サニタリールームで下ろされた由一は、堂本のYシャツのボタンを外しながら言った。
すると由一の所々汚れた衣服を脱がせている堂本が、ふふっと笑う。
「俺の背中には、毘沙門天が祭ってある」
「・・・それは・・・刺青ってことですか?」
「刺青は・・・嫌いだろう?」
と、堂本が少し左目を細めて言う。
由一は、すぐに『いいえ』と言って首を振った。
「堂本さんのだったら、好きです」
きっと、今回の拉致事件がなかったらこんなセリフもすんなりと出たりはしなかっただろう。
確かに由一は刺青をしているような人種は別世界の人間だと思っていたし、はっきりいって嫌いだった。
だが、真琴を抱く藤堂の背中の昇り竜を見た時から、そんな自分の考えが少しずつ変わっていったのだ。
真琴の白い身体の上でゆっくりと動く昇り竜の刺青は、まるで真琴を犯しているようだった。
昇り竜が真琴の中に入っていくようで、とても淫靡で美しい光景だった。
藤堂の雄々しい刺青を見る機会に恵まれたのは二度目だったが、由一はそれから刺青に対して憧れに似た感情を抱くようになっていた。
「堂本さんの刺青に触れたい・・・」
由一は、裸になった状態で言った。
堂本は着ていたものを脱ぎ、筋肉がついた逞しい裸体を披露する。
堂本の肩から背中、そして腰には、色の入った美しい毘沙門天の刺青が彫られていた。
由一は息を殺してその刺青に見入った。
綺麗だった。
本当に美しいと思ったのだ。
「綺麗・・・」
由一がうっとりと呟き、背中に指先で触れてみる。
広くて逞しい背中から腰にかけて、甲冑を纏い、鉾を持った仏法守護神毘沙門天が雄々しく立っていた。
「後でゆっくりと見せてやる。今は・・・由一の方が先だ」
堂本はそう言うが早いか、由一の身体を再び抱き上げてバスタブに入っていく。
二人で入ってもまだ余裕のある広いバスタブには、ローズの香りが立ちこめていた。
堂本はバスタブの中から手を伸ばし、ジャグジーのスイッチを押す。
するという細かい泡が勢いよくバスタブの横から噴射して、由一の身体を包んでいった。
「すごい・・・」
「使うのは初めてか?」
「はい」
「だったら、楽しめ」
堂本はニヤッと笑ってそう言うと、由一の身体を抱き寄せた。そして泡が噴射されている方に向かって、由一の身体を反転させる。
「堂本さん?」
堂本が何をしようと思っているのか、由一には分からなかった。
だが湯の中で由一の足を左右に開き、泡が噴射されている部分に股間を当てようとしているのを知ると、ギョッとした。
堂本がこれからしようとしていることは、とてもエッチなことだった。
ジェット噴射されている泡が、由一の股間に当たるようにしているのだ。
つまり、泡の刺激で由一を感じさせようとしている。
「あっ・・・堂本さんっ・・・いやっ・・・」
と、慌てて足を閉じようとしても、堂本はしっかり左右の足を抱えるように押さえていて、閉じることなど許されなかった。
「あっ・・・あぁ・・・」
案の定、堂本は思いきり左右に開いた股間に、ジェット噴射されている泡を当てる。
すると勢いのある気泡が、由一の股間全体を激しく刺激して、初めての快感を与えていく。
「あ・・・だめっ・・・堂本さんっ」
由一は、分身を直撃している気泡の感触をもろに受け止め、その快感に思わずビクンッと腰を震わせた。
こんな感触は初めてだったのだ。
泡の刺激がめちゃくちゃ気持ちいい。
「あぁぁ・・・・・」
堂本は、背後からしっかりと由一の両足を抱えたまま、勢いのある気泡の刺激から逃げることを許さなかった。
「あぁぁ・・・だめぇぇぇ・・・・・」
由一は、今にも果ててしまいそうな声を上げて思いきり首を左右に振る。
勢いのある泡が与えてくれる快感は、想像を絶するくらい、いい。
ブクブクとしている泡の細かい優しい感触が、集団となって由一の分身目がけて襲ってくる。
バスタブに入った時はそれほど硬くなかった由一の分身は、その気泡の攻撃によって一気に膨張し硬くなっていた。
手で、ねっとりと愛撫されるのとはまた違う不思議な快感が由一をどんどん淫らに変えていく。
「あぁぁ・・・そんな・・・ああっ・・・」
「気持ちいいと、言ってみろ」
堂本は、後ろから耳たぶを噛むようにして由一に言う。
由一はその刺激にも十分に感じてしまいながら『あんっ』と甘えるような喘ぎ声を漏らした。
「そうじゃない。気持ちいいと・・・ちゃんと口に出して言って見ろ」
と、堂本が再び耳たぶを噛む。
だが堂本は今度は耳たぶを噛むばかりでなく、左右の手で乳首までも引っ張るようにして愛撫していた。
「・・・・・イッちゃいますぅぅぅーーーーーっ」
思わず、由一が叫ぶ。
「だめだ。ちゃんと言えるまでイかせない」
堂本はそう言って、泡のジェット噴射口から由一の股間をずらしてしまった。
由一は、今までの中で最高の絶頂感を極めそうだった状況から、突然放り出されてしまい『いやぁぁぁーーーーー』と叫び声を上げる。
そして無我夢中でお湯の中で足をバタつかせて、また気泡が分身に当たるようにしてほしいと訴える。
「堂本さん・・・いやですぅ・・・・・。もうちょっと欲しいぃ・・・・・」
「だったらちゃんと言え。こうして泡で弄ばれて、気持ちいいか?」
由一は、もう恥ずかしいなんて言っていられなかった。
あの泡の柔らかくて優しくて、それでいてどんな刺激よりもたっぷりと濃厚に感じさせてくれる感触をもう一度味わいたかったのだ。
あの甘美で脳が溶けてしまいそうな感触を味わえるなら、なんだって言う。
どんなことだって、しちゃう。
そんな気持ちだった。
「はい・・・気持ちいいです・・・アソコに泡が当たって・・・気持ちいいです」
と、由一が焦れたように喘ぎながら言うと、堂本はニヤッと口元を歪めて笑った。
「どんなふうに気持ちいいのか、言ってみろ」
どんなふうにと言われても・・・と由一は思ったが、言葉に出して言わないと、また下半身の位置をずらされてしまう。
堂本が高層マンションの最上階に戻ってから三十分ほどして、由一がヤスに連れられて戻ってきた。
「ど、堂本・・・さん・・・」
堂本を認めた由一の目には、涙が溢れている。
見知らぬヤクザたちに連れ去られてからというもの、決して涙を見せず気丈に振る舞っていた由一だったが、堂本の顔を見たとたん、全身から力が抜けてしまった。
ポロポロッと流れた大粒の涙は頬を伝い、床に落ちていく。
「堂本さんっ」
「・・・・・由一」
無傷だといっても、悲惨な状態には変わりなかった。
きっと連れ去られる時に抵抗して暴れたのだろう。
顔には、いくつもの引っ掻き傷があった。
手首にも、きつく縛られていた跡が赤くなって残っている。
「・・・来い、由一」
堂本は左目を細めて優しく言って、ふらふらと歩いてきた由一を抱き締めた。
抱き締めると、由一は崩れるようにして堂本の胸にしがみついた。
「うえっ・・・堂本さん・・・えっ・・・」
緊張の糸が切れた由一は、まるで子供のように泣き崩れた。
ガクッと膝が崩れ、立っていられなくなる。
だがその身体を堂本は片手で支えるようにして、涙が伝っている頬にキスをした。
「無事でよかった。心配したぞ」
「堂本さん・・・うぇっ・・・堂本さん・・・」
「顔に傷をつけるな。跡が残ったらどうする?」
「堂本さん・・・」
「顔に傷があるのは、俺だけで十分だ」
「うぇ・・・ううっ・・・・・」
堂本の舌が、顔の擦り傷をそっと労うように触れていく。
触れたとたんちょっとだけ滲みたが、由一はこうして癒されるのが堪らなく嬉しかった。
それに、自分がこんなにも堂本を頼りにして、愛していたことを初めて知ったのだ。
いつの間に愛してしまったのかなんて、分からない。
どうして好きになってしまったのかなんて、分からない。
だけどいきなり攫われて、カビ臭い部屋の中で手足を縛られ、命の危険にさらされて初めて堂本を心の底から愛していると分かったのだ。
いつ、殺されてしまうかもしれないという切羽詰まった恐怖の中でずっと考えていたことは、堂本のことばかりだった。
堂本さんならきっと助けに来てくれる。
だから、こんな脅しに負けていちゃいけない。
堂本さんを信じて、自分をしっかり持っていなきゃいけないんだ。
堂本さんは、絶対に私を助けてくれる。
由一は、堂本を愛しいと思えば思うほど、不思議なくらいそう確信していった。
迷いも疑いも、まったくなかった。
ただ、堂本が助けに来てくれるのを何もせずじっと待っているのが、今の自分にできる最大限のことだと信じていた。
「・・・・・よく我慢してたな?偉いぞ由一」
堂本は、今までに見せたことのない笑顔を見せて、優しく言った。
由一はその言葉を受けて、堂本を信じて待っていてよかったと心の底から思っていた。
「だって、きっと助けに来てくれると思ったから・・・」
「そうか・・・。いい子だ、由一」
「・・・うん」
由一は、頷くようにそう返事をして、ギュッと堂本のスーツにしがみついた。
今回の一件は間違えば命を失っていたかもしれないが、結果的には堂本と由一の心を強く結びつける結果となっていた。
「・・・アクアの真琴さんが心配しているはずだ。連絡してやれ」
堂本の言葉に、由一ははっとして顔を上げた。
そうだ。
きっと今頃は、自分のことのように心配してくれているに違いない。
真琴の心の優しさを十分に知っている由一は、慌てて堂本から携帯を受け取った。
そして真琴の携帯を鳴らすと、すぐに真琴が出た。
「あっ、あの・・・真琴様?由一ですっ。はいっ・・・無事ですっ。堂本さんが助けてくれて・・・堂本さんが・・・」
由一は、何度も何度も堂本さんが、と言う。
その言葉の中に堂本への愛情をくみ取った真琴は、嬉しくて嬉しくて思わず涙を流していた。
由一がこんなにも早く救い出されたのも奇跡に近いが、二人の絆がもっと強まったことの方が真琴には奇跡に思われた。
『よかったね、由一君』
真琴の震えている声を受け、由一は心から感謝しながら携帯を切った。
「真琴様・・・泣いていた」
「きっと、死ぬほど心配したはずだ。お前の身を自分のことのように心配している人だから」
「・・・うん」
「少し落ち着いたら会いに連れてってやる。今度はアクアの客としてな」
「うん」
由一が泣きながらそう返事をすると、堂本は由一の身体を抱き上げた。
そして部屋の中にいたヤクザたちに、顎で出ていくように合図する。
「バスタブまで抱いていってやる」
「はい」
「背中も流してやる」
「・・・・・はい」
少し間をおいてから、由一は恥ずかしそうに頷いた。
堂本にこんな優しいことを言われるなんて、思っていなかったのでどう答えたらいいのか、分からなかったのだ。
だが堂本との会話の中で、自分は『はい』とだけ言って微笑んでいればいいのだと知った。
そうすれば、堂本はいつでも優しいのだ。
美麗な左半分の顔で笑ってくれる。
「私も・・・堂本さんの背中、洗ってあげたい」
堂本は、藤堂と同じく冷静だった。
由一を攫った相手が誰なのか、見当がついていたからである。
それにその男に、堂本の情夫である由一を傷つける勇気も根性もないことは十分に知っていた。
由一を攫った張本人、それは堂本と次期組長の座を争っている『高島和真』だった。
「高島さんから、お電話です」
案の定、事務所で待っていた堂本の元に、高島から電話が入る。
『よう、堂本。調子はどうだ?』
「いいわけねーだろ?そんなことより、攫ったものを返してもらおうか?」
と、堂本が左目を光らせドスの利いた声で言うと、電話の向こうの高島はいきなり笑い出した。
『攫ったもの?なんのことだかわからねーな?』
「惚けるなよ、高島?それとも、俺と刺し違えるつもりか?ええ?」
堂本の脅しは、強がっているだけの小心者の高島を、一瞬黙らせてしまった。
そして、高島がつい口走ってしまった言葉は、由一を攫ったことを肯定する言葉だった。
『てめー、俺にそんな口を利いていいと思ってるのかー?こっちには、切り札があるんだぞっ!』
と、興奮して喚いてしまってから慌てて口を閉じたのだが、もう遅かった。
これで高島が由一を攫ったことは明らかとなった。
「で・・・・・そっちの条件はなんだ?」
堂本はこれ以上高島と低レベルで話をしていても無駄だと思い、本題に入る。
高島は、急に大声で勝ち誇ったように笑い出した。
『はははっ・・・いいねぇ。今日はまた、のみ込みが早いじゃないか』
「いいから早く言えっ。どうすれば由一を無傷で返してくれるんだ?」
『そうだな・・・。まず、次期組長候補からの辞退しろ。その次に、お前の持っているシマを全部俺に譲れ。そしてお前はヤクザを引退しろ。それがお前の大切な者を返してやる条件だ』
高島は大声で怒鳴って、また勝ち誇ったように笑う。
その笑い声を聞いていた若いヤクザたちは、今にも爆発寸前である。
「・・・いいだろう。それで由一が無事に帰って来るなら、その条件をのもう」
『マジか?ははっ・・・本当なのか?こりゃたまげたぜっ。あっはは・・・これで木城組は俺のものだ。組長亡き後、組を引き継ぐのはこの俺だっ!』
高島は、おとなしく条件をのんだ堂本に完全に勝ったと思った。
もう誰も、高島を止めることはできないと。
高島が最強の男なんだと。
『本家の藤堂四代目と・・・親しいらしいな?まさか・・・今回の一件に引っ張り込むつもりじゃないよな?』
あまりにもうまく行きすぎていて、高島は少し不安になったのか、声のトーンを落として聞いてきた。
堂本は冷静沈着な表情のまま『藤堂四代目とは無関係だ』とだけ答える。
別に高島に偽りを言っているわけではなく、堂本は藤堂をこの一件に引っ張り込むつもりなど毛頭なかった。
こんな内輪もめを自分たちの力で鎮められないくらいなら、組長など引き継げないからだ。
『そうか・・・。それを聞いて安心したぜ』
高島はやっとホッとして、また不気味に笑う。
だがその笑い声が最後まで終わらないうちに、高島は突然悲鳴を上げた。
『ひぃ・・・ぐえっ!』
受話器の向こうから聞こえてきたのは、間違いなく高島の呻き声だった。
しかも、続けざまに何度も殴られ蹴られているのか、骨が折れるような鈍い音までもが聞こえてくる。
『や、やめてくれぇぇぇーーーーーっ!許してくれーーーーーっ』
そこにいるのであろう、十人以上のヤクザたちの叫び声が、聞こえてくる。
受話器の向こうでいったい何が起こっているのかを知っている堂本は、高島の許しを請う悲鳴と呻き声を、冷酷な表情で聞いていた。
『た、頼むっ!もう許してくれぇぇぇーーーーー』
苦痛にもがき、みじめったらしく泣き喚いている高島の叫び声が、受話器から唸るようにして聞こえている。
実は、攫ったのが高島だと確信していた堂本は、手の者たちを高島の事務所に向かわせ、奇襲をかけさせたのだった。
まさかこんなにも早く堂本の手の者たちが来るとは思っていなかった高島は、あっという間に事務所への侵入を許していた。
迎え撃った若いヤクザたちも、次々に蹴散らされ、最後には高島一人だけとなってしまっていた。
そしてそんな血気盛んな若いヤクザたちの先頭に立っていたのが、金髪頭のヤスだった。
「もう、いいだろう」
堂本は、しばらくしてからそう言って、高島に行われていたリンチ行為をやめさせた。
だがその時にはもう叫び声など上がらないほどひどく痛めつけられ、顔はボコボコにされ、すでに原型をとどめていなかった。
「由一を捜せ。事務所の中にいるはずだ」
堂本の言葉通り、由一は目隠しをされ、両手を前で縛られた姿で、事務所の一番奥の部屋から発見された。
『見つけましたっ。無事です。どこにも怪我はありませんっ』
と、ヤスが言うと、コードレスの受話器を握り締めていた堂本は、やっと肩の力を抜いた。
「警察が動く前に、すぐに連れて帰れと言え。それと、高島を殺すなと伝えろ」
堂本の言葉通りヤクザが伝える。
「あの、堂本さん。ヤスが・・・高島のような外道は生かしておいても世の中のためにはならないから、ぶっ殺したいと言っていますが・・・」
「だめだ。殺すなと言え。いいな、絶対殺すな!」
堂本の言葉を再度忠実にヤスに伝えたヤクザは、ようやく受話器のスイッチを切る。
「納得したそうです。それと、あと一時間ほどでマンションに着くそうです」
「そうか・・・・・」
と、堂本は椅子の背もたれに上体を預けてため息交じりに言う。
今回のことは、一つの賭けだった。
犯人は高島に違いないと踏んで行動したが、これがもし見当違いだったら。
ヤクザとしての今の地位を失うばかりでなく、大切な由一の命を失う結果になっていたかもしれなかった。
「よかった」
堂本は、思わずそう呟いた。
堂本は、ヤクザ人生の中で怖いと思ったことなどなかった。
どんな窮地に立たされても、どんなに身の毛のよだつような場面に出くわしても、怖さなど微塵も感じたことがなかった。
だが今回、初めて恐ろしいと思った。
由一を失ってしまったら、そう考えると足が震えるくらい、心底怖かった。
これが、人を愛するということなのだろうか。
そしてこれが、愛する者を失う恐怖というものなのだろうか?
堂本は椅子に座ったままじっと考え、由一を失った時の悲しみを想像していた。
そして由一のことを考えれば考えるほど、堂本は白くて細身の身体をしている由一を、抱き締めたくてしょうがない欲望に取りつかれていた。
一時でも早く無事な由一に会いたい。
会って思いきり抱き締めて、キスしたい。
由一の顔中にキスをして、それから裸にして押し倒し、由一の蕾に自身を埋め込みたい。
由一のすべてを、自分のものにしてしまいたい。
もう、一刻の猶予もならなかった。
「マンションに帰る。車だ」
「はいっ」
堂本は、いても立ってもいられなかった。
そんな熱っぽい欲望と情を隠すかのように、堂本は急いで事務所を出て行った。