東京スペシャルナイト 上 31
- 2016年02月10日
- 小説, 東京スペシャルナイト
「紅林組の例の息子は、まだ見つからないのか?」
藤堂組四代目である藤堂弘也は、車中で桜庭健一に思い出したように聞いた。
いつもは恋人の三原真琴が隣に座っているのだが、今夜は政則と一緒に映画を観に行っていた。
真琴の特等席に座っている藤堂の右腕である桜庭は、クールな横顔のまま答えた。
「今、手の者たちに探させています。もうしばらく時間をください。二十五年も前の話ですし、愛人であった母親は失踪した直後に死亡。その三歳だった子供は親戚をたらい回しにされ、その後養子に出されているところまでは調べたのですが・・・」
藤堂は、高級外車の後部座席にゆったりと上体を預けながら桜庭の報告を聞いていた。
「今、生きていれば二十八歳ぐらいか?」
「はい。生きていれば・・・ですが」
と、答えて桜庭は藤堂を見た。
黒髪をオールバックで固め、オートクチュールの紺色のスーツを格好よく着こなしている藤堂は、紅林組の組長に頭を下げられたときのことを思い出していた。
紅林組には跡取りがいた。
だが組同士の抗争に巻き込まれ、命を落としてしまったのだ。
紅林組の組長には跡取りがいない、と思っていたが、実はもう一人いた。
愛人に息子が生まれたのだが、正妻の恨みを買うのが恐ろしくて認知しなかったというのだ。
金は仕送りしていたものの、組長は正妻の嫉妬を恐れて子供に会うことを避けていた。
ある日、愛人が子供とともにマンションから消えてしまい、それから二十五年間、二人の行方は不明だった。
紅林組の組長は、その愛人の子供に跡を継がせたいと藤堂に申し出た。
藤堂は最初、その提案を拒否した。
紅林組は藤堂組の傘下にあり、幹部から若い手下たちを合わせると百人を超える巨大な組織だった。
その紅林組を、自分の素性を知らないただの素人に任せるというのだ。
「私は、あの子の運の強さを信じたいんです。あの子の、修羅の魂を・・・」
年老いた組長はそう言って、藤堂に深々と頭を下げた。
そんな組長を見て、藤堂はもう反対する気にはならなかった。
修羅の魂というものに賭けてみようと思ったのだ。
修羅の子はどこにいてどんな育ち方をしていようと、必ず修羅になる。
承諾した藤堂は、紅林組の組長に一つだけ条件を出した。
それは、その者が紅林組を引き継ぐ素質があるかどうかを藤堂が直に見極めるということだった。
そのためにも、愛人の息子を探し出さなければならない。
藤堂の全国にクモの糸のように広がる情報網は、警察と肩を並べるほど巨大な組織だった。
その組織が動いている。
見つかるのは時間の問題だった。
「本気で組の跡を継がせるおつもりですか?」
ダークグレーのスーツを着ている桜庭が、何も言わずに煙草を吸っている藤堂に向かって聞いた。
「いけないか?」
「いえ、藤堂四代目がなさることには誰も文句は言いません。ただ、その者にこの現実を受け入れられるのかが問題だと思います。恐らく、一般人として育っているのでしょうから」
と、桜庭が言うと、藤堂は前を向き直ってから口を開いた。
「真琴も一般人だったが、今では幹部の上をいくときがある。そうだろう?」
藤堂の言葉に、桜庭は納得するように頭を下げた。
「はい、そのとおりです。その者、早急に探し出します」
「ああ。そうしてくれ」
藤堂は短く答えると、その後は何も喋らなくなった。
瞼を閉じ、何かを考えているようである。
桜庭も、藤堂組にとっても重要である紅林組の跡取りがどういう人物なのか頭の中でいろいろと想像を巡らしていた。
二人を乗せた黒いロールスロイスは、真琴が待っている銀座に向かって走っていた。