んんっーーーーーーんっ」

 

焦点の合っていない宇宙の薄茶色の瞳が、涙で潤んでいる。

 

 

乳首の周りや白い内股に点々と固まっている真っ赤な蝋が、なんともエロティックでゾクリとするぐらい色気があった。

 

「ぐぅぅーーーーーーーっ」

 

口端からしとどに唾液を滴らせ、突起物の付いたバイブで責められている宇宙が感じていることは、一目瞭然だった。

 

媚薬の力を借りているわけでもなく、麻薬を飲まされているわけでもなかった。