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東京スペシャルナイト 下 7

「おい、女を一人連れてこいっ」

 

ベッドの上できつい表情で亨を睨みつけていた遼一は、怒りの矛先が宇宙に向いてしまったことに内心慌てていた。

 

だが顔には出さない。

 

顔に出してしまったら、弱みを見せることになってしまうからだ。

 

病室を出ていった恭也が、真っ赤なカクテルドレスを着た女を連れてドアから入ってきた。

 

女は官僚や政治家を相手にしている、高級コールガールというものだった。

 

亨の裏の商売の一つである。

 

「口を開けっ」

 

胸の谷間を惜しげもなく見せている髪の長い女は、女優のように美しく艶やかだった。

 

「・・・はい」

 

命令されるがままに女は床に膝をつき、遼一の目の前で亨のファスナーを下げていく。

 

いつもは遼一がやっている行為だったが、腹の虫が収まらない亨は、女の口を代用品にしようとしていた。

 

ファスナーが下がると、太くて見事に反り返った亨自身が現れた。

 

今まで何千回となくしゃぶらされ、そして手でマッサージを施してきた亨自身は、怒りのためかいつもよりずっと太く感じた。

 

「何をしている、早くしろっ」

 

女の髪を掴み、グイッと巨根に顔を近づける。

 

女は慌てて口を大きく開き、亨自身を喉の奥深くにのみ込んでいった。

 

「んぐぅ・・・ぐぅ・・・・・」

 

真っ赤な唇から嗚咽のような声が漏れる。

 

亨の分身が喉深くまで到達しているために、息も満足にできなかった。

 

「んんっ・・・ぐぅぅ・・・・・」

 

唇が引きちぎられるほど大きく開き、女はもがき苦しみながらも必死に顔を振って享自身を愛撫した。

 

どんなにつらく苦しくても、相手を満足させなければこの行為から逃れられないことを女は身に染みて知っていた。

 

しかも相手は大物政治家を父親に持つ実業家、大江原亨である。

 

少しでも機嫌を損ねてしまったら、どんな目に遭わされるか分かったものではない。

 

実際、高級コールガールの中でも亨を怒らせた女は、どんなに上客がついていようと容赦なくソープランドに売り飛ばされる。

 

高級コールガールは相手が官僚や政治家だけあって、収入がよかった。

 

客と寝ている以外は自由な時間もあり、ヒモのような男もいない。

 

亨の言いつけどおりに客と寝ていれば、多少の贅沢も楽しめるのだ。

 

「もっと奥までのみ込めっ、それでもコールガールか?」

 

亨はイライラしたように女に向かって叫んだ。

 

女は、今にも意識を失いそうなくらい喉の奥まで巨根をのみ込んでいる。

 

いつもなら十分に満足するフェラチオなのだが、今日の亨は、遼一の一件でものすごく不機嫌だった。

 

不機嫌というよりも、怒り爆発という感じである。

 

「・・・もっとだ・・・もっと深く・・・」

 

亨はその怒りを表すかのような鋭い眼差しで、ベッドの上の遼一をじっと見つめていた。

 

遼一の顔を見ていると、遼一にフェラをされているかのような気分になってくる。

 

遼一の舌技は絶妙で、コールガールなど束でかかっても敵わないような快感を亨に与えてくれるのだ。

 

そして遼一の手が繰り出すウルトラスペシャルマッサージは、この世のものとは思えないような、女とのセックスでは決して味わえないような快感を味わうことができる。

 

亨は、遼一に対して特別な感情は持っていなかったが、遼一の口と手だけは愛しいと思っていた。

 

その遼一が亨の目を盗み、他の男と愛し合い、自分だけの楽しみであったウルトラスペシャルマッサージまでしたという。

 

亨は、自分ではどうしようもないくらい、頭に血が上っていた。

 

そのどうしようもない怒りが、女へと向けられる。

 

「・・・遼一・・・。見ているがいい。お前の前で宇宙という男の大事な部分を切り取ってやる」

 

女の髪を掴み上げ、激しく前後に揺すりながら亨は言った。

 

ビクッと、遼一の身体が震える。

 

その反応を見ていた亨が、追い打ちをかけるように言葉を続けた。

 

「だがその前に・・・宇宙を恭也やヤクザたちに犯させ、ヒーヒーと泣き叫んでいる姿をビデオに撮ってやろう。きっと面白いビデオが撮れるぞ」

 

遼一の上半身がわなわなと震え、眉尻が吊り上がる。

 

唇はキュッときつく、横一文字に結んだままだった。

 

遼一が動揺しているさまが小気味よくて、亨は次々とひどい言葉を投げつけた。

 

「そのビデオを売ってもいい。デジカメで撮って、ネットで流して儲けるという手もあるな。『現役の教師の実情』という題名で売り出すんだ。どうだ?いい案だろう?」

 

亨のその言葉に、さすがの遼一も切れてしまった。

 

ベッドから飛び降りて、亨に飛びかかろうとする。

 

だが足枷が、遼一の行く手を遮った。

 

ドタンッと、右足だけをベッドの上に残し床に倒れこんでしまう。

 

「宇宙に手を出したら、許さないっ!お前を・・・絶対許さないっ。必ずお前を後悔させてやる」

 

床にうつ伏せで倒れている遼一が、足枷を外そうとしてもがきながら亨に向かって言う。

 

格好はなんとも情けなかったが、遼一の目はその言葉が嘘でないことを告げていた。

 

それは、今まで向けられたことのない血なまぐさい修羅の目だった。

 

髪を掴んで揺らしていた亨の手が、一瞬止まってしまう。

 

こんな状況でありながらも、全身から立ちのぼるような覇気と気迫はいったいなんなのだろうか?

 

屈することをあくまでも拒否し続ける、遼一の目。

 

足枷がなければ本当に亨に飛びかかってきそうな、殺気だった目。

 

それはまぎれもなく、紅林組組長の息子だと立証するような目だった。

 

紅林組は今、組長の命令でやっきになって愛人の子供である遼一の存在を確かめている。

 

死んだとされている遼一を、懸命に捜している。

 

もし紅林組の者たちが、次期組長である遼一が十年というもの男の囲われ者として生きてきた事実を知ったらどうするだろうか?

 

手を貸している恭也の竜胴組との全面戦争は避けられないだろう。

 

だがそれでも、亨は遼一を手放す気にはならなかった。

 

亨の中に、初めて嫉妬が湧き上がってくる。

 

僚一に対して、嫉妬心を抱いたのは初めてだった。

 

「もういいっ。立って向こうを向いて脚を広げろ」

 

ベッドの上に女の上半身をうつ伏せにして、腰を突き出させる。

 

女は次に何をされるか承知をしていて、素直にドレスの裾を持ち上げ、両脚を広げた。

 

女は最初から下着はつけていなかった。

 

女の濡れそぼっている花園が、亨の目の前に広がっている。

 

亨は乱暴に分身を花園にあてがい、一気に突き刺した。

 

「あぁぁぁ・・・・・」

 

女が悲鳴のような声を上げて、ベッドのシーツをきつく掴む。

 

ちょうど、下からその様子を見上げるような格好になった遼一は、亨の巨根に貫かれ悲鳴を上げている花園を目の当たりにした。

 

「さ、裂けちゃう!」

 

女がたまらず腰を引いて叫ぶ。

 

だが亨は女の長い髪を乱暴に引っ張って、もっと強く巨根を打ちつけた。

 

「あっ・・・ひぃぃーーーーーーっ!」

 

女が絶叫する。

 

それほど、亨の分身は硬くて太かった。

 

女の手首ほどもありそうである。

 

グチャグチャと淫らな音を立てながら、僚一の上で腰を揺すり女を犯していく。

 

女の花園からはいつの間にか鮮血が垂れていた。

 

「もう、やめるんだ。これ以上やったら・・・・・」

 

泣き叫んでいる女を見ていられなくなった遼一が、たまらず言う。

 

だが亨は、構わずもっと乱暴に花園を壊すような勢いで腰を動かしてた。

 

「ひぃぃぃーーーーーっ」

 

「ここで男をくわえ込むことが商売なんだ、こんなことで音を上げてどうする?」

 

と、言った亨が、女のもう一つの穴に中指を挿入していく。

 

「あっ・・・ひっ・・・あぁぁぁっ・・・・・」

 

巨根と中指を根元まで突っ込まれた女は、ヒーヒー泣きよがりながら許しを求めた。

 

だが亨はまだ、解放してやる気にはならなかった。

 

「もう、やめろと言ってるんだっ!」

 

そう叫んだ遼一が、床を這うようにして亨の足元にしがみつく。

 

なんとか亨の行きすぎた行為をやめさせようとする。

 

だがそれでも亨は、女を犯す行為をやめようとはしなかった。

 

「お前が変わってくれるのか?」

 

激しく腰を前後に揺らしながら、亨は遼一を見つめて言った。

 

人間の温かみなどまったく感じられない亨の言葉を受け、遼一は一瞬言葉を詰まらせた。

 

「お前が代わるというまで、女は犯し続ける。女がこのまま狂おうが死んでしまおうが・・・俺の知ったことではない。すべての責任はお前にあるんだからな、遼一」

 

亨はそう言って、女のもう一つの穴に挿入している指を二本に増やす。

 

そしてうっすらと血が滲んでいる蕾に、二本の指を一気に挿入した。

 

女の花園には、亨の巨根が根元まで埋め込まれている。

 

「ひっ・・・あぐっ・・・うぅぅ・・・・・」

 

上下から同時に刺し貫かれた女は、くぐもったような呻き声を上げて目を白黒させた。

 

だらしなく開いた口端からは、唾液が滴っている。

 

「ゆ、許して・・・くださ・・・・・・」

 

女が泣きながら許しを請う。

 

だが亨の動きは激しさを増すばかりで一向に止まらない。

 

「指二本では不服か?ではもう一本増やしてやろう」

 

亨は面白そうにそう言うと、血が付着している二本の指を引き抜き三本に増やした。

 

そして逃げようとする女の腰を片手で押さえながら、三本の指を蕾に挿入していく。

 

「ぎゃっ・・・・・」

 

さすがにきつくて、強引に挿入しようとしてもなかなか入らなかった。

 

女は商売柄、アナルセックスには慣れていたが、それはローションを使ったり十分に解したりした上での行為であった。

 

まだなんの準備もされていない蕾を、こんなに強引に犯されたことなどない女の蕾は、とたんに悲鳴を上げていた。

 

「おっと・・・。裂けたか?」

 

鮮血が指を伝ったのを見て、亨がニヤッと笑って言う。

 

その様子を見ていた遼一はもう限界とばかりに亨に言った。

 

関係もない女がセックスというリンチに遭うことに我慢ができなかった。

 

こんなひどいやり方をして、このままでは本当に殺されてしまうかもしれない。

 

「待てっ!分かったから・・・待て・・・」

 

遼一が苦しそうに言う。

 

「何が分かったんだ?」

 

亨が女の花園をわざと壊すように搔き回しながら、遼一を見る。

 

遼一は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、項垂れた。

 

「・・・あなたの言うとおりにする。だからその女を解放してやってくれ」

 

と、遼一がやっとの思いで言うと、亨は満足そうに両目を細めた。

 

「言い方が気に入らない。ちゃんといつものように言ってみろ」

 

亨が遼一の髪を掴み上げ、すっかり腫れの引いた顔をじっと見つめながら言う。

 

遼一は心の中では決して屈しないと思いながらも、見ず知らずの女を犠牲にしたくはないと口を開いた。

 

「・・・あなたの言うとおりにします。だから・・・その女を解放してください」

 

そう言った遼一が、くやしそうに唇を血が出るほど嚙みしめる。

 

そんな遼一を見てやっと心の中のもやもやが晴れた亨は、女の尻を蹴飛ばすようにして床に転がした。

 

「さっさと行けっ。もうお前に用はない」

 

亨の言葉を受けた女は、白い内股に鮮血を流しながら、ヨロヨロと立ち上がってドアから出ていく。

 

病室の外には見張りのヤクザが数人立っていたが、こういう状況に慣れているのか、女の悲惨な姿に顔色を曇らせる者はいなかった。

 

バタンとドアが閉まり、病室の中には遼一とヌラヌラと真っ赤に光っている巨根を見せびらかしている亨がいるだけだった。

 

「今言った言葉が本当かどうか、確かめてやる。お前にはめたいと思ったのは初めてだが、俺を裏切った罪の重さを味わうにはちょうどいいだろう。ベッドの上で四つん這いになれ。女のように、尻を突き出すんだ」

 

亨はそう言って、遼一の髪を引っ張った。

 

戸惑い、どうしようかと迷った遼一だったが、女のことを思い出してベッドの上に上がった。

 

そして言われたとおりの格好をする。

 

「ガウンを脱げ。全裸になるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京スペシャルナイト 下 6

「・・・起きろ」

 

遼一は、聞き慣れた声に起こされて目を開けた。

 

目の前には、高価なスーツに身を包んだ亨がものすごい形相で立っていた。

 

そして亨の横には、恭也と数人のヤクザが並んでいた。

 

「と、亨様?」

 

遼一は、ベッドの上で飛び起きた。

 

遼一の両手の自由を奪っていたロープは、三日前に解かれていた。

 

だがその代わり、右足に足枷のようなものを嵌められ、ベッドから逃げられないようになっていた。

 

点滴の処置は昨日で終わっていた。

 

今は痛み止めと化膿止めの飲み薬を、食後に飲むだけとなっていた。

 

遼一の回復力は驚異的なものだった。

 

気の弱そうな医師も、遼一の銃弾の跡が日ごとに治っていくさまを見て驚いていた。

 

「胸を恭也に撃たれたそうだな?傷の具合はどうなんだ?」

 

亨は今までにないくらい怒っている様子だった。

 

ドアの入り口で小さく縮こまっていた医師が、震える声で病状を説明する。

 

その説明を最後まで聞かないうちに、すっかり腫れの引いた遼一の顔を近くで見るために、顎を掴んだ。

 

目の周りの腫れは引いたが、眉の上を切った部分が、赤くなっていた。

 

「顔は殴るなと言ってあるはずだ・・・」

 

亨は、そう言うなり横に立っていた恭也を厳しい表情で睨んだ。

 

だが恭也は、冷静な顔を崩そうとはしなかった。

 

「少々抵抗しましたので、仕方なく」

 

「仕方なくだと?なんのためにお前を雇ってると思ってるんだ?ええっ!?」

 

遼一の顎から離れた手が、恭也の襟元を締め上げる。

 

黒いスーツ姿の恭也はまったく抵抗せず、苦しげに整っている眉を歪めた。

 

「申し訳ございません・・・」

 

「申し訳ないで事がすめば、警察はいらないんだっ!」

 

亨の怒鳴り声が個室の病室に響く。

 

気の弱い医師は、その声にビクッと身体を震わせた。

 

白いガウンを着ている遼一も、一瞬背筋を凍らせる。

 

こういうときの亨の恐ろしさは、身に染みて知っている。

 

一度、見知らぬチンピラたちと喧嘩をして顔にひどい怪我をしたとき、亨は怒って僚一の身体に拷問を加えたことがあった。

 

亨は遼一の顔とスペシャルマッサージをする手を気にっているのであって、身体はどうでもいいのだから、拷問によって身体に多少の傷がついてもいいと思っていた。

 

遼一と喧嘩したチンピラたちはその後、恭也たちによって半殺しの目に遭わされたことは言うまでもなかった。

 

亨は、異常なほど遼一の顔と手に執着していた。

 

「手は・・・無事なんだな?」

 

キリキリと恭也の襟元を絞め上げながら、亨が聞く。

 

すると恭也は、苦しそうになんとか言葉を発した。

 

「は・・・ぐう・・・はい・・・」

 

その返事を聞いて、亨が手を緩めてやる。

 

そしてもう一度、ベッドの上で上体を起こしている遼一の顔をまじまじと見つめた。

 

「顔の傷が治ったら知らせろ。そして何がなんでも春日宇宙を探し出せっ。顔の傷が治るまでに宇宙とかいうガキを捜せなかったらどうなるか、分かってるな?」

 

亨は、そう言って恭也の顎をきつく掴む。

 

顎を掴まれた恭也は、一瞬ビクッと身体を震わせた。

 

こんなふうに亨が恭也に触れたことは初めてだった。

 

たとえ怒りの表れであったとしても、密かに亨を愛している恭也には大きな喜びだった。

 

「は、はい。承知しています」

 

目が自然と潤んでしまう。

 

「それと、そこの医者!顔の傷が完璧に治るのはいつだ?」

 

「は、は、はい・・・その・・・三日後には・・・」

 

「三日後だな?では三日後にまた来る。そのときは・・・不埒なことを考えた罪深さを詫びるつもりで一生懸命に口と手で仕えるんだぞ。顎が外れるまでしゃぶり続けろ。いいな遼一?」

 

と、亨が遼一に向かって言う。

 

いつもなら「はい」と心ならずも返事をする遼一だったが、宇宙との真実の愛に目覚めてしまった遼一は、今までの遼一とは違っていた。

 

帰ろうとしていた亨の背中に向かって「嫌です」とはっきりと言い放つ。

 

その言葉を聞いたとたん亨の足が止まり、ゆっくりと遼一のすぐ近くまで歩み寄った。

 

怒りが渦巻く黒い瞳は、少し細められていた。

 

「なんだと?今、なんて言ったんだ遼一?もう一度言ってみろ」

 

遼一の顎を掴み、亨が低い声で聞く。

 

遼一は顎をきつく掴まれたまま、しつかりと亨の瞳を睨みつけた。

 

「嫌だと言ったんです。私はもう、あなたの所有物じゃない」

 

遼一の瞳が、キラリと光る。

 

亨はおもむろに眉間に皺を寄せた。

 

「私に対していつからそんな口を利くようになったんだ、遼一?お前の出方次第では今回のことは水に流してやってもいいと思っていたのに。それがどうだ、ええ?チンピラにシャブ漬けにされて海外に売り飛ばされるところを救ってやった恩も忘れて、よく言うぜ」

 

亨は吐き捨てるようにそう言って、空いている手で遼一の左腕を掴み上げた。

 

「あうっ・・・」

 

とたんに、引き攣るような痛みが遼一を襲う。

 

左腕を無理やり引き上げられた遼一は、銃で撃たれた左胸の傷口が開きそうな声を上げた。

 

傷口は塞がってはいるが、今無理に動かしたら傷口が開いてしまう。

 

だが亨は、それを承知の上で遼一の左腕を強引に引っ張った。

 

「いっ・・・あうっ・・・・・」

 

「痛いか?だが、自分の立場を思い出すにはいい痛みだろう?ん?」

 

ギリギリッと腕を締め上げながら、遼一の耳元で亨が囁く。

 

意識を保つのも困難なその痛みは、決して屈しないと誓った遼一の精神に多大な負担をかけていた。

 

いつもなら、ここで屈している。

 

だが、負けるわけにはいかないのだ。

 

こんな自分のために命をかけて誓ってくれた宇宙のためにも、ここで屈するわけにはいかない。

 

「離してください。今の私にはどんな拷問も無意味です。私はもう・・・何があっても・・・どんなことをされても・・・あなたには屈しないと誓った。借金があろうがなかろうが、そんなことは関係ないっ」

 

亨に反抗するのも初めてだが、こんな乱暴な口を利くのも初めてだった。

 

腕を掴み上げていた亨が、自分のいいなりにならない遼一を目の前にして、ギリリッと奥歯を噛みしめる。

 

こいつ、いったいどうしてくれようかと考えあぐねいている歯軋りだった。

 

「この私に向かって、いい度胸だな?だが生憎とどんなに凄もうと抵抗しようと、私はお前を手放すつもりなど毛頭ない。両脚を切断してでも私の手元に置いてやる。そして一生、お前は私に仕えるんだ。その口と手を使ってな・・・」

 

「嫌だ!離せっ、腕を離せっ」

 

遼一は亨のいやらしい言葉を聞いたとたん、身体の中で何かが弾けてメラメラと燃え上がったのを感じた。

 

今まで感じたことのない、怒り、憎悪、そして修羅の心が次第に目覚めていく。

 

今までは、どんな拷問を受けても決してこんなふうに身体中に火が点いたように熱くはならなかった。

 

こんなふうに心の奥底から闘志や勇気が湧き上がってきたことなどなかった。

 

遼一は、まだ力の入らない身体で懸命に亨の束縛を逃れ、ベッドから降りようとした。

 

だが足に手錠のような枷が嵌められていて、ベッドを降りることができない。

 

足を引っ張ると、ガシャガシャッとスチールの鎖が擦れ合う音がする。

 

「足枷を外せっ。外せっ」

 

遼一は眉尻を吊り上がらせ、亨に向かって叫んだ。

 

だが亨が、足枷を外すはずがない。

 

遼一は、もっと激しくガシャガシャッと足枷を揺らした。

 

いつの間にか足首の皮膚が切れ、血が滴っている。

 

その光景を見ていた亨は、遼一が完全に以前とは違うことを知った。

 

亨の知っている遼一は、凄めばすぐにおとなしくなり、柔順な僕だったはずだ。

 

闘志と敵意と反抗心を剥き出しにした遼一を目の前に、亨は腹の底から怒りが込み上げるのを感じた。

 

遼一の自我を目覚めさせ、こんなふうに変えてしまった宇宙という男。

 

その男の存在が、遼一のずっと奥底に眠っていた修羅の心を呼び起こしてしまったというのか。

 

遼一の出生の秘密を知っている亨は、一瞬恐怖のような感情を抱いた。

 

遼一に対して恐怖を感じるなど、どうかしている。

 

だがあの目は、死んでも言うことを聞かないと訴えている目は、確かに修羅のものだった。

 

最愛の息子を失った紅林組の姐御から、今は亡き愛人の子供を抹殺してほしいと依頼があったあのとき、殺してしまったほうがよかったのかもしれない。

 

そんな考えが、一瞬亨の頭をよぎる。

 

あのとき父親である大江原権蔵は、利用価値があると言って、遼一を殺さず手元で飼うことを選んだ。

 

そしてそれを引き継いだ亨だったが、いつしか本気で遼一の手や口の妙技に溺れていた。

 

だが、今の牙を剥いた遼一では話は別だった。

 

いったん目覚めてしまった修羅の魂を心の奥底にしまい込むことはもうできないのだ。

 

やはりあのとき、殺しておくべきだったのではないだろうか?

 

紅林組の姐御には用意した別の焼死体を見せ、納得させた。

 

組長は納得していない様子だったが、いつか紅林組を動かすときに利用できると思ったのだ。

 

十年という歳月の中で、飼いならしたと思っていたのに。

 

このまま猫のように逆らわずおとなしくしていたら、一生飼ってやろうと思っていたのに。

 

あの宇宙とかいう男のせいで、遼一が変わってしまった。

 

あの宇宙という教師のせいでっ。

 

「恭也!宇宙を草の根分けても探し出せっ!金を積んで人を雇え。どんな代償を払っても、宇宙を探し出すんだっ。いいな!」

 

「はい」

 

恭也は、わなわなと身体を震わせて怒っている亨の言葉に、短く答えて手で合図する。

 

合図を受けた数人の渋いスーツ姿のヤクザたちは、次々と病室を出ていく。

 

「抵抗したら、手脚を引きちぎってでも構わん。必ず生きたまま俺の元に連れてこいっ。いいな?」

 

病室を出ていく恭也の後ろ姿に向かって、亨が怒鳴り散らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京スペシャルナイト 下 5

宇宙がすべてを話し終わると、外はもう夜明けだった。

 

あれからずっとダンボールの小屋の中でこれまでの状況を丸君とてっちゃんに話していた宇宙は、誰かに聞いてもらったことに安心したのか、ふーっと肩の力を抜いた。

 

遼一のことをこんなにしゃべったのは、初めてだった。

 

ずっと一人で背負ってきた重みを、話を聞いてくれた二人が少しだけ一緒に背負ってくれたような気がして、宇宙はとても嬉しかった。

 

「・・・そうか。そんなことがあったのか。それは大変だったな」

 

不精髭がよく似合っているてっちゃんが、しみじみと言う。

 

「でもさ、その遼一っていう恋人だけど、よく逆らう気になったよな?だって相手はヤクザだぜ?それもそこらのチンピラじゃなくて、竜胴組の恭也っていったら、残忍非道でここらでも有名な極道だろ。俺だったら絶対逆らわねーな。尻尾を丸めて降参する」

 

宇宙の話を聞いた丸君が、驚いたように両目を見開いて言う。

 

まだ二十代前半の丸君の言っていることは、正論だと宇宙は思った。

 

本当にヤクザを相手に喧嘩を売るっていうんだから、尋常じゃない。

 

しかも遼一を囲っているのが大物政治家で有名な大江原権蔵だというんだから、丸君は脅えるのも当然だった。

 

宇宙もこのまま逃げ出してしまいたい。

 

今すぐに一人で東京を離れて、教師も辞めて、ヤツら目の届かないどこか田舎でひっそりと暮らすこともできる。

 

だが宇宙には、そんな考えはまったくなかった。

 

愛してる遼一を、自分を庇って撃たれた遼一を、このままにしておくことはできなかった。

 

自分自身はどうなってもいい。

 

殴られ、拳銃で撃たれた遼一だけは助けたいと本気で思っていた。

 

そのためだったら、相手がヤクザだろうがなんだろうが、ぶつかっていくしかない。

 

「・・・それで、宇宙はこれからどうするんだ?」

 

ずっと黙って話を聞いていたてっちゃんが、寒そうに両手を擦り合わせながら聞いてきた。

 

トレーナーの上にどこからか拾ってきたボロボロの茶色いコートを羽織っている宇宙は、膝を抱えて座ったまま、しばらく考えた。

 

季節はもう十一月。

 

ダンボールの中も外も、朝方はかなり冷え込んでいた。

 

「・・・分からないんです、どうしたらいいのか・・・。遼一を助けたい。ううん、助けなくちゃいけないことは分かっているんです。でも僕一人でどうしたらいいのか・・・全然・・・分からないんです」

 

宇宙は項垂れてそう答えた。

 

「そりゃそーだ。相手はあの恭也だしな」

 

すかさず、トレーナーの上に皺が寄った黒いオーバーを着ている丸君が大きく頷きながら言う。

 

宇宙はその言葉に、もっと深く頭を垂れてしまった。

 

助け出すという意気込みはあっても、その手段も術も準備も、いっさいなかった。

 

それに連れ去られた遼一の安否さえ分からないのだ。

 

今どこにいて、どうなっているのか。

 

生きているのか、死んでいるのか。

 

「・・・何も分からないんじゃ、しょうがない」

 

ボソッとてっちゃんが言う。

 

宇宙は少しだけ顔を上げた。

 

「遼一って人の安否も分からないんじゃ、思いきって相手の懐に飛び込むしかない」

 

「あ、相手の懐に飛び込む?それって・・・わざと捕まれってこと?」

 

宇宙が何かを言う前に、丸君が驚いたように口を挟んだ。

 

「そんなことしたらシャブ漬けにされて外国に売り飛ばされちゃうかもしれねーよ、てっちゃん。こいつ綺麗な顔をしてるから殺されることはないと思うけど、絶対そうなるって。日本人の美青年って結構いい値で取引されるって噂で聞いたことあるし。でもわざと捕まれっていうのは。まずいんじゃないのぉ?」

 

丸君が、てっちゃんに詰め寄りながら言う。

 

狭いダンボールの小屋の中は、三人の男でいっぱいいっぱいだった。

 

「だがそうでもしなきゃ、遼一って男の居場所はわからないよ」

 

「そ、それはそうだけど・・・さ・・・」

 

丸君が、頭をボリボリと掻きながら言う。

 

まるで自分のことのように一生懸命悩んでくれている丸君が、宇宙はとても好きになった。

 

今日初めて会ったのに、初めて会ったような気がしないのだ。

 

年齢も同じくらいだし、きっとどこかで会ったことがあるのかもしれない。

 

それにてっちゃんに対しても、宇宙は言葉では言いつくせないほど感謝していた。

 

裸で逃げ回っていた得体の知れない男をこうして匿ってくれて、衣服はボロボロで食べ物は賞味期限切れの拾い物だけど、ちゃんと調達してくれて。

 

わけを聞いてもじゃけんにするわけでもなく、追い払うわけでもなく、こうして親身になってくれる。

 

昔からの友人だって、ヤクザに追われていることを知ったら、きっとそっぽを向くのに。

 

まるで兄弟のように心配してくれる。

 

宇宙は、ここで二人に出会えた偶然を心の底から嬉しく思い、神様に感謝したい気持ちでいっぱいだった。

 

人間、見た目でその人を判断してはいけない。

 

宇宙は今さらながら、そんなことを思った。

 

てっちゃんと丸君がいてくれる・・・・・・そう思うと、不思議と勇気も湧いてきた。

 

宇宙は少しの間考えていたが、てっちゃんの言うとおり、今の状況では相手の懐に飛び込むしかないと決断した。

 

わざと捕まって、相手の出方を見る。

 

恭也ってヤクザに何をされるか分からないけど、遼一の安否や居場所を知るにはそれしかないのだ。

 

「でもさ、捕まった後はどうするんだよ、てっちゃん。捕まる以上、逃げ道も考えておかなきゃまずいよ」

 

丸君の心配そうな問いに、不思議と落ち着いているてっちゃんは宇宙を見つめながら言った。

 

「逃げる方法は考えてやる。宇宙は遼一の居場所を捜して、絶対一緒にいられるようにするんだ。どんなことがあっても遼一と一緒にいられるようにするんだ。二人一緒なら隙を見つけて逃げ出すこともできるだろう?」

 

「・・・でも方法っていっても・・・どうしたらいいのか・・・」

 

不安そうにてっちゃんを見つめ返して、宇宙が言う。

 

てっちゃんは、そんな宇宙の薄茶色の瞳を両目を細めるようにして見つめると、安心させるかのようにニッコリと笑った。

 

「大丈夫だ・・・と今ははっきりとは言いきれないが、死んでも遼一を助けたいという想いがあれば、どんな危機も乗り越えられる。どんな試練にも耐えられるはずだ。そうだろう?」

 

「はいっ。それは・・・」

 

宇宙は大きく頷いて、てっちゃんを見つめる。

 

真っすぐ見つめる宇宙の瞳は、澄んでいてとても美しかった。

 

嘘偽りのない、純粋な瞳だった。

 

その瞳に見つめられたてっちゃんは、何かを確信したように大きく頷いた。

 

「では、どうやって逃げ出すか考えよう。その手筈も早急に整えなければならないな・・・」

 

てっちゃんはそう言って、ダンボールの小屋から外の公園に出た。

 

早朝の公園には、犬の散歩をしている人が数人歩いているだけだった。

 

地面はいつの間にかすっかり乾いている。

 

「とは言ったものの・・・相手が恭也となれば・・・迂闊には動けないな」

 

不精髭を生やしている薄汚いてっちゃんは、そう呟いて太陽の下で大きく身体を伸ばした。

 

ダンボールの小屋から出てきた宇宙は、その姿はどう見ても普通のホームレスなのだが、何かが違うと直感していた。

 

身なりは汚くてダンボール小屋暮らしのてっちゃんだが、宇宙はてっちゃんの言葉の中に威厳のようなものを感じていた。

 

ただのホームレスのおじさんなのに。

 

どういうわけだか、ただのおじさんには思えない。

 

宇宙は思いきって聞いてみた。

 

「あの、てっちゃんは・・・どういう人なんですか?ただのホームレスには見えないんですけど?」

 

てっちゃんは、宇宙の問いに背中を向けたまま答える。

 

「俺はただのホームレスだよ」

 

と、てっちゃんが答えると、宇宙の横に立っていた丸君が、その答えを知っているかのようにニヤッと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京スペシャルナイト 下 4

恭也は、車の後部座席で考えていた。

 

初めて遼一を見たのは、十年前だった。

 

恭也は二十五歳になったばかりの、まだ使いっ走りのヤクザの一人だった。

 

だが亨の父親である『大江原権蔵』はそんな恭也になぜか目をかけてくれた。

 

『その冷酷な目と狡猾さが気に入った』と、大物政治家の大江原は言った。

 

そしてそんなある日、重要な任務を任される。

 

それは、上京してきたばかりの青年を罠にはめ、自由を束縛するという役目だった。

 

なぜ田舎の青年の自由を束縛する必要があるんだ?

 

恭也は、最初そんな疑問を抱いた。

 

だが大江原の機嫌を損ねたくなくて、恭也は言われるがまま命令に従った。

 

青年が入った店はごく普通のスナック喫茶だった。

 

決してヤクザが絡んでいるような、高値を要求するぼったくりの店ではない。

 

だからこそ恭也はそのママに脅しをかけ、青年に高値を要求させた。

 

案の定、青年はそんな大金を持ち合わせていなかった。

 

そこでいよいよ、恭也の登場となった。

 

仲間のヤクザたちと青年を拉致すると、そのまま晴海埠頭の倉庫に監禁した。

 

何も与えず、真っ暗で汚い倉庫に監禁されていた青年は、すっかり脅えていた。

 

柄の悪いヤクザたちが芝居をして、大江原権蔵に青年を売り飛ばす。

 

そして売り飛ばされた青年はその日から自由を失い、監禁と欲望の毎日を送ることとなった。

 

あのとき、大江原ほどの大物政治家が、なぜ田舎出の青年にそこまでこだわるのか分からなかった。

 

確かに顔は整っていて、人目を引く。

 

だが、大江原がヤクザたちに、金を払ってまで青年を捕らえた理由は他にあるように思っていた。

 

そしてその理由を知ったのは、大江原である亨に青年が譲られたときだった。

 

ヤクザの世界に入り、裏のルートで大江原亨と知り合ってからというもの、恭也は亨を特別の存在として意識するようになっていた。

 

恭也はこの頃から、亨を密かに愛するようになっていた。

 

そして罠にはめた青年が、あるヤクザの組長の隠し子であることを知ったのもこの頃だった。

 

日本全土を統合している藤堂組。

 

その傘下に与している巨大組織、紅林組組長の隠し子。

 

紅林組は、恭也が世話になっている竜胴組と肩を並べるほどの暴力団組織だった。

 

その事実は、恭也を大いに驚かせた。

 

あんな世間知らずのただの男に、紅林組組長の血が流れているとは。

 

「あのとき、うちの組長は紅林組の姐さんから隠し子を密かに殺すように頼まれていた。だが大江原先生はその隠し子に利用価値があると考えて、うちの組長を説得し、その隠し子は殺したことにして手元に置いた。いつか必ず利用するときが来ると察していたんだ。それにしても、大江原先生の千里眼には脱帽だな・・・」

 

恭也は後部座席に一人で座ったまま思い出したように、確認するように独り言を言っていた。

 

あのとき、殺しておけばよかったという後悔と生かしておいて正解だったという思いが、交錯する。

 

「その隠し子というのがあの遼一だ。愛人だった母親は幼い頃に他界し、養父母たちはごく普通のサラリーマン家庭。俺たちの世界とはまったく関係のない家庭環境で育っているはずなのだ。だが遼一のあのときの目・・・。宇宙の前に立ち塞がったときの目は、確かに俺たちと同じ極道のものだった。あれは・・・修羅の目だった」

 

恭也は思わず一歩引いてしまった自分を叱咤するようにそう言ってから、煙草を口に銜え、ライターで火を点けた。

 

深く一服し、遼一の眠っていた本性が現れた瞬間を思い出す。

 

「まったくっ。血は争えねーってことか」

 

吐き捨てるようにそう言って、恭也は逃がしてしまった宇宙のことに頭を切り替えた。

 

遼一を捕らえることに成功しても、宇宙を逃してしまったのは恭也の失態だった。

 

大江原亨は、遼一さえ取り戻せば、宇宙を逃がしてしまったことはたいして問題にしないだろう。

 

だが恭也自身、納得できないところがあった。

 

発砲し、遼一を気絶させてから警察が来るまでの間、チンピラたちに宇宙の後を追わせた。

 

外はどしゃぶりの雨。

 

一糸まとわぬ姿の宇宙を探すことなどたやすいと高を括っていたのに、チンピラたちは最後まで宇宙を見つけることができなかった。

 

「あいつ、いったいどこに逃げ込んだのか・・・。ホテルというホテルを虱潰しに捜したというのに、どこにもいなかった。裸じゃ街中を逃げるわけにもいかねーだろうに・・・」

 

恭也は憎らしそうにそう言って、携帯のリダイヤルを押した。

 

すぐに携帯に出たのは、ホテル街に残してきたチンピラの一人だった。

 

「まだ見つからないのか?いったいどこを捜してるんだ!」

 

言い訳を繰り返すチンピラに激怒した恭也が、後部座席で怒鳴り散らす。

 

「いいか!宇宙を見つけるまで帰ってくるなっ!組の事務所へも出入りを禁じるからなっ」

 

恭也はそう言って携帯を切り、黒い革のシートに放り投げてしまう。

 

そして、それから両腕を組んで考え込んだ。

 

「・・・とにかく一週間後。遼一を見た亨様がどういう反応をするかだな・・・」

 

拳銃で遼一に怪我を負わせるつもりなど毛頭なかった恭也は、つい撃ってしまったあのときの自分を叱咤した。

 

多少身体を痛めつけても、亨は遼一の顔や身体に跡が残るような行為は決してしなかった。

 

亨は今、ロサンゼルスに行っている。

 

帰国するのが一週間後。

 

それまでに遼一の傷がどこまで回復しているかが問題だった。

 

恭也は、頭痛がしてきた頭を抱えるように、後部座席に深く身を沈めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京スペシャルナイト 下 3

ポチャッと、雨が床に落ちる音がして遼一は目を覚ました。

 

「あうっ・・・」

 

動こうとしたが、左胸が焼けるようにひどく痛む。

 

それに全身のいたるところが苦痛を訴えている。

 

ここは、どこだ?

 

遼一は、腫れていてよく目が開かないのを承知で、自分が置かれている周りの状況を見た。

 

両手を頭の上で一つにされ、縛られた状態でベッドに仰向けに寝ている。

 

消毒液の鼻をつく臭いと白いカーテン。

 

ここは病院?

 

遼一がそう思うと、誰かがドアを開けて入ってきた。

 

遼一はまだ意識のないふりをして目を閉じた。

 

「・・・・・で、胸の傷はどうなんだ?」

 

恭也の声だとすぐに分かった。

 

「は、はい・・・。弾は抜きましたので・・・大丈夫だと・・・思います」

 

恭也を恐れているのか、医者らしき男の声が震えているのが分かる。

 

遼一は、目を瞑ったまま二人の話に耳を傾けていた。

 

「いつ頃、目が覚めるんだ?」

 

「あと、三十分ほどかと・・・」

 

「三十分か・・・」

 

恭也は何やら考えるようにそう呟き、遼一の顔を覗き込んだ。

 

チンピラたちに殴られ、ひどく腫れている目の上からは出血していた。

 

意識のない間に手当てされ、ガーゼや絆創膏を貼られた遼一の顔は、元の男らしく整っている顔からは想像できないほどひどかった。

 

「せっかくの男前も台なしだな。ふふっ・・・」

 

息がかかるくらい近くでそう呟いて、恭也は笑った。

 

その笑いが不気味で、遼一は背筋を震わせた。

 

この男はいつもそうなのだ。

 

何を考えているのか分からないところがある。

 

「この男を一週間以内にちゃんと綺麗に、見られるようなナリにするんだ。いいな?」

 

「い、一週間ですか?顔の腫れや全身の打撲はなんとかなりますが、胸の傷は一週間では・・・どうしようも・・・」

 

と、まだ若い医者が声を震わせながら言う。

 

すると恭也は、バンッと激しくドアを蹴り上げた。

 

ガラスが入っていた部分が、その衝撃で割れてしまう。

 

「ひぃっ・・・」

 

「俺が一週間で治せと言ったら治せばいいんだ。分かったな?」

 

「は、はいぃ・・・・・」

 

医者はすっかり脅えてしまって、悲鳴に近い声を上げて答えていた。

 

意識のないふりをしている遼一は、胸に受けた銃弾の痛みに耐えながらじっとしていた。

 

「一週間後、また来る。その時は亨様もご一緒だからな。いいな、必ず見られるように治しておけよ。そうでなければ、今度はお前がこういうことになるかもしれないぞ?」

 

恭也の脅しは、まだ若い医師を心底から震え上がらせていた。

 

「は、は、はい。必ず・・・」

 

何か弱みでも握られているのだろう、ヤクザやチンピラたちの怪我を専門に診るこの医者は、必死に返事をしてベッドに寝ている遼一を見下ろした。

 

「見張りを残していく。あとは頼んだぞ」

 

煙草に火を点けた恭也がそう言って、白い病室から出ていく。

 

遼一の治療をしている病院は都内にあり、賭け事でつくった莫大な借金の代わりに、こうして拳銃でできたような、表沙汰にできないような怪我を内密で診療していた。

 

「顔はなんとかなるが・・・胸の拳銃の傷は癒えない・・・。くそっ、どうしたらいいんだ?」

 

医師は恭也がいなくなると吐き捨てるようにそう言って、壁を足で蹴った。

 

ずっと意識のないふりをしていた遼一は、医師と二人きりになるとそっと目を開いた。

 

「・・・先生?」

 

遼一に突然呼ばれた医師は、ビクッとしてベッドの上を見る。

 

両手を頭の上で一つにされ、ロープでベッドのパイプに縛られている遼一が、片目で医師を見つめていた。

 

「き、気がついたのか?」

 

「もうずっと、気づいていました」

 

点滴の器具を見上げて、遼一が言う。

 

すると、メタルフレームの眼鏡を掛けた見るからに気の弱そうな医師は、不自由そうな遼一をなんとかしてあげようと思ってロープに手を伸ばした。

 

だが慌てて、その手を引っ込める。

 

「す、すまない・・・。不自由だろうがそのまま我慢してくれ。意識が戻っていたんなら分かるだろう?私は恭也に逆らえないんだ。賭け事で借金をして・・・小さいが親から譲り受けたこの病院も抵当に入ってる。せっかく医者の免許を取得したっていうのに、賭け事さえしなければこんなビクビクした生活をしなくてもすんだのに・・・」

 

やせ細っている医師はそう言って何度も壁を蹴り、自分の愚かだった行いを悔やんだ。

 

だがいくら悔やんでも起こってしまったことはどうしようもないのだ。

 

それは遼一自身、身に染みてよく分かっている。

 

遼一は、胸の痛みに顔を歪めながら静かな口調で医師に言った。

 

「今さら悔やんでも仕方がない。それより、今の状況から少しでも早く抜け出すことを考えたほうがいい」

 

「そんなこと、そんなことは分かっているっ!だけど・・・借金が膨れ上がってもう自分ではどうすることもできないんだっ。あの男の言いなりになっているしか・・・うぅっ・・・」

 

三十前の青白い顔をした医師はくやしそうにそう言って、涙を流した。

 

頬を伝う涙を拭う手が、震えている。

 

遼一は自分自身を落ち着かせるように、大きく息を吐いた。

 

そしてしばらくの沈黙の後、口を開く。

 

「・・・胸の傷の具合はどうなのかな?」

 

医師は涙を拭きながら、その問いに答える。

 

「弾は抜いたけど、二週間の安静は必要だ。傷口が完全に塞がるには三週間かかる」

 

「そう・・・か・・・」

 

「だけど、あなたは運がいい。あと少しずれていたら心臓を撃ち抜いていた」

 

少し気持ちが落ち着いたのか、医師が少し笑いながら言う。

 

それを見た遼一は、腫れた顔を緩めた。

 

笑うと、やっぱり痛い。

 

「運がいいか・・・。だけど私もあなたと同じで、過去の過ちをいつも後悔している。あのとき、どうして・・・ってね」

 

と、遼一が話すと、医師は興味を持ったのか顔を覗き込んだ。

 

「あなたも・・・恭也に弱みを握られているんだ」

 

「いや、私が弱みを握られているのは恭也のボスなんだ。ボスは、一週間後にここに来る」

 

「と、亨様に?」

 

亨を知っているのか、医師は亨の名前を聞いたとたんに震えだした。

 

表の顔と裏の顔を持つ亨の性格をよく知っているようだった。

 

「・・・かわいそうに・・・。一生抜けられないよ・・・」

 

医師は同情するように遼一を見下ろす。

 

だが遼一は、そんな同情を大胆不敵そうな笑いで消し去った。

 

「いや、抜けてみせる。私はなんとしても、今までの状況から抜け出してみせる。宇宙にそう誓ったんだ」

 

遼一の綺麗な瞳を垣間見た医師が、驚いたように後ずさる。

 

こんなにひどい目に遭っているのに、自分の意思を決して曲げない遼一に驚愕した様子だった。

 

「宇宙って・・・あなたの恋人?」

 

点滴をもう一本追加しながら、医師が聞く。

 

遼一は管を通り針に落ちていく点滴を見つめたまま「そうだ」と答えた。

 

「宇宙のためだったら、私は死んでもいいと思っている。宇宙を守るためだったら、このまま野垂れ死んでもいい。だが、今はそんなことは言ってられない。ここを抜け出して宇宙を見つけなければ・・・・・」

 

と、言った遼一が突然ロープで縛られている腕を動かす。

 

なんとか、ロープを解こうとしたのだ。

 

だが、しっかりと固定されているロープは、体力をすっかり消耗した遼一が暴れたぐらいではビクともしなかった。

 

「だめだよ、点滴が外れてしまうっ」

 

「先生お願いしましすっ。ロープを外してください。私は宇宙を探さなければいけないんですっ」

 

遼一が片目で懇願する。

 

だが医師はその縋るような瞳から顔を逸らすと、もっときつくロープを固定した。

 

「あなたを逃したら、私がこういう目に遭うって脅されたんだ。残念だが、逃げ出すのは諦めてくれ」

 

「先生っ!」

 

医師が遼一を一人ベッドに残し、病室を出ていってしまう。

 

ドアの外には、恭也が残していったチンピラが二人、面白くないような顔で立っていた。

 

「おい、先生っ!何話してんだよ?」

 

「別に・・・何も・・・」

 

「先生は治療だけしてればいいんだって。余計なことしゃべるんじゃねーぞ?いいな?」

 

「・・・分かった・・・」

 

チンピラたちが廊下を歩いていく医師の背中に向かって叫ぶ。

 

その声は、部屋の中の遼一の耳にも届いていた。

 

「見張りは二人か・・・。くそ・・・胸を怪我してなければこんなロープすぐ外せるのに・・・うっ・・・」

 

無理にロープを外そうとして上体を揺すると、手術をしたばかりの傷口がものすごく痛む。

 

やはり今は無理か・・・。

 

うまくロープを外せたとしても、この怪我では二人のチンピラたちの目を盗むことも倒すこともできない。

 

「仕方がない。今は治療に専念するしかない・・・」

 

遼一は逃げ出すことをいったん諦めると、一時も早く怪我が治ることを祈った。

 

そして白い天井を見上げ、ラブホテルで別れた宇宙のことを思う。

 

「無事でいてくれればいいが・・・」

 

遼一は、必死に自分の名前を呼ぶ宇宙の姿を思い描いていた。

 

宇宙はあのとき、裸だった。

 

裸のまま、ホテル街からうまく逃げおおせただろうか。

 

それとも、恭也の手の者たちに捕らえられてしまったのではないだろうか。

 

いや、宇宙はまだ捕まっていないはずだ。

 

もし宇宙が捕まったとしたら、あの恭也のことだ、無理にでも自分を叩き起こしてその事実を告げるだろう。

 

きっとそうだ。

 

大丈夫、まだ宇宙は捕まっていない。

 

「大丈夫だ。宇宙はまだ捕まっていない。きっと・・・どこかにいる」

 

遼一は確信を持った声でそう言うと、痛み止めの薬に誘われるように眠りに落ちていった。

 

夢の中に出てきた宇宙は、純粋な瞳をキラキラと輝かせて微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京スペシャルナイト 下 2

「何か、食べるかい?」

 

白髪が交じった髭を生やしている男は、そう言って仕入れてきたばかりのハンバーガーを宇宙に差し出した。

 

賞味期限切れで生ゴミ用のポリバケツに入れられたのを、男はすぐに盗んできたのだ。

 

ラッピングされているハンバーガーを涙で潤んだ瞳で見つめ、宇宙は無言のまま首を横に振った。

 

さっきまでどしゃぶりだった雨は、いつの間にかやんでいた。

 

町中のネオンは、雨に洗われたように美しく光り輝いている。

 

雨が上がったので、人通りも多くなった。

 

表通りを行き交う人の声でわかる。

 

ホテル街の裏路地にあるホームレスが集まる小さな公園には、木の下に無数のダンボールで作られた小さな小屋が並んでいた。

 

どしゃぶりに遭ったので、ダンボールもヨレヨレである。

 

ハンバーガーを差し出した男は、早くも三つ目を平らげながら外に出た。

 

そして小屋の外に出て、濡れてだめになったダンボールを手慣れたように畳んでいく。

 

「もう雨は上がったようだ。よかった、よかった。濡れたダンボールの中で寝るのだけは嫌なんだ。グチャグチャして気持ち悪くて・・・」

 

袖口の破れた上着に丈の短いズボンを穿いている男は、独り言を言い、ハンバーガーを食べながら濡れて使い物にならなくなったダンボールを積み上げた。

 

宇宙は、相変わらず青い顔をして震えていたが、男にもらった薄汚れたシャツとトレーナーの上下を着ていた。

 

鼻をつく異臭がしたが、今の宇宙にはそんなことは関係なかった。

 

ホテルの中で見たあの光景が頭の中から離れない。

 

白いバスローブが、どんどん赤く染まっていく。

 

意識を失って倒れている遼一の姿。

 

そして遼一が言った「逃げろ」という言葉。

 

「あぁぁ・・・。どうしよう。どうしたらいいんだっ」

 

宇宙は、まだ雨で濡れているベンチに腰を下ろして頭を抱えるように叫んだ。

 

その様子をじっと見ていた不精髭の男が、偵察に行っていた仲間が帰ってきたことを知って振り返る。

 

「何かあったのか?」

 

同じような汚い格好をして息を切らしているまだ若い男に、やっとハンバーガーを食べ終わった髭の男は尋ねた。

 

「何かあったなんてもんじゃないって。今そこのラブホテルで発砲騒ぎがあって警察が来たところ」

 

「発砲騒ぎ?街のヤクザ同士の抗争か・・・何かか?」

 

髭の男が、ベンチに座ったまま凍りついている宇宙を見ながら、長い髪をボサボサにしている男に聞いた。

 

すると男は、ダンボールの上のハンバーガーに気づくなり急いで三つほど抱え込み、慌てて食べながら首を振った。

 

若い男は、三日間ろくなものを食べていなかった。

 

「わ、分からねーけど、警察が来る前に街のチンピラたちが慌てて逃げていったって、仲間が言ってた」

 

と、ハンバーガーを口いっぱいに頬張りながら若い男が言うと、それまで固まっていた宇宙は大慌てでその男の前に走り寄った。

 

「そ、その中に・・・白いバスローブ姿の男はいなかった?ねぇ、いなかったって?」

 

宇宙はボサボサ髪の男の襟元を掴み、前後に大きく揺すりながら聞く。

 

ハンバーガーを食べていた男は、喉にパンの塊を詰まらせ、苦しそうな顔をする。

 

「は、離せっ!なんだこいつ・・・いきなり・・・ごほっ・・・」

 

手荒く宇宙を突き飛ばした男は、ゲホゲホと咳き込みながらその場から遠ざかる。

 

だが宇宙は懲りずに、その男の後を追った。

 

「お願いっ、教えてください。大事なことなんですっ。チンピラたちに、白いバスローブを着た男の人が連れていかれなかった?誰か他に何か見ていないんですか?」

 

宇宙があまりに真剣な顔でしつこく言うので、男もいい加減逃げることを諦めた。

 

そしてシートの下に隠しておいた乾いたダンボールを引き出し、その上にドカッと腰を下ろしてから宇宙を指さした。

 

「てっちゃん。こいつ、なんだよ。てっちゃんが何かあったのか見てこいって言うから見に行ってやったのにさ」

 

男は気分を害したようにそう言って、不精髭の男を見つめた。

 

てっちゃんと呼ばれた男は「悪い、悪い」と言いながら、ハンバーガーをもう一つ放り投げた。

 

「それで勘弁してくれ。丸君」

 

「まぁ、しょうがないな。てっちゃんが言うんだから。おい、お前っ。そんなところに突っ立ってないで、話が聞きたかったらこっち来て座れ」

 

てっちゃんに丸君と呼ばれたボサボサ頭の若い男はハンバーガーを受け取ると、ポンポンとダンボールの敷物を叩いて言う。

 

宇宙は「はい」と返事をして、急いで丸君が座っているダンボールの上に正座した。

 

その素直な反応に、思わず丸君の不愉快さがどこかに行ってしまう。

 

「俺、丸って言うんだ」

 

「あ、あの・・・僕は宇宙と言います」

 

ペコっと頭を下げて宇宙が自己紹介をすると、丸君は宇宙の素直な性格にますます驚いたようだった。

 

「今どき、珍しく素直なヤツだな?それで、何が聞きたいって?」

 

「あの、だから白いバスローブの男を連れていかなかったかということなんですけど?」

 

正座している宇宙が、身を乗り出して丸君に聞く。

 

丸君は、宇宙の真剣な眼差しとこのあたりにはいない綺麗な顔立ちに一瞬見とれたが、てっちゃんの「ゴホン」という咳払いに気づき、すぐに我に返った。

 

そして見聞きしてきたことを、事細かに説明してやる。

 

「まぁ、俺が実際にこの目で見たわけじゃないから本当のところは分からねーけど、仲間の話によると、チンピラたちは意識のない男を一人連れていたと言っていた。白いバスローブを着て胸から血を流していたって言ってたけど・・・」

 

「遼一さんだ!やっぱり・・・連れていかれたんだ。どうしよう・・・」

 

話の途中だったが、宇宙は遼一が恭也に連れていかれたことを知ると、思わず泣き崩れてしまった。

 

そして両腕で震えている身体を抱きしめて、必死に恐怖と戦う。

 

だが、どんなに心を強く持とうとしても、あの光景が宇宙の決意の邪魔をした。

 

恭也が遼一を銃で撃ったその直後の光景は、本当に映画ワンシーンのようだった。

 

もしかしたら、もう死んじゃってるかもしれない!?

 

そんな恐ろしい考えが、宇宙の頭の中に浮かんでは消えていく。

 

あれだけ殴られた上に銃で撃たれて、どこかに連れていかれてしまったら、もう助からないかもしれない。

 

それにもし助かっていたとしても、どうやって助け出したらいいの?

 

街のチンピラたちを動かしているのは恭也である。

 

あの冷酷で情けを知らない恭也に捕まっている遼一を、どうやって助けたらいいの?

 

「あぁぁ・・・どうしようっ!どうしようっ!」

 

宇宙は泣きながら両手で顔を覆い、何度も叫んだ。

 

自分が今こうして生きていられるのも奇跡に近いことなのに。

 

チンピラやヤクザを相手にして勝てるわけがない。

 

「遼一さんが・・・死んじゃうっ。どうしよう・・・どうし・・・・・」

 

宇宙が取り乱して泣いていると、新しい小屋を木の下に立てていたてっちゃんは、ポンポンッと手を叩いて埃を落とした。

 

そして泣き崩れている宇宙の近くに来て、そっと肩を叩く。

 

「そんなところで泣いていないで、こっちに来て詳しく話してみろよ。素性もどこの馬の骨とも分からない俺だが、話を聞くぐらいはできるぞ。それにこのあたりは俺たちの縄張りだ。チンピラなんかよりも俺たちのほうがずっと詳しいんだ。ヤツらが知らないことも俺たちは知っている。どうだ、話してみるか?」

 

不精髭を生やしているてっちゃんが、優しい声で言う。

 

宇宙はその声を、まるで神様のように思いながら聞いていた。

 

地獄で仏に会ったような、そんな思いだった。

 

今はその声に縋るしかない。

 

「・・・うえっ・・・はい・・・うう・・・」

 

宇宙はやっとのことで返事をすると、てっちゃんが新しく作ってくれたダンボールの小屋の中へと入っていった。

 

丸君はダンボールの上に座ったまま、しばらくの間ハンバーガーを食べていた。

 

 

東京スペシャルナイト 下 1

※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事件等とはいっさい関係ありません。

 

桜井遼一は、幼い頃に母親を失った。

 

突然の病死だった。

 

悲しむ暇もなく、その後母方の親戚の間をたらい回しにされ、養護施設に入れられた。

 

そして六歳になったとき、心優しい養父母が見つかり、遼一を東北地方に連れていった。

 

自分たちの子供に恵まれなかった養父母たちは、とても優しかった。

 

遼一を心から愛してくれた。

 

今までの不幸が嘘のように、遼一に幸せが訪れていた。

 

だが、そんな幸せも長くは続かなかった。

 

高校の卒業式を一週間後に控えたある日、養父母たちは突然交通事故で亡くなってしまった。

 

悲しみに泣き崩れている遼一に、以前世話になった施設の女性が来て言った。

 

高校を卒業したら働きなさい。

 

遼一は、大学を進学することを諦めて、東京に上京した。

 

かつて母親と三年間だけ過ごした東京の空気に、遼一はなぜか懐かしさを感じていた。

 

身の回りの整理をして東京に越してきた最初の日。

 

遼一はあの事件に巻き込まれてしまった。

 

一生を棒に振るような、ぼったくりの店での事件を、遼一は一日たりとも忘れる事ができなかった。

 

どうしてあのとき、あの店に入ってしまったのだろうか。

 

どうしてアパートにいなかったのだろうか。

 

どうして?

 

その後遼一は、不本意ながらもこうして自分を責め続ける十年間を過ごしていた。

 

だが養父母の死やあの店での出来事がすべて仕組まれたことだったということを、遼一はいまだに誰からも知らされていなかった。

 

そしてそれが遼一の出生に秘密があるとは、考えもしないことであった。

 

東京スペシャルナイト 上 39【最終回】

「・・・お、お願い・・・遼一に・・・ひどいことしないで・・・」

 

ポロポロッと大粒の涙を流しながら、宇宙が恭也に訴えた。

 

恭也は頬を流れる涙をじっと見つめたまま、顎を掴んでいた。

 

「お前・・・。遼一のことより、自分の心配をしたほうがいいんじゃないのか?」

 

頬を流れる涙を、恭也が舌でペロリと舐め上げる。

 

「うっ・・・くぅ・・・」

 

 

恭也なんかに舐められたくないと、顔を背けようとする。

 

だが、どうしても恭也の手から逃れられなかった。

 

自分がこんなにも非力だったなんて。

 

遼一を守ってあげるどころか、自分の身すら守れないなんて。

 

悔しくて口惜しくて悲しくて、泣けてくる。

 

このままじゃだめ。

 

なんとかしなきゃ。

 

遼一が、亨って人のところに連れていかれちゃうっ!

 

宇宙はそう思うと、自由になる足で思いきり恭也の臑を蹴り上げた。

 

「ぅ・・・」

 

その蹴りは見事にヒットして、恭也の顔が苦痛に歪む。

 

その一瞬の隙に、宇宙は恭也の手から逃れて血を流して床に押さえられている遼一に覆いかぶさった。

 

「遼一?遼一?大丈夫?」

 

「宇宙、逃げろっ。このまま逃げるんだっ」

 

瞼の上を切り鮮血を流している遼一が、チンピラたちを渾身の力ではねのけながら叫ぶ。

 

宇宙は、首を振って嫌だと言う。

 

だが遼一はチンピラたちを殴り倒し、蹴り飛ばしながら宇宙をドアに突き飛ばした。

 

「逃げろっ!私は殺されないっ。痛めつけられても殺されることはないんだ。だがお前は・・・」

 

そう言った遼一の背中に一人掛け用のソファが飛んでくる。

 

バキッとものすごい音がして、ホテルに設置してあるソファが壊れた。

 

その勢いで、遼一の身体が床に倒れる。

 

「り、遼一っ!」

 

宇宙は、遼一のそばに駆け寄ろうとした。

 

だが遼一はキッと顔を上げ、口端から血を流しながら宇宙に言い放った。

 

「逃げろっ!」

 

「でも・・・」

 

「私に構うなっ!逃げろっ」

 

そう叫んだ遼一の身体をチンピラたちがガツガツと蹴っていく。

 

見る見るうちに遼一が着ていた白いバスローブは、血で汚れていった。

 

恭也は、無言のまま二人の様子を見ていた。

 

すっかり変貌した桜井遼一。

 

そして遼一を短時間のうちにここまで変えてしまった宇宙という男。

 

恭也は、ドアの前で立ったまま裸で震えている宇宙の前に来ると、煙草をスーツから取り出し、ライターで火を点けた。

 

やはりあのとき、殺しておくべきだったのかもしれない。

 

恭也は、遼一が亨の父親に金で買われた夜のことを思い出しながら心の中でそう思った。

 

眠っていた遼一の、修羅の心が目覚めたのだ。

 

やはりあのとき・・・・・・。

 

フーッと深く吸い込んだ恭也が、宇宙の顔に向かって煙を吐く。

 

宇宙はもう、逃げることもそこから動くこともできなくなっていた。

 

チンピラたちのリンチに遭っている遼一。

 

このままじゃ、本当に死んじゃうっ!

 

「お前は俺と来いっ」

 

煙草を吸っている恭也が、遼一には見向きもしないで宇宙の腕を掴む。

 

宇宙は、嫌だと首を振る。

 

それが今の宇宙にできる精いっぱいの抵抗だった。

 

脚が震えてしまって、ガクガクといっている。

 

恭也の目の前で、今にも崩れてしまいそうなのを必死にこらえていた。

 

「遼一が・・・遼一が・・・」

 

恭也がドアを開け、宇宙を連れ出そうとする。

 

その間も、チンピラたちは床に倒れている遼一の身体を殴ったり蹴ったりしている。

 

「遼一っ!」

 

と、ドアから出た宇宙が懸命に叫ぶ。

 

するとその声に反応した遼一が、ゆらりと立ち上がった。

 

もう気絶してもおかしくないのに、遼一の全身からは凄まじい覇気がゆらゆらとのぼっていた。

 

それを見ていたチンピラたちの背筋が、ゾクッと震える。

 

「こいつ・・・おかしいんじゃねーのか?」

 

この状況でなぜ立てるのか、チンピラたちには分からなかった。

 

宇宙の泣き叫ぶ声が遼一のぎりぎりの精神力を支えていることなど、考えもしなかった。

 

「・・・・・逃げろ・・・」

 

「遼一っ!」

 

「てめーっ、桜井っ!」

 

まさか遼一が立って追いかけてくるとは思っていなかった恭也が、バタンと床に倒れる。

 

その上に覆いかぶさった遼一は、腫れた顔で宇宙を見た。

 

「逃げろ・・・。とにかく・・・今は・・・逃げるんだ」

 

「・・・・・・・・」

 

宇宙はもう迷わなかった。

 

今は逃げるしかないと思った。

 

遼一を見捨てるとかそんなことじゃなくて、今は逃げて自由になることのほうが肝心なんだと悟ったのだ。

 

そしてそれは、遼一が身を挺して教えてくれたことだった。

 

「遼一っ・・・きっと助けに来るから・・・。絶対助けに来るから、待ってて・・・。待っててっ」

 

そう言って宇宙が裸のままホテルの細い廊下を走っていく。

 

そのとき、後ろのほうで聞きなれない機械音がした。

 

テレビの刑事ものでもよく聞く、拳銃の音に似ていた。

 

まさか・・・と、宇宙が恐る恐る廊下の端で振り返る。

 

だがそこで宇宙が目にした光景は、とても信じられないものだった。

 

拳銃を握っている恭也。

 

そして、その先で胸から大量の血を流して壁に寄りかかっている遼一の姿。

 

ぐったりして、全然動かない遼一。

 

白いバスローブが真っ赤に染まっていく。

 

「い、いやだぁぁーーーーーーー!」

 

宇宙が泣き叫ぶ。

 

『逃げろ、宇宙』

 

最後に遼一が叫んだ言葉が、宇宙の頭の中で何度も繰り返される。

 

遼一を助けなきゃ。

 

ううん、逃げなきゃ。

 

でも、でも、脚が動かない。

 

ホテルの外は、どしゃぶりの雨だった。

 

拳銃の音を聞いた他の客たちが、何事かと部屋から出てくる。

 

遼一・・・・・。

 

唖然とした顔で壁に寄りかかっている遼一の姿を見ていた宇宙は、逃げ惑う客の波に押されるようにホテルの外に出た。

 

どしゃぶりの雨の中、裸の宇宙はすぐに細くて暗い路地に入る。

 

その先は、ホームレスが集まっている場所だった。

 

「お前、裸じゃねーか?どーしたんだ?」

 

真っ青な顔をして震えている宇宙を見た中年の男性が、自分の着ていたボロボロの上着を宇宙の肩に羽織らせながら言う。

 

宇宙は言葉を忘れてしまったように、ただ呆然とその場に立ちすくんでいた。

 

これは普通じゃないと察した男が、ダンボールで作った小さな我が家に宇宙を連れていく。

 

「何か事情があるんだな?」

 

男が宇宙にボロい衣服をあてがいながら、事情を聞く。

 

だが宇宙は、今見たことが頭にこびりついて何もしゃべれなかった。

 

ただ黙って、しゃがみこんだままだった。

 

髭面の男は、もう何も言わなかった。

 

震えが止まらない宇宙は、遼一の最後の言葉を何度も頭の中で繰り返していた。

 

『今は逃げるんだ』

 

拳銃に撃たれた遼一の姿が、目にこびりついて離れない。

 

外は、まるで遼一の鮮血を洗い流すような雨が降っていた。

 

宇宙はどうすることもできず、ただ震えていた。

 

 

To be continued.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京スペシャルナイト 上 38

恭也は、らしくなくクラリとするような目眩を覚えた。

 

宇宙の身体から発せられている独特な匂いやクチャクチャという音に思考を侵されていた。

 

仕事がら、AVの撮影現場を行き来している。

 

言うことを聞かない人間を屈服させるために、無理やり犯したこともある。

 

女も男も、何十人と抱いてきた。

 

その恭也が、一瞬でもクラリと目眩を感じてしまったのだ。

 

それは、恭也自身も信じられないくらいの驚きだった。

 

まさか、こんな小僧に・・・?

 

恭也が心の中で自身に問いかける。

 

そして恭也の分身が、いつの間にかスラックスの中で頭を擡げている事実に気づいた。

 

恭也は、慌てて煙草を口に銜えた。

 

だがいつもはすぐに火をつけるはずのチンピラたちは、宇宙と遼一の激しく淫らなセックスシーンに釘付けになってしまっていて、誰も気づかない。

 

恭也はそのことに怒りを覚えると、近くに立っている男の腹に思いきり蹴りを入れた。

 

「ぐはっ・・・」

 

腹を蹴られたチンピラが、身体を曲げて床に転がる。

 

「おい、火だっ」

 

恭也の叫び声に我に返ったチンピラたちは、急いで火の点いたライターを差し出した。

 

ようやく煙草に火を点け一服し、落ち着きを取り戻した恭也は、その煙草の火を遼一の右肩に押しつけ、火をもみ消した。

 

「あうっ!」

 

ジュッと肉が焼ける音がして、遼一が大きく呻く。

 

遼一の身体が一瞬大きく震える。

 

その様子と声に驚いた宇宙は、慌てて遼一の下から這い出した。

 

そして煙草の火を押しつけられているのを目の当たりのし、慌てて恭也の手を払いのける。

 

火が消えた煙草が、ポトッと床に落ちる。

 

「やめてっ!なんてひどいことを・・・」

 

宇宙の煙草を払った怒りの手が、そのまま恭也に掴みかかろうとする。

 

「やめるんだ、宇宙」

 

その手を止めたのは、遼一だった。

 

遼一は火傷の苦痛をこらえ、顔を歪めている。

 

「遼一・・・?」

 

「このくらい、どうってことない。平気だ」

 

そう言って、宇宙を庇うようにベッドから下りる。

 

遼一は全裸の身体を隠そうともせずに、恭也の前で仁王立ちになった。

 

そして恭也を両目を細めるようにして睨みつけ、言い放つ。

 

「私は変わったんだ、恭也。もう煙草の火で脅すくらいでは、いいなりにはならない」

 

火傷をしている部分から血を流し、遼一がものすごい形相でまわりのチンピラたちを威圧する。

 

その顔に一瞬ビビッたチンピラたちは、思わず足を後退させた。

 

「・・・ どうやら以前の桜井遼一ではないようだ。眠っていた本性が宇宙のせいで目覚めたということか」

 

恭也は、ふふっと笑いながらどこか楽しげに言う。

 

その不気味な笑いに後押しをされるように、チンピラたちが一斉に遼一を取り押さえた。

 

遼一は抵抗するでもなく、おとなしくチンピラたちに取り押さえられる。

 

「抵抗しないのか?生まれ変わったんだろう?宇宙の前で、少しはいいところを見せてやったらどうだ?」

 

以外にもおとなしく束縛された遼一に不審を抱きながら、恭也が眉間に皺を寄せる。

 

「遼一っ!」

 

宇宙は、チンピラたちに殴られ蹴られている遼一に飛びついて自分が盾になろうとした。

 

だが恭也が、そんな宇宙を簡単に捕らえてしまう。

 

「おっと・・・。お前は俺と一緒に来てもらう。亨様から・・・煮て食おうと焼いて食おうと好きにしてもいいというお許しをいただいている」

 

「なんだと!?」

 

恭也の言葉に驚いた遼一が、急に暴れ出す。

 

チンピラたちは数発殴られながらも、なんとか遼一を床に押さえつけることに成功した。

 

だが、あのおとなしいただのマッサージ師だった遼一とはまったく違うことに、チンピラたちも驚きを隠せない様子だった。

 

「こいつ・・・。なめた真似しやがって・・・」

 

「亨様の許しがなきゃ、金属バットで殴り殺してるところだぜ」

 

「亨様はまだお前に未練があるらしい。おとなしく観念して俺たちと一緒に来るんだな」

 

派手なスーツに身を包んでいるチンピラの一人が、そう言って遼一を立たせる。

 

一人は、裸の遼一に無理やりバスローブを着せた。

 

よほど顔を殴られたのか、遼一の男らしく整っている顔に無数の傷がついている。

 

それを見た恭也は、チッと舌打ちをした。

 

「顔は傷つけるなと言っただろう!馬鹿野郎がっ!」

 

恭也は目を吊り上げ怒鳴り散らす。

 

チンピラたちは一瞬、子犬のように脅えてペコペコと頭を下げて謝った。

 

「申し訳ありません。ですがこいつが暴れるもんですから・・・」

 

と言っているそばから、遼一が恭也に捕らえられている宇宙に近づこうとする。

 

だが一人のチンピラの足が僚一の腹部に入り『げほっ』という声とともに、床に屈する。

 

ボタボタッと口から血が出て、床に落ちていく。

 

「遼一っ!」

 

その血に驚いた宇宙が、遼一に飛びつこうとする。

 

だが恭也は、宇宙の手をきつく掴んだまま離そうとしなかった。

 

それどころか、顎を強く掴まれグイッと上を向かせられてしまう。

 

「お前もいい子にしていないと、こういう目に遭うんだぞ?ん?」

 

優しい声だったが、背筋が凍りつくような冷酷さが滲んでいた。

 

抵抗しようにも、後ろで一つにされた手が痛い。

 

掴まれている顎が自由にならない。

 

このままでは、遼一が殺されちゃうっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京スペシャルナイト 上 37

「おっと・・・。お取り込み中だったかな?」

 

二人がこうなっていることを十分に承知した上で、とぼけた口調で恭也が言う。

 

恭也は着替えてきたのか、黒い縦縞のスーツに黒いシャツを着ていた。

 

手には、火を点けたばかりの煙草があった。

 

ドアの外で、部屋に入るタイミングを図っていたのだと遼一は思った。

 

そしてグッドタイミングで現れたというわけだ。

 

遼一は、腕の中に宇宙を抱きしめたまま、ベッドの脇に立っている恭也を睨みつけた。

 

腕の中の宇宙は、まだ絶頂感の余韻に浸っていて、部屋にチンピラたちが乱入してきたことに気づいていない。

 

「恭也・・・」

 

遼一は、宇宙の中から自身を引き抜きながら、長年の恨みを込めて呟いた。

 

亨の手足となって、この十年間というものずっと遼一を見張ってきた恭也。

 

恭也がいなかったら、遼一はとっくに亨から逃げられていたのだ。

 

頭が切れて冷酷非道な恭也の存在が、遼一を亨のもとに十年間も縛りつけていた。

 

「その目・・・。とうとう、己に目覚めたって感じの目だな?」

 

煙草を吸っていた恭也が、吐き捨てるように言う。

 

するとこのときになってやっと部屋の中に人相の悪いチンピラたちがいることに気づいた宇宙は、びっくり仰天して遼一の腕にしがみついた。

 

その様子を余裕の態度で見ていた恭也が、くくっと笑う。

 

「悪かったな。せっかく、桜井に抱いてもらえたのに邪魔をして。だが、亨様の目を盗んで桜井に抱かれた罪は重いぞ。分かっているのか、小僧?」

 

小僧呼ばわりされた宇宙は、一瞬恭也の冷酷な眼差しに背筋を震わせる。

 

だが、いつまでも遼一の腕の中で震えているわけにはいかなかった。

 

こうなることを承知して、遼一と愛し合ったのだ。

 

遼一を受け入れたのだ。

 

逃げも隠れもしない。

 

「・・・分かってる。あなたがどういう人か、あなたに命令を下している亨って人のことも全部分かってる。だけど、それでも僕は遼一を諦めることができなかった。遼一を・・・亨って人から解放してやるって心に決めたんだ」

 

そう言った宇宙の薄茶色の瞳は、驚くほど澄んでいた。

 

虚勢を張るでもなく、恐怖を感じるでもなく、相手を威圧するでもなく、ただ綺麗に澄んだ瞳でじっと恭也を睨みつけて宇宙は言った。

 

その態度と瞳に、恭也が一瞬圧倒される。

 

こんな小僧に・・・と思った恭也だったが、こんなに潔く覚悟を決めた人間を目の当たりにするのは生まれて初めてだった。

 

誰でもどんな権力のある人間でも、最後は自分の命欲しさに我を忘れて泣き叫び、許しを請うものなのに。

 

これだけの人数に取り囲まれたら、どんなに虚勢を張った男でも震え上がり逃げ出すことだけを考えるのに。

 

桜井の腕の中にいる宇宙は、恭也が知っている人間とはまるで違っていた。

 

顔は女のように見目麗しいし、身体だって細い。

 

どこにも自分たちに対抗できる根拠など見当たらない。

 

それなのに、正々堂々としていて清々しくそして潔いのはなぜなのだろうか。

 

しばらく呆然としていた恭也は、燃える煙草の熱さに気づいて、はっとして煙草を床に捨てた。

 

そして靴底で、そんな宇宙の心意気を踏みにじるかのようにもみ消す。

 

「いい覚悟だ。その覚悟に免じて・・・最後までイカせてやるよ。お前は十分に満足したようだが桜井はまだだろう?それとも、俺たちが見ている前では勃つモノも勃たねーか?」

 

ニヤッと笑って、恭也が言う。

 

その言葉に、ベッドのまわりをうろついていたチンピラたちの間から、一斉に下品な笑い声が上がった。

 

「俺たちの見ている前で、あんあんって言ってみろよ」

 

「ここで見物してやるぜ。お前が感じて尻を振る姿をよ」

 

チンピラたちが、口々に野次をとばす。

 

最初、恭也の言葉に驚きを隠せなかった宇宙と遼一だったが、抱き合ったまま見つめ合うと、少しも臆することなく唇を重ねた。

 

そしてそのまま激しいディープキスを続けていく。

 

「おい・・・?本気でやる気だぜ?」

 

「まさか・・・?この状況でできるわけねー」

 

面白おかしく囃し立てていたチンピラたちの声が、いつの間にかやんでしまう。

 

宇宙の蕾に、遼一のいきり立っている分身が再び挿入されたからであった。

 

「あっ・・・あぁ・・・・・・・」

 

宇宙の真っ赤に色づいた唇から、妖艶な喘ぎ声が上がる。

 

ズンズンッと、遼一の腰が宇宙の股間に当たる音がする。

 

「あぁ・・・遼一・・・いい。もっと・・・・・・・」

 

このとき宇宙は、本気で喘いでいた。

 

もうこのまま二度と、遼一に抱いてもらえなくなってしまうかもしれない。

 

もう二度と・・・・・・・。

 

そう思うとまわりのチンピラたちの存在などまったく気にならなかった。

 

さっきまでの続きを楽しむように、自ら腰を上下に振り、遼一自身を締めつける。

 

遼一も、そんな宇宙に誘われるままに腰を激しく揺らしていた。

 

さっき中断された行為を、もっと高みまで押し上げていく。

 

「あぁぁーーーーーーーー。遼ちゃん・・・すごい・・・」

 

こうなると、もう恭也の存在など無に等しかった。

 

「宇宙・・・」

 

「遼ちゃーん・・・いいっ。すごくよくて・・・あぁぁーーーーーーーっ」

 

また、イッてしまいそうな喘ぎ声を上げて宇宙がベッドでのけ反る。

 

髪を振り乱して妖艶に喘ぐ宇宙の姿を見ていたチンピラたちの間から、ゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえた。

 

恭也も、最初は嘲るようにして見ていたが、今では瞬きもできないくらい宇宙の淫らさに釘付けになっていた。

 

上下に開く濡れた真っ赤な唇。

 

ギュッと握り締められた白いシーツ。

 

甘ったるくて聞いている者の理性を失わせるような喘ぎ声。

 

そして、桜井の下で腰を震わせ、快楽のすべてをのみ込んでいる、美しくも淫らな肢体。

 

「あぁぁーーーーーーーっ・・・、イッちゃう!」

 

そう叫んだ宇宙の足の指が、ピクピクッと震えている。

 

上気した肌にくっきりと残っている朱色のキスマークが、脳裏に焼きつく。

 

「私も・・・イク・・・」

 

遼一は、宇宙の中を深々と貫きながら、絶頂の証を放った。

 

それをのみ込み受け入れている宇宙の蕾が、ビクビクッと痙攣を起こしているのが見える。