東京スペシャルナイト 下 12

だが怒りが頂点に達している亨の耳には、すでに何も聞こえていなかった。

 

今はこの生意気な小僧に一泡ふかせ、想像もできないほどひどい目に遭わせてやりたい。

 

それだけだった。

 

「服を脱がせろっ」

 

恭也がそう言うと、違うヤクザが宇宙のボロボロの衣服を脱がしにかかる。

 

まるでホームレスのようなその出で立ちに、恭也は呆れたように言った。

 

「どこに逃げ隠れしていたのか思えば、ドブの中だったのか?いくら捜しても見つからないわけだ」

 

裸になっていく宇宙を両目を細めるようにして見つめて、恭也が品定めをする。

 

宇宙の裸体を見るのはこれが二度目だったが、やはり美しかった。

 

高額な金を要求するどんな男娼よりも綺麗で、凛とした美しさがあった。

 

服を脱がせていたヤクザたちも、ボロボロの衣服の下から現れた艶やかな肌色の輝きに一瞬驚いたようだった。

 

本当に、ただの教師にしておくにはもったいない・・・そんな考えが恭也の頭をよぎる。

 

「さてと、俺としては裏切り者の遼一の前で仕置きをしたいのだが、遼一はどうしたい?」

 

裸になった宇宙を満足げに見て、亨は初めて遼一を振り返った。

 

遼一は、必死の顔で亨に懇願する。

 

「お願いですから・・・宇宙にひどいことはしないでください。責めるなら・・・私を責めてください」

 

遼一は、これから宇宙がどんなひどい目に遭わされるかと思うと、生きた心地がしなかった。

 

亨は、独占欲とプライドが高く、しかも残虐なのだ。

 

嫉妬に狂っている今の亨に仕置きをされてしまったら、きっと宇宙のような一般人では正気を失うのに半日とかからないだろう。

 

できるなら代わってやりたい。

 

宇宙を守ってやりたい。

 

だが亨はそんな遼一の心を察しているのか、あざ笑うかのように拒否した。

 

「俺に逆らった罪の深さをようやく思い知ったようだな?だがもう遅い。お前が心底惚れた宇宙を、お前の目の前でたっぷりと仕置きしてやる。そしてヤクザたちに散々犯させ、その後はシャブ漬けにして・・・俺の玩具にして弄び、飽きたら海外に売り飛ばしてやる。どうだ?これがお前が招いた結果だ。面白いだろう?」

 

亨はそう言って、足だけをベッドに残し床に倒れ込んでいる遼一を、支配者のように見下ろした。

 

遼一は宇宙を助けようにもどうしようもなくて、バンバンッと強く床を叩いた。

 

その音が、廊下を歩いていた医師の耳にも届く。

 

医師は騒ぎを看護婦から聞きつけ、急いでやってきたのだった。

 

「何を・・・しているんですか?」

 

特別室のドアを開けた気の弱そうな医師が、中の様子に愕然とする。

 

数人のヤクザたちに一糸まとわぬ姿にされている宇宙とベッドから転げ落ちている遼一を交互に見て、震える声で恭也に訴える。

 

「病室で・・・いったい何をしようというのですか?」

 

恭也は医師の言葉など無視して、手下たちに命令した。

 

「ロープで縛れ。両腕は後ろ、脚は左右に開かせたままだ」

 

手下のヤクザたちが、言われたとおりに宇宙の裸体をロープで縛り上げていく。

 

ここは特別室だが、病院の一室である。

 

その中でこんな破廉恥で不埒なことなどしていいはずがなかった。

 

医師は、拳を握りしめて亨に向かって言う。

 

「ここは病院です。そういうことはやめてください」

 

それを聞いた亨の手が、そんな医師の首元に伸びる。

 

そして白衣姿の医師の首を、ぐぐっと絞め上げていく。

 

「あぐっ・・・ぐぅぅ・・・・・」

 

「お前はいつからそんな偉そうなことを言えるようになったんだ?ん?」

 

「ぐうっ・・・うっ・・・亨様・・・」

 

「この病院の院長でいられるのは誰のおかげだ?なんなら、借金のかたに何もかも奪い取ってやってもいいんだぞ」

 

亨はそう言ってから、医師の首元から手を離した。

 

よろよろとした足取りの医師は、ゴホゴホッとはげしく咳き込んだ。

 

「お前が医者の顔をしていられるのは俺のおかげだということを、ちゃんと覚えておけよ」

 

廊下には、見張り役のヤクザが二人立っている。

 

ここにヤクザが出入りするようになってから、評判はガタ落ちだった。

 

借金のかたに取られなくても、経営不振で潰れるのは目に見えていた。

 

どうせ潰れてしまうのなら、借金のかたに取られてしまうなら、遼一とその恋人だけでも助けなければ。

 

ここに僚一が運ばれてきて治療するようになってから二週間。

 

その間、遼一はとても紳士的に優しく接してくれた。

 

自分のことを心配して、なんとか亨から逃れられるようにいろいろと真剣に考えてくれたのだ。

 

自分の身が危ないというのに、命の恩人だからと言い、いつか必ず道は開けると希望を抱かせてくれた。

 

そんな優しい遼一をなんとか助けてやりたい。

 

そして遼一が話を聞かせてくれた、恋人の宇宙も助けてやりたい。

 

細面の医師は、まだ痛い喉元を手で押さえながら廊下を歩いていった。

 

階段を下り、一階にある自室へと入る。

 

そしてリクライニングの椅子に座り、どうしたらいいのかと考えた。

 

誰かに助けを求めなければならない。

 

しかも、恭也や亨よりも力のあるヤクザに。

 

だが医師はチンピラのような輩は知っていても、恭也の組以上に力のある組織に知り合いはいなかった。

 

「どうしたらいいんだろうか?このまま放っておいたら、あの若者は殺されてしまうかもしれない」

 

医師は、頭を抱えてしばらく悩んでいた。

 

そして先日、見張りのヤクザたちが話していたことをふと思い出した。

 

紅林組が動いているとかなんとか言っていた。

 

紅林組といえば、恭也が所属している竜胴組と同等の力を持つ巨大な暴力団組織である。

 

なぜ今の時期に紅林組が?

 

医師は直感で、今回の一件に紅林組が絡んでいるのではないかと思った。

 

どのようにかかわっているかは分からないが、助けを求めるのは紅林組しかないと思った。

 

そして固く決心し、デスクの上の受話器を取る。

 

そのとき、院長室のドアが静かに開いた。

 

「・・・・・?」

 

見ると、そこには見たことのない中年男性が立っていた。

 

グレーのスーツとダークグレー色のネクタイ。

 

細められた目と目尻の皺。

 

だが白髪交じりの少し長めの髪は、ワックスできっちりと固められていた。

 

今まで見たこともない顔だった。

 

「あ、あなたは?」

 

医師が受話器を握りしめたまま聞くと、院長室に入ってきた五十代前半の男性は静かにドアから入ってきた。

 

「私は相模といいます。人は私のことをてっちゃんと呼びます。宇宙とその恋人の遼一を助けに来ました」

 

ボロボロの衣服に身を包み、ホームレスであった偽りの自分を捨てたてっちゃんは、落ち着いた口調でそう言って医師に対して頭を下げた。

 

医師はわけが分からず、しばらくの間ただ呆然としていた。