東京スペシャルナイト 上 33

桜井の話は、教師として地道な人生を歩んできた宇宙にとって驚くべきものであった。

 

だがすべての話を聞き終えても、宇宙の桜井を思う心は全く変わっていなかった。

 

「そんな裏の世界があるなんて、映画の中だけなのかと思ってた」

 

それが宇宙の最初の言葉だった。

 

自由になりたいという自分の心に鍵をかけ、ひたすら自分を押し殺し、亨という男性の 命令に従い、いいように利用されてきた桜井の十年を思うと、宇宙は涙が溢れてきた。

 

どんなにつらくせつなく、口惜しい十年だっただろう。

 

だが桜井の『宇宙に出会わなければ、おそらくずっと亨の玩具としての人生を過ごしていたと思います』と言った言葉を聞いて、宇宙は涙がポロポロと零れてしまうのをこらえることができなかった。

 

自分と同じように、桜井も運命を感じてくれていたんだと思った。

 

そのことが全身が震えるくらいに嬉しかった。

 

だが同時に、まだ見たことのない亨という男性に対しての恐怖心も募っていく。

 

桜井ほどの男を十年近くも自分の思い通りにし、縛りつけてきた男。

 

父親が大物政治家かなんだか知らないけど、裏の世界と繋がっているのか知らないけど、一人の人間の人生をメチャクチャにする権利なんてないんだ。

 

しかも桜井は悪いことをしたのではなく、ぼったくりの店にたまたま入ってしまっただけじゃないか。

 

姿が格好よくて、男にしては凛々しい顔立ちをしていたからといって、金の力で自由を奪い取ってしまうなんて。

 

そんなの政治家じゃないっ!

 

ふざけるなっ!

 

宇宙は、泣きながら腹の底から湧き上がる怒りをどうすることもできなかった。

 

「桜井さんが悪いわけじゃないのに・・・。どうして・・・どうして?ひどい・・・あまりにもひどすぎるっ。その大物政治家って人も、その亨って人も、どうかしてる。桜井さんの人生をなんだと思ってるんだ」

 

まるで自分のことのように、宇宙は怒りをあらわにして怒鳴り散らした。

 

だが桜井が、怒りで震えるその唇をそっと唇で覆ってしまう。

 

「桜井さん・・・?」

 

「私のために怒ってくれてありがとう。普通なら、こんな浮世離れした話を聞いたら恐れを抱いて逃げ出すのに・・・宇宙は強い人なんですね。見かけはこんなに可愛いのに」

 

と、桜井がまたキスをする。

 

宇宙は、今度はその唇が逃げてしまわないように、首に腕を回してきつく引き寄せた。

 

「・・・・・んっ・・・ぅっ・・・・・」

 

巧みなディープキスが宇宙の怒りを剥いでいく。

 

だが宇宙の心の中の怒りは静まっても、悲しみは癒えなかった。

 

桜井がこの十年という間、どれほどつらく悲しい思いを抱いてきたか。

 

桜井を人形のように扱ってきた男たちも憎い。

 

だが、その憎しみや怒りよりも桜井がずっと一人で背負ってきた心の痛みのほうが宇宙にはつらかった。

 

自分と出会えてよかったと、桜井は言ってくれた。

 

亨という人に逆らい、自由を手に入れたいと決心をすることができたのも宇宙のおかげだと言ってくれた。

 

その言葉は嬉しい。

 

だけど、その言葉の裏に隠された桜井の苦しみを想像すると、素直には喜べなかった。

 

もうこうなったら、相手がどこの誰であろうと、この愛を勝ち取ってみせる。

 

どんな苦難が待ち受けていても、絶対に桜井を奪ってみせる。

 

自分を守るために、恭也というヤクザに命をかけて逆らった桜井。

 

そんな桜井を守ってあげられるのは自分しかないのだと、宇宙は長いディープキスを受けながら思っていた。

 

「・・・・・んっ・・・桜井さん・・・」

 

うっとりとした潤んだ瞳で、宇宙が桜井を呼ぶ。

 

桜井は、宇宙のスラックスのファスナーを下げ、下着を一気に踝まで引き下げながら薄い茶色の瞳を覗き込んだ。

 

「・・・本当にいいんですか?今日はスペシャルマッサージでもなく、ウルトラスペシャルマッサージでもなく、宇宙を抱くために脱がせているんですよ?」

 

と、桜井がうっとりするほど優しい声で聞いてくる。

 

すっかり裸同然にされた宇宙は、少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら『うん』とだけ答えた。

 

「・・・本当にいいんですか?私はもう宇宙が欲しくて・・・たまりません。このまま本当に抱いてしまいますよ。いいんですね?」

 

自分の衣服を脱ぎながら、桜井が目を細めて確かめるようにもう一度聞く。

 

ベッドの上で仰向けで横になっている宇宙は、桜井の裸体を食い入るように見つめ、返事をするのも忘れていた。

 

そして、瞬きもしないで見つめる。

 

均整の取れたスマートな肉体は、余分な脂肪がいっさいなかった。

 

広い肩と厚い胸板。

 

肩から鎖骨の線がとても綺麗で、宇宙は思わず見とれていた。

 

腹筋にも筋肉がちゃんとついていて、しかも下半身の中心部分がものすごく逞しいのだ。

 

桜井の裸体を見るのはこれが二度目なのに、やっぱりときめいてしまう。

 

「・・・・・桜井さん」

 

宇宙は、逞しく頭を擡げている桜井自身を目の当たりにして、思わず目を伏せた。

 

自分の分身とはあまりにも違う桜井の分身は、まるで巨大な松茸のようだった。

 

プールに入ったあのときは、遊ぶのに一生懸命でまじまじと桜井の下半身を見ていなかった。

 

こんなに立派な松茸ちゃんがついていたなんて、知らなかった。

 

しかも、天に向かってニョキっと生えている。

 

「ぁぁ・・・桜井さん」

 

宇宙は桜井の松茸似の分身を見ただけで、もうメロメロ状態になってしまった。

 

今日はスペシャルマッサージでもウルトラスペシャルマッサージでもない。

 

抱くということは、やっぱり・・・・・。

 

なんだか、宇宙は急に幸せな気分になった。

 

さっきまでの桜井の気持ちを思ってせつなくなっていた自分が、一瞬どこかにいってしまう。

 

それぐらい桜井の分身には迫力があった。

 

「・・・でもその前に、やっぱりマッサージしてほしいですか?」

 

宇宙の唇に何度もキスを繰り返しながら桜井が聞く。

 

宇宙は、ウルトラスペシャルマッサージをしてほしいと思った。だが、今は少しでも早く桜井と一つにならなければならないと思った。

 

時間もないし、亨という男だっていつここを嗅ぎつけてくるかもしれない。

 

恭也って人を怒らせてしまったということは、危険が二人に迫っているということなのだ。

 

一刻の猶予もないのだ。

 

ウルトラスペシャルマッサージなんて、やっている場合じゃない。

 

「だめっ。マッサージなんてしている暇ないから。本当はしてほしいんだけど、でも今はすぐに桜井さんが欲しいから。今すぐに・・・」

 

宇宙はそう言って、桜井の胸に顔を埋めた。

 

大胆なことを言ったわりに、恥ずかしくて死にそうなのだ。

 

今すぐ欲しいなんて。

 

ああ、穴があったら入りたい。

 

いや、穴に入れてもらうほうなんだ、僕は。

 

そっか。

 

桜井さんの逞しい分身を、この前マッサージしてもらったあそこに入れてもらうほうなんだ。

 

などと一人でエッチなことを考えながら、宇宙は桜井の性急な愛撫を受けていた。

 

「あっ・・・桜井さんっ?」

 

いきなり乳首を吸われ、準備をしていなかった宇宙は素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

だが桜井は時間がないことを身体で示すように、宇宙の左右の乳首を愛撫していった。

 

「あんっ・・・」

 

硬くなった乳首にわざと歯を立てる。

 

そしてそれを強く吸う。

 

「あぁぁ・・・・・・っ」

 

宇宙は、ベッドの上でシーツを掴んで淫らに喘いだ。

 

桜井に乳首を吸ってもらったのは、これが初めてだった。

 

今まではマッサージの中で、指で乳首を弄ってもらったことはある。

 

だけど乳首を吸ってもらうなんて、今までなかった。

 

「あっ・・・あっ・・・桜井さんっ」

 

桜井の唇が自分の乳首を吸っている。

 

吸っているだけじゃなくて、噛んでいる。

 

噛んでいるだけじゃなくて、舌先でクチュクチュしてるっ。

 

「本当は、ずっとこうしたかったんです。ここもこうして・・・・・」

 

と、言った桜井の唇が柔らかな首筋に触れ、きつく吸う。

 

「あんっ・・・」

 

吸った箇所には朱色のキスマークが残った。

 

「宇宙の身体中に・・・こうしてキスマークをつけたいと思ってました。ここも・・・ここも・・・」

 

と、しっとりと囁き続ける桜井の唇が次第に下のほうへ降りていく。

 

再び乳首に触れ、十分に愛撫し、そして下腹部へと下がっていく。

 

そして少し焦らすように可愛い宇宙自身をやんわりと掴み、二、三度上下に揺らす。

 

「あっ・・・あっ・・・だめぇ・・・・・」

 

自然と声が上ずってしまう。

 

これから自身が口で愛撫されるという喜びと期待と、少しばかりの恥ずかしさが入り交じったような喘ぎ声だった。

 

桜井の頭がゆっくりと宇宙の股間に蹲る。

 

「・・・・・ん・・・あっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京スペシャルナイト 上 32

桜井と宇宙が入ったのは、場末の安いラブホテルだった。

 

どこでもいい。

 

とにかく今は二人だけになりたかった。

 

話したいことがたくさんある。

 

だけど、時間がない。

 

それは桜井だけでなく、宇宙も直感で感じ取っていた。

 

小さな部屋にダブルサイズのベッドが一つ。

 

そして小さな冷蔵庫と小さなテレビ。

 

そしてユニットバスとトイレがあるだけの部屋だったが、今の二人にはそれだけでも十分だった。

 

「何から話したらいいのだろうか」

 

ベッドに腰を下ろした桜井は、隣に宇宙を座らせてそう言った。

 

先ほど、ヤクザのような男に啖呵をきっていたときの桜井とは全く別人のように、優しい声だった。

 

自分を見つめる眼差しも、優しさと慈愛に満ちている。

 

とても同じ人物のようには見えなかったが、目の前にいる桜井こそが本当の桜井だと宇宙は信じていた。

 

桜井があのとき、あのヤクザのような男に挑んでいなかったら、きっと自分は攫われていた。

 

いや、自分だけじゃない。

 

桜井だって捕らえられていたかもしれないのだ。

 

黒いスーツ姿のヤクザ風の男には見覚えはなかったが、この前のチンピラたちと繋がっていることは一目瞭然だった。

 

なぜ桜井さんは縛られているのだろうか?

 

あんなヤクザのような男たちに。

 

それにあの男が言っていた、亨様っていったい誰なんだろうか?

 

宇宙は、桜井に安物のスーツを脱がされながら、ずっとそんなことを考えていた。

 

「最初から・・・全部話して。僕は何を聞いても驚かないから。もう・・・あなたから離れないって決めたから」

 

宇宙は上半身裸にされると、桜井の首に抱きつきながら言った。

 

桜井が、そんな宇宙をそっとベッドの白いシーツの上に押し倒す。

 

「宇宙が想像している私とは、全然違うんです。私は宇宙が思っているような人間じゃない」

 

そう言った桜井の顔は、悲しみとせつなさが入り交じったような表情をしていた。

 

十年間というもの不当な扱いを受け、それに耐え忍んできた苦悶の表情だった。

 

だが宇宙には分からない。

 

なぜ桜井が、そんな苦汁を飲まされたような表情をしているのか。

 

宇宙は、そっと桜井の前髪に指を絡めた。

 

「あの恭也という人は、どういう人なの?桜井さんの過去にいったい何があったというの?」

 

宇宙が、同じようにせつなそうな顔をして聞く。

 

すると桜井は、宇宙の薄茶色の瞳をじっと見下ろしながら顔にかかる髪を指で弄った。

 

「私の話を聞いたら、私を嫌いになってしまうかもしれない」

 

唇にそっとキスをして、桜井が不安げな声で言う。

 

宇宙はすぐに首を振って、その言葉を否定した。

 

「ううん、そんなことは絶対にないから。僕はどんな話を聞いても桜井さんを嫌いになったりしないから。桜井さんを命をかけて愛するって決めたんだから。だからお願い話して。ねっ?」

 

いつになく、不安げな桜井の声。

 

そして細められた瞳。

 

いつもの自信に満ちていて優しく穏やかな桜井からは想像もできない姿だった。

 

きっと、とんでもない不幸が桜井の過去にあったのだ。

 

今まで気づかなかったけど、考えてみれば桜井ほどの男がただのマッサージ師でいることも不思議だった。

 

エリートサラリーマンとか、青年実業家とか、桜井が望めば思いのままのはずなのに。

 

どうしてマッサージ師という職業に縛られているのだろうか。

 

もしかしたら、スペシャルマッサージとかウルトラスペシャルマッサージも、その辺に関係があるのかもしれない。

 

宇宙は、何を聞いても決して自分の気持ちは変わらないという固い決心を抱いて、桜井の話に耳を傾けた。

 

「話は、約十年前に遡ります・・・」