由一がアクアでヘルプとして働くようになってから、三日が過ぎた。
まだまだ慣れないことばかりで戸惑っている由一だが、一生懸命さは誰にも負けていなかった。
どんな嫌な仕事でも一生懸命にやる由一のことを、真琴はとても高評価していた。
そんなある日、藤堂がアクアにやって来た。
「・・・この男が・・・堂本の?」
最初に由一を見た藤堂は、そう言って真琴に聞いた。
由一は、威圧感のある藤堂に見つめられたまま、まったく動けなかった。
全身の毛が逆立つような、こんな凄みのあるヤクザに出会ったのは、初めてだったのだ。
堂本も怖いという印象があったが、ダブルスーツをビシッと格好よく決めている目の前の藤堂弘也には、堂本以上の迫力があった。
心臓を射抜くような鋭い眼差しと低くドスの利いた声。
髪は黒くオールバックで、しかもめちゃくちゃいい男である。
藤堂の周りを囲んでいるヤクザたちも、誰も彼もがつわもの揃いのようだった。
普通のヤクザじゃないのだ。
もっと強くて冷酷で、その上いつも冷静沈着で、いかにも極道といった感じである。
「そんなに苛めないでください。すっかり脅えちゃってます」
真琴は、くすっと笑って藤堂の腕に絡み付いた。
そして一番奥の特別室に案内していく。
真琴は、藤堂とこの部屋に入る時はいつもヘルプは付けないのだが、今夜は特別だった。
真琴には、ある作戦があったのだ。
由一に自分の本当の気持ちに気づいてもらい、うまくこの一件を収める作戦が・・・。
「由一君はここにいてくれる?あとはいいから下がって」
真琴はドアが閉まると、すぐにシルクグレーのスーツを脱ぎ出した。
そしてピンク色のオープンカラーのYシャツのボタンを外し、スラックスも脱いでいく。
「あ、あの・・・?」
由一は初めて入った特別室の豪華さに圧倒される間もなく、真琴の大胆な行動に顔を赤らめた。
急にスーツを脱ぎ出して、どうして裸になるのか分からなかったのだ。
だが真琴は、由一が見ていることなどまったく気にしないで高価なシャツを脱ぎ、下着さえも脱いでいく。
「あのぉ・・・・・真琴様?」
由一は、いよいよ目のやり場に困ってしまった。
藤堂の前で臆することなく、まるでそれが当然であるかのように裸になっていく真琴を、由一は手で顔を隠すようにしながらも、不思議そうに見つめていた。
「真琴・・・どういうつもりだ?」
藤堂もいつもと違う、真琴の大胆な行動を不思議がっている。
「いえ、ちょっと考えがあって。協力してもらえますか?」
真琴は、立ったまま一糸纏わぬ姿になってソファに座っている藤堂に言った。
藤堂は、初めてふふっと優しく笑って、真琴の手首を掴み引き寄せる。
そして自分の膝の上に裸の真琴を横抱きにしてのせると、キス交じりに囁いた。
「・・・まぁ、いい。お前が何を企んでも構わない。こんな大胆で妖艶な真琴が見られるなら・・・」
と、藤堂は激しく真琴の唇を覆っていく。
真琴はあらがうことなくそのディープキスを受け入れると、藤堂のネクタイを取り去っていく。
「あっ・・・ んっ・・・」
そんな二人を見つめ、由一は唖然としていた。
二人の濃密な行為に驚いたということもあったが、もっと由一を驚かせたのは、真琴の身体にあるいくつもの銀色のピアスを見たせいだった。
可愛い左右の乳首に、プラチナのリングピアスがついているのだ。
しかもそのピアスは左右の乳首だけではなく、なんと真琴のそそり立っている分身の先端にもついていた。
「・・・ピ、ピアス?」
由一は、真琴の身体から目が離せなくなっていた。
綺麗とか色っぽいとかそんな生やさしい言葉では言い尽くせないくらい、真琴の裸体は美しく妖艶だった。
余分な脂肪などまったくついていない、引き締まったウエストと細い手足。
肌はどこもかしこも透けるように白くて、乳首と分身だけが朱色に変化していた。
襟足の少し長いサラサラの髪と青い瞳が、まるでこの世の者とは思えないくらい美しく幻想的なのだ。
「あっ・・・藤堂さんっ・・・。こっちも吸って・・・」
真琴は、藤堂にそう言ってもう一つの乳首も吸ってほしいと哀願した。
藤堂は、真琴の哀願した通りに、左側の乳首もピアスごと舐めて、吸っていく。
「あっ・・・いいっ・・・藤堂さんっ・・・」
真琴の喘ぎ声は、由一を一気に赤面させた。
こんなに高貴で天使のように美しい真琴が、愛撫をされて淫らに喘ぎ、破廉恥に腰をくねらせて喜ぶなんて、この目で見てもとても信じられなかった。
真琴がヤクザの情夫だということは知っていた。
だが、身体中の性感帯にピアスをつけて、まるで抱き人形のように喘いでいるなんて・・・。
しかもこうされることを喜んでいる。
こんな卑猥で破廉恥で、エッチで恥ずかしいことをされているのに。
由一はそう思いながらも、藤堂に愛撫され、喘いでいる真琴の淫らな姿から目を逸らすことができなかった。
「あっ・・・藤堂さんっ・・・ いいっ。下の方もしてぇ・・・・・」
乳首への愛撫だけでは我慢できなくなったのか、真琴は自分からキスをせがむようにして妖艶に訴える。そんな真琴に満足したのか、藤堂はふふっと笑いながら真琴の下半身に顔を埋めていった。
ソファの上で自ら両足を広げ、藤堂に愛撫をねだる真琴は、驚いたことに今まで見たどんな真琴よりも魅力的で美しく、そして気高く見えた。
「あぁぁ・・・・・藤堂さん・・・・・」
真琴は、分身の先端を舐められ、ピクンッと下半身を震わせて喘ぐ。
由一は、両手で顔を覆ってはいたが、指の間からしっかりとそんな真琴の色っぽい姿を見つめていた。
じっと息を殺すように見つめていると、自然と身体が熱くなるのが分かる。
しかも、自分の分身までも藤堂に舐められているような錯覚に捕らわれ、感じてしまっていた。
「あぁぁ・・・いいっ・・・ もっと・・・もっと・・・藤堂さ・・・んっ」
真琴の声には、遠慮などなかった。
欲望のまま、どんどん淫らにエッチになっていく。
どうしてこんなに淫らになれるのか、こんなに欲望に素直になれるのか、最初は由一には分からなかった。だが真琴の藤堂を見つめる優しい瞳と、藤堂を呼ぶ優しい声を聞いているうちに、なんとなくだが分かってきた。
由一を捜している堂本の元に、一本の電話が入ったのはその日の真夜中だった。
けたたましく鳴った電話に勇ましく出たヤクザが、とたんに泡を食ったような表情で、堂本にコードレスの受話器を手渡す。
堂本は電話に出ると、すぐにその理由を理解した。
電話の相手はなんと驚いたことに、藤堂四代目である藤堂弘也からのものだった。
自分のところの組長が藤堂組の直系の傘下であるだけに、さすがの堂本もギョッとした。
「藤堂四代目・・・。お久しぶりでございます」
堂本は、なぜ藤堂四代目のような人物が直接自分のところに電話をかけてきたのか、皆目見当もつかなかった。
そう、由一のことを藤堂の口から聞くまでは・・・。
「えっ?由一が・・・四代目のところに・・・?はい、知っています。一度、組長と一緒に行ったことがあります。えっ?由一がアクアで・・・?」
電話で藤堂と話している堂本の表情が、次々と変わっていく。
「・・・はい、分かりました。四代目がそうおっしゃるなら、私になんの不足もありません。分かりました」
堂本は左目を細め、ギギッと奥歯を噛み締めながら返事をして、電話を切った。
「くそっ!由一が藤堂四代目の・・・情夫のところに匿われている」
電話を切るなり、堂本は口惜しそうに言って滝沢を睨んだ。
不動産会社の事務所に戻っていた滝沢は、予想だにしなかった話の展開に、思わず両目を細めた。
「藤堂四代目の情夫というと・・・あの有名なホストクラブ『アクア』の代表取締役社長のことですね?名前は、確か真琴とか・・・」
「一度だけ付き合いで組長と行ったことがある。青い目をしたハーフだったが、それがなぜ由一と繋がっているんだ?それにしばらくアクアで働かせたいと言って来ている。一応承諾はしたが、藤堂四代目はいったい何を考えているんだ?」
社長室にいる堂本は、イライラしたようにそう言って椅子から立ち上がった。
堂本は、表向きは不動産会社を経営している。
いや実際に経営しているのだが、その利益の半分ほどが上納金として組の本部へ流れていた。
堂本が属する組の組長の名は、木城龍之輔といった。
もう七十歳の老人で、最近では脳梗塞のため入退院を繰り返している。
組長とは名ばかりで、木城組の真の実力者は、実は力と金のある堂本だった。
堂本は幹部筆頭で、次の組長候補ナンバーワンなのだ。
組長が交替したら、自分も当然藤堂組の傘下に収まることになる。
藤堂四代目とは、できるなら事を構えたくない。
暴力団としての権力も富も雲泥の差があり、今藤堂と争っても、デメリットばかりで何一つとしてメリットがないからだ。
それどころか、こっちの身が危うくなる。
知恵と知識のある堂本は、そこのところを読み違えるような浅はかな男ではなかった。
だが、由一が藤堂の情夫のところにいたのではどうしても手が出せないのも事実である。
堂本はしばらく考えてから、滝沢に言った。
「・・・捕らえた大学生たちを解放しろ。由一をおびき寄せる餌にしようと思ったが、仕方がない。何も喋らせるなよ」
「分かりました」
少しだけ不満げな滝沢の返事だったが、堂本は構わず言葉を続けた。
「・・・それと、アクアに予約を入れておけ。一度、そこの社長様とゆっくり話をした方がよさそうだ」
「・・・はい」
堂本は、ため息交じりに椅子に座り、何かを考え込むように深く瞼を閉じていった。
「それは、困ったことになったね?」
個室に案内した後、大体の話を聞き終えた真琴は、深いため息とともにそう言った。
「や、やっぱりそう思いますか?」
由一はやっと人に話すことができた安堵感と同時に、多大な不安も抱いていた。
ダージリンティを飲み、少し落ち着きを取り戻した由一は、心配そうに真琴の綺麗な顔を見つめた。
青い瞳がこんなにも綺麗だなんて。
由一は真琴の顔を間近で見たときに、素直にそう思っていた。
「私が困ったと言ったのは、由一君が一般人を巻き込んでしまったことに対してです」
由一が、はっとした顔をして真琴を見つめる。
一般人って言った。
ということは、やっぱりこの人もヤクザと関係がある人なんだろうか?
でもこんなにも美麗で心までも美しいのにヤクザと関係があるなんて、とても信じられない。
「・・・一つ聞いてもいいですか?」
じっと真琴の顔を見つめている由一に、真琴は微笑みながら聞いた。
「はいっ。なんでも・・・」
「由一君は・・・堂本さんをどう思っているの?好き?それとも嫌い?」
真琴の質問は、由一をあんぐりとさせてしまうくらい突拍子もないものだった。
「あのね、由一君。正直に答えてほしいんだけど。君の正直な気持ちが、今回の一件で最も重要なことだから・・・」
と、真琴がまた微笑んで言う。
由一はその笑顔の清々しさに一瞬見とれてしまったが、すぐに我に返った。
最も重要なことってどういうことなんだろうか。
由一は堂本を好きか嫌いかと尋ねられて、初めて堂本のことを真剣に考えた。
そんなの、嫌いに決まっている。
なぜなら、堂本は借金の形だとか言って無理やりに自分を攫い、あのマンションに監禁した男なのだ。
あんなひどい目に遭わされて、いきなりキスされて、車の中で愛撫されて、あんな冷酷非道な男、好きなわけないじゃないか。
好きなわけ・・・・・・。
「・・・・・」
「どうしたの?答えが見つからない?」
真琴の言葉に、由一ははっとして青い瞳と視線を合わせた。
嫌いなはずなのに、嫌いだって言えないのだ。
あんな男って思っているのに、どうしても心からそう思えない。
それどころか、車の中でキスされたり愛撫されたりしたことを思い出すと、自然と身体が熱くなって下半身が疼いてしまうのだ。
それに、キスされた唇の感触がまだ生々しく残っている。
「・・・・・嫌い・・・じゃないかもしれない・・・です。どうしてか分からないけど・・・あんなひどい仕打ちをされたのにどうしてなのか分からないけど、嫌いじゃないです。たぶん・・・」
由一は、心が訴えているままの正直な気持ちを真琴に伝えた。
真琴は、ニッコリと笑う。
「そう、よかった。それなら私にも打つ手はあるから」
「えっ?」
「とにかく、私と出会ったのも何かの運命だから。この件は私に任せてくれる?もちろん、悪いようにはしないって誓うから」
真琴は、ニッコリと天使のような微笑みを見せつけながら由一に言う。
由一はその笑顔が噓偽りを言っているようには思えなかった。
すぐに『はい』と返事をして頷く。
「真琴様に・・・すべてお任せします」
「真琴でいいよ」
と、真琴は言ったが、由一は聞かなかった。
こんな悲惨な状況の自分を救ってくれる人を、呼び捨てになんてできない。
せめて様をつけさせてほしい、と由一は訴えた。
真琴が仕方がないというような顔をして、折れてくれる。
「由一君はその件が片付くまで、しばらくここで働くっていうのはどうかな?今、ホストのヘルプを募集しているところだからちょうどいい。お給料は結構いいと思うよ。ここはアクアっていってね、会員制のホストクラブなんだけど、嫌かな?」
どういうわけか、すっかり信用してしまっている真琴の言葉に、由一が逆らえるはずもない。
由一はすぐに『働きますっ』と答えていた。
真琴はそんな由一を見て、またしても優しい天使の笑顔を向けていた。