東京スペシャルナイト 下 9
- 2016年03月19日
- 小説, 東京スペシャルナイト
宇宙は、数人の派手なスーツ姿のチンピラたちに捕らえられ、黒い日本車の後部座席に乗せられていた。
捕らえられたというよりは、宇宙自身から捕らわれたと言ったほうが正解だった。
だが、宇宙を捕らえたチンピラたちはそのことには気づいていなかった。
これでやっと恭也の機嫌もよくなると、チンピラたちは内心ホッとしていた。
「ここだ。ここで恭也さんの手下に渡すことになっている」
車は高速を降りた空き地で止まり、そこでは白いベンツが宇宙が連れてこられるのを待っていた。
「あ、あの・・・謝礼のほうは?」
チンピラの一人が、宇宙を黒いスーツ姿のヤクザに渡し、頭を下げながら遠慮がちに聞く。
ロープで後ろ手に縛られている宇宙をベンツの後部座席に乗せた黒いサングラスを掛けているヤクザが、札束をチンピラに手渡した。
「あ、あ、ありがとうございますっ」
札束を見たチンピラたちは一斉に頭を下げる。
渡したヤクザは、無言のまま後部座席に乗り込み、宇宙の隣に座り宇宙の顔を品定めするように見回した。
必ず無傷で連れてこいという、恭也の命令だった。
顔に擦り傷の一つでもついていたら大変なことである。
幸い、宇宙はどこにも傷を付けていなかった。
「よし、行けっ」
ヤクザが命令すると、宇宙を乗せた黒いベンツは恭也と亨が待っている私立病院に向かって走っていった。
その車中で、じっとおとなしくしている宇宙は、ホームレスのてっちゃんが言った言葉を思い出していた。
『どんな犠牲を払ってでも、恋人を助けたいと思う気持ちが本当にあるのなら手を貸す』
てっちゃんの重みのある言葉に、宇宙は即座に頷いて答えた。
『あります』
するとてっちゃんは、宇宙の純粋な薄茶色の瞳をずっと見つめて言葉を続けた。
『二人でこのまま逃げてもなんの解決にもならないんだ。ヤクザってヤツは逃げれば逃げるほど追いかけてくるんだ。そういう性分なんだろうか、たとえ地の果てに逃げても一生追いかけてくる。そんな脅えた生活は嫌だろう?』
てっちゃんの言葉に、宇宙はまた頷く。
どういうわけか、ホームレスであるてっちゃんの言葉にはズシンと胸の奥に重く響く何かがあった。
『じゃあ、どうしたらいいんですか?』
と宇宙が尋ねると、てっちゃんは不精髭の顔でにこっと笑ってこう言った。
『逃げられないんなら、正面から対決するしかないだろう?』
『た、対決して勝てますか?相手はヤクザですよ?』
宇宙の真剣な問いに、てっちゃんは言いきった。
『お前さんに死ぬ覚悟があるなら勝てるよ。それには少しばかり苦痛を伴うかもしれないが、仕方ないだろうな。どうだ、やるか?』
てっちゃんはそう言って、宇宙の肩を叩く。
宇宙はその手に押されるように、大きく頷いた。
そんな宇宙を見て、てっちゃんがにこっと笑う。
てっちゃんのあのときの大らかな笑みを思い出しながら、宇宙はじっと黙って後部座席に座っていた。
ヤクザと対決するときは街のごろつきやチンピラではなく、ヤクザの組長と話をつけること。
それが肝心だとてっちゃんは最後に言ってくれた。
遼一の自由を束縛している亨という人に会い、直接自由にしてほしいと談判する。
どんなに断られ罵られひどい仕打ちをされても、自分の意思を曲げてはいけない。
自分の意思を最後まで貫き通すこと。
遼一を愛しているその気持ちを、貫き通すこと。
それが大事なのだとてっちゃんは教えてくれた。
そして敵の本拠地に乗り込む決心がついたとき、宇宙はわざと人目につくように繁華街をうろついてみせた。
「おとなしいな?これからどこに連れて行かれるのか気にならないのか?」
チンピラに札束を手渡したヤクザが、さっきからずっと黙ったまま目を瞑っている宇宙に向かってそう言った。
街で徘徊しているようなチンピラと違い、威圧感があるヤクザはそう言って宇宙を見据えた。
宇宙はうっすらと目を開け、真っすぐ前を見つめたまま「別に」とだけ答えた。
ヤクザがふふっと笑う。
「強がりを言っていられるのも今のうちだ。恭也さんがお前をお望みなんだからな」
恭也という名前を聞いても、もうビビらなくなっていた。
てっちゃんの言葉を聞いているうちに、肝が据わったのだ。
宇宙は、拳銃で撃たれ血まみれ状態だった遼一のことをヤクザに聞いた。
「遼一は・・・無事なんですか?」
宇宙の言葉にヤクザは少し驚いたような顔をした。
自分の身の安全よりも、他人のことを心配していることに驚いたのだ。
「桜井遼一なら病院にいる。今からそこにお前を連れていく」
「じゃあ、無事だったですね。怪我も大したことなかったんですね?」
「あの恭也さんが致命傷を与えるような撃ち方をするはずがないだろう?ちゃんと計算して撃ったんだ」
ヤクザの言葉を聞いた宇宙が、思わず肩の力を抜く。
「・・・よかった」
宇宙は心底ホッとしたようにそう言って、大きく息を吐いた。
遼一の安否を案じ、ずっと張り詰めていた緊張がやっと解けた、そんな感じだった。
本当によかった。
遼一が無事なら、なんとかなるかもしれない。
宇宙は本当は、おしっこをチビってしまいそうなほど怖かった。
だがそんな中で、ほんのわずかな希望を抱いていた。
もうすぐ遼一に会える。
冷静を装っている宇宙の胸は、その想いで張り裂けてしまいそうだった。
宇宙を乗せたベンツは、真っすぐ遼一が捕らえられている医院へと向かっていた。