「どうしても嫌だと言うなら、戻りたいと言わせてやる」
堂本は片方の目を少し細めてそう言うと、見る見るうちに由一から衣服を剥ぎ取っていく。
「あっ・・・堂本さんっ!」
スラックスや下着、靴下まで脱がされてしまい、すっかり裸になった由一は、手で股間を隠すようにして叫ぶ。
だが堂本は、初めて見る由一の裸体を片目でじっくりと見回しながら、脱がせた衣服を放り投げてしまった。
「堂本さん・・・」
堂本の何かを決心したような顔を見て、由一がソファの上で固まってしまう。
怖いと由一は思ったが、その反面、これから何をされるのかという期待感もあった。藤堂と真琴の濃厚なセックスシーンを何度も見ていた由一の頭には、多少なりともセックスの知識がインプットされていた。
だから、不思議と抱かれるということに対しての恐怖はなかった。
ソファに座り直した堂本は、由一の裸体を片目でじっくりと見回してから、口を開いた。
「・・・手で隠すな」
と、堂本はテーブルの上のウイスキーが注がれているグラスを手に取って、落ち着いた口調で命令した。
「あ、あの・・・?」
「言われた通りにしろっ」
逆らうことを決して許さない堂本の命令口調に、由一の裸体がビクンッと震える。
「・・・はい」
由一は言われた通りに、股間を隠していた手を退けた。
だが手はブルブルと震えていて、うまく由一の言うことを聞いてくれない。
そんな由一の手を、堂本が焦れたように捕まえた。
「この手は邪魔だな?」
と、言うが早いか、自分が締めていたエルメスのネクタイをシューッと外し、それで由一の手を後ろに回して縛ってしまう。
「あっ・・・ 堂本さんっ!」
由一が、何をされているのか気づいた時にはもう遅かった。
完全に逃げ道を塞がれ、そして抵抗することさえできない状態に追い込まれていた。
しかも、あっという間に。
「堂本さん・・・ あの・・・手を解いてくださいっ」
と、由一は哀願したが、堂本は冷酷な光を放っている左目を細めるだけで、何も言わない。
そして視線を下げ、由一が今まで手で隠していた下半身をじっと見つめた。
「み、見ないでっ」
驚いたことに、由一の分身はすっかり勃起していた。
しかも、堂本に見られていることが嬉しいのか、ピクンッと息を潜めて震えている。
堂本もそれには驚いてしまい、ふふっと笑った。
「・・・俺にキスをされて感じたのか?」
「そ、そんなことは・・・ 」
「じゃあ・・・これはどういうことなんだ?ん?」
と、堂本が由一の顎を掴み、強引にキスをする。
由一はキュッと目を瞑ってキスを受けていたが、身体は正直だった。
キスされたことがしょうがないとばかりに、ピクンピクンと勃起した分身を震わせる。
堂本はそんな分身を愛しく思ったのか、キスをしたまま由一自身をやんわりと握り締めた。
「んっ・・・」
その瞬間、由一の下半身がピクンッと跳ね上がってしまう。
堂本に握られている分身は、たったそれだけでイッてしまいそうなくらい感じていた。
「身体は素直で言うことを聞くのに、どうして由一は素直じゃないんだろうな?ええ?」
堂本は、ギュッと分身を握り締めながら言った。
「あっ・・・きつい・・・」
痛そうに顔を顰めて由一が呻く。
「きつくしてるんだ。当たり前だろう?」
堂本は耳元に低い声でそう言って、もっと強く握り締めていく。
「ひぃ・・・うっ・・・」
由一は、声にならない悲鳴を上げて思いきりのけ反ってしまう。
手を後ろで縛られているので、どうしようもなかった。
「い、いや・・・痛いっ」
由一は、大きな堂本の手に握られて、見る見るうちに血色がなくなっていく分身を見下ろして、ひぃ・・・と息をのむ。
このまま、握り潰されてしまいそうなくらい痛かったのだ。
「いやいやっ・・・痛いっ」
「痛くしている。当たり前だ」
堂本は、ソファの上で何度も跳ね上がっている由一を見ても、まったく表情を変えない。
由一が六本木の高級会員制ホストクラブ『アクア』で働くようになってから、約三週間が過ぎようとしていた。
真琴は、あんな破廉恥な姿を由一に見られてからも、変わらず優しく親身になって接してくれた。そして由一も、あれから何度か特別室で藤堂と真琴のセックスシーンを見ることになったが、今ではあまり気にならなくなっていた。
まぁ、相変わらず、一人で勝手に想像してイッてしまっていたが、後の処理は手慣れたものになっていた。
高級ホストクラブ『アクア』では、客とホストが身体の関係を持つことは厳しく禁じられている。
だが、その条件は真琴にだけには適用されてはいなかった。
特別室は、実は真琴と藤堂のために用意されており、藤堂は時間が空いた時にはアクアに来ては真琴とのセックスを楽しんでいたのだ。
このアクアの実質的なオーナーは藤堂であり、藤堂の言うことがすべてであった。
そんな藤堂の情夫である真琴から、今夜は特別なお客様がいらっしゃるから失礼のないようにという電話が店に入る。
由一は真琴に用意してもらった白いシルクのシャツと黒いスラックス、それにグッチの革靴を履いて、特別室の準備を整えていた。
予約が入っている特別な客以外はこの一室には通さないのが、アクアだった。
きっと、藤堂組の関係者でものすごい実力者なのだろうと想像しながら、由一はせっせとソファを拭き、テーブルをセットした。
「今夜は、由一君もヘルプで入ってくれる?」
真琴は、真っ赤な薔薇の花束を両腕に抱えるようにして特別室に入って来た。
真琴の今日のスーツは、オートクチュールの濃紺のシングルスーツだった。
白いドレスシャツと紺色の水玉のネクタイがとても清々しくて、真琴によく似合っている。
「でも・・・私はまだ・・・」
「いいから、入って。いいね?」
真琴は半ば強制的にそう言って、薔薇をホストの一人に渡す。
薔薇の花束は、真琴の熱烈なファンの人からの贈り物だった。
いつも華やかさと美しさに囲まれている真琴を見ていると、羨望のため息が出てくる。
「おい、新入り。真琴様に憧れてもだめだぞ。あの人は特別なんだから」
「特別・・・ですか?」
「そう、特別な人。あんな人は二人といないよ。だから、藤堂組長の情夫でいられるんだ」
「情夫で・・・い・ら・れ・る?」
由一は、横にいたホストの言葉に思わず眉間に皺を寄せた。
情夫でいられるというのは、とても不思議な言い方に思えたのだ。
ヤクザの情夫とは、人から羨ましがられるものなのだろうか?
藤堂クラスのヤクザだったらそうなのかもしれないが。
じゃあ、堂本さんは?
堂本さんの情夫になりたいと思っている人って、いるんだろうか?
「おいっ、新入り君。真琴様のお客様が見えたようだ。早く特別室に行きなさい」
「は、はいっ」
はっとした由一は、急いで特別室に行く。
すると真琴は一人の男性を案内しているところだった。
「ようこそ、いらっしゃいました。堂本様」
えっ?堂本様?聞いたことがある名前なんだけど?
と、由一は不思議そうな顔で男性の顔を見つめる。
男性の顔には見たことのあるひどい傷があり、右目が閉じたままの状態だった。
「ど、ど、堂本さんっ!?」
驚いたことに、目の前に立っているのはあの、堂本だった。
どうして堂本さんがここに?
顔面蒼白の由一が、助けを求めるように真琴を見つめる。
だが真琴はいつもの穏やかで冷静な顔をしたまま、特別室に堂本を案内した。
「お飲み物は何になさいますか・・・?」
「ウイスキーを、ダブルで」
「はい、かしこまりました」
と、注文を聞いた真琴が目配せをする。
すると突っ立ったまま口をあんぐりと開けていた由一は、慌ててウイスキーのダブルをホストの一人に注文した。
「では、私たちはこれで失礼します」
真琴は、堂本をソファの中央に座らせると、そう言って席を立つ。
「あとはこの者がお世話いたしますので、よろしくお願いします」
真琴は、由一を指し示してニッコリと言う。
堂本は口元を少し緩めて、軽く頷いた。
「あ、あの・・・真琴様・・・」
何がなんだかまったく分からない。
私が堂本さんのお世話って・・・そんなの聞いていないっ。
それに何よりも、そんな大役が私に務まるわけがないじゃないか!?
ど、どうしたらいいんだろうか?
「それでは。何かございましたらお呼びください」
真琴はそう言ってホストたちを下がらせ、ドアを閉めてしまう。
由一は堂本と二人きりで特別室という豪華絢爛な部屋に残され、卒倒してしまいそうだった。
「・・・・・元気そうだな?」
青ざめている由一を、堂本はじっと見つめたまま優しく言った。
逃げたこと、きっと怒っている。このまま殺されるかもしれないと思っていた由一には、救いの言葉だった。
「・・・・・堂本さんも・・・」
と、由一は相変わらず美麗さと醜さが隣り合っている堂本の顔を懐かしそうに見つめた。
なんだろう。
あんなに怖いと思っていたのに、堂本の顔を見たとたんホッとして、心がキュンッとなってしまうのだ。
「突っ立っていないで、こっちに来て座れ」
堂本はそう言って、ポンッとソファを叩いた。
由一は一瞬迷ったが、言われた通りに横に座った。
すると堂本がいきなり手を伸ばし、由一の細い顎を掴み、グイッと引き寄せる。
このシチュエーションは、とて久しぶりのように思えた。
胸がドキドキと高鳴っていて、今にも聞こえてしまいそうである。
「・・・捜したんだぞ、由一」
「ご、ごめんなさいっ」
由一はやっぱり怒っていると思いながら、どうして座ってしまったのかと後悔した。
堂本を裏切ってしまった自分は、このまま首を絞められて殺されてしまっても文句は言えないからだ。
だが堂本は、由一の想像とは違う行動をした。
キスをしてきたのだ。
それも、息が止まるくらい激しいキスを。
「・・・・・ん・・・んんっ」
由一はいきなり抱き締められ、身動きひとつできなかった。
堂本の舌が口の中に入り込み、由一の舌を搦め捕っては吸い上げていく。
巧みで激しいディープキスは、とても長い時間続いていた。
「・・・由一・・・。戻ってこい」
どれくらい時間が経ったのか、由一はいつの間にかソファの背もたれに寄りかかり、グッタリとしていた。
今のキスで身体中から力が抜けてしまい、頭の中はフニャフニャである。
それにずっと堂本にキスされたいと、心の中で願望として思っていたので、余計に感じてしまっていた。
藤堂と真琴のセックスシーンを見たことによって、由一の中の何かが変わりつつあった。
心がとても柔軟になったというか、ヤクザに対する認識が変わったというか。
はっきりしているのは、堂本を嫌いじゃないというとだった。
そしてこうしてキスをされることは、とても好きだし気持ちがいいということだった。
「堂本さん・・・ 」
「どうしてお前が藤堂四代目の情夫と関わりがあるのか知らないが、俺が話をつける。だから戻ってこい。もう・・・以前のように一人きりで監禁するようなことはしない・・・。だから・・・戻ってこい」
堂本はとても優しく言いながら、由一の耳たぶを噛んだ。
由一は小さな声で喘ぎながら、キュッと目を瞑った。
初めは怖くてしょうがなかった堂本なのに。
こうしてキスをされてから触られると、身体中に血が駆け巡り、下半身が熱くなっていくのだ。
ヤクザにキスをされて興奮してしまうなんて、なんて破廉恥でいやらしいんだろうと思った最初の考えは、とうの昔になくなっていた。
今は、堂本に求められる自分の身体がちょっとだけ誇らしくて、堪らなく愛しい。
「・・・・・でも・・・あっ・・・」
由一は、わざと考えるふうな素振りを見せる。
すると堂本は、由一のシャツのボタンを外し、ベルトにも手を掛けた。
真琴は、藤堂を愛しているのだ。
それも中途半端な愛情じゃなくて、一緒に死んでもいいと思える位、激しく強く藤堂を愛している。
だからこんなにも淫らに大胆になれるのだ。
由一はそのことに気づいた時には、もうその場に立っていられないくらい感じてしまった。
足がガクガクとして、今にも崩れてしまいそうである。
しかも、下半身がトクントクンッと激しく脈を打っていて、少しでも触ったらこのまま果ててしまいそうだった。
「あぁぁぁ・・・・・」
ひときわ大きな声で、真琴は喘いだ。
真琴の股間を弄っていた藤堂の指が、蕾に挿入されたためであった。
だがよく見ると、藤堂の指は挿入しただけではなく、中で何かを探しているようだった。
「あっ・・・藤堂さんっ・・・」
「まだ入れていたのか?いい子だな・・・真琴」
「藤堂さんの命令だから・・・」
「我慢できた御褒美は・・・何がいい?」
二人の会話は、下手なエッチビデオを見るよりも、由一の下半身にズンッときていた。
それに藤堂がゆっくりと真琴の蕾から取り出したものを見て、由一はますます目を丸くした。
真琴の中には、真珠のネックレスが入っていたのだ。
真珠の玉を一つ掴みそれを引き出すと、ズルズルと蕾から真珠のネックレスが出てくる。
「あっ・・・あっ・・・ああーん・・・・・」
一粒ずつ出していくと、真琴は今までとは違った音色の声で喘ぎ出す。
その声は、由一の身体を震わせ、そして思わずイッてしまいそうなくらい色っぽかった。
真珠を取り出すと、藤堂はスラックスのファスナーを下げ、真琴に膝の上にのるように命令する。すっかり感じまくっている真琴は、肩で大きく息をしながらゆっくりと藤堂の股間を開き跨ぎ、そして腰を落としていく。
「あっ・・・ああっーーーーーーっ」
藤堂の分身は、まるで大蛇のようだと由一は思った。
頭の部分が張った大蛇が、鎌首を擡げて真琴の白いお尻の中に入っていく。
そんな光景を目の当たりにした由一は、ついにこらえ切れなくなって下着をつけたままイッてしまった。
そしてイッた瞬間は、なぜか顔の右側にひどい傷がある堂本を思い出す。
堂本の愛撫も、とても巧みでうまかった。
キスだって蕩けるように甘くて、頭の中が真っ白になるくらいステキで、あのまま今の真琴のように淫らなことをされてもいいと思ったぐらいなのだ。
ああっ。
堂本さんに会いたいっ。
堂本さんにキスされたい。
由一は、床にペタッと腰を下ろし、濡れてしまった下着の感触を感じながら、心の中でそう思っていた。
一瞬正気に返り、どうして堂本のような男のことなんかっ・・・と思ってみたが、身体の欲望には勝てなかった。
下半身がどんどん淫らに疼いてしまう。
それに、考えれば考えるほど、どういうわけか堂本を憎めないのだ。
借金の形で監禁されたが、ひどい扱いを受けているわけではなかった。
普通ヤクザといえばもっと荒らしく暴力的で、気に入らないことがあればいつも愛人とかをぶん殴っているようなイメージしかなかったのだが、堂本は違っていた。
暴力をふるわれたことは一度もない。
引っ掻いて傷つけてしまった時だって、殴ったりされなかった。
高層マンションにたった一人で監禁されてはいたが、住んでいたマンションや食べ物、そして衣服に至っても、何もかも普段は望んでも手に入らないようなものばかり与えてくれたのだ。
野球の開幕戦を見に連れていってくれたのだって、絶対逃げないと約束したから連れていってくれたのだ。
もしかしたら、堂本は堂本なりに、最大限の愛情を示してくれていたのではないだろうか?
愛しているという言葉は一度も聞いていないし、出会ってまだ間もないが、もしかしたら堂本は真剣に由一を愛してくれているのではないだろうか?
由一は、床に座ったままいろいろなことを考えていた。
目の前では、背中を向けた真琴が大胆な格好で藤堂の膝に跨がり、激しく上下に動いている。
ぬるぬると光を放ちながら、真琴の中に入っていく大蛇を見つめて由一は思った。
なんて淫靡で美しい光景なんだろうかと。
藤堂と真琴の激しいセックスシーンをこうして見ていても、まったく嫌な気がしないことを不思議に思いながら、由一は心のどこかで真琴に憧れていた。
あんなふうに、自分も誰かに激しく愛されたいと。
堂本に、激しく愛されてみたいと。
男同士なんて、破廉恥とかいやらしいとか最初はそう思って毛嫌いしていたけど、そうじゃない愛する者と愛される者。
その二人が激しく愛情を確かめ合っている。
ただ、それだけなのだ。
普通の男女と何も変わらない。
いや、もっと深くて強いのだ、藤堂と真琴の結びつきは。
「あっ・・・あぁっ・・・藤堂さんっ・・・」
真琴が切なげな表情を見せて、藤堂の名を呼ぶ。
真琴の蕾の中には藤堂の大蛇が根元まで入り込んでいて、真琴をもっともっと淫らで妖艶な情夫に変えていく。
由一は、高価なペルシャ絨毯が敷き詰められた床に座っていたが、何かに堪え切れなくなったように、特別室のドアまでよろよろとよろめきながら歩いていった。
そして静かにドアを開け、外に出て行く。
「あぁぁぁーーーーーーっイッちゃう!」
藤堂が下から突き上げるように腰を揺らすと、真琴の喘ぎ声に、いっそう艶やかさが増していく。
由一はその声にドキンッと胸を高鳴らせながら、ドアを閉めた。
驚いたことにドアを閉めてしまうと、廊下にはまったく真琴の喘ぎ声は聞こえてこなかった。
防音効果のある設計になっているのだろうが、由一はちょっとだけそのことが残念だった。
だが、正気に戻って自分の下着の中がひどいことになっていると気づき、慌てて周りを見渡す。
さっき真琴が犯されているのを見ながら、勝手にイッてしまったのだった。
「・・・・・着替えなきゃ・・・」
由一は呟くようにそう言うと、困惑したように下半身に視線を落とした。
真琴の声を聞いただけで、まるで自分が愛撫されているような錯覚に捕らわれてしまうなんて。
しかも自分が想像した相手が、あの堂本だなんて・・・・・。
由一は、ロッカールームに入ってからも、しばらく呆然として立ち尽くしたままだった。
「どうしたの?」
そんな由一に、このアクアのナンバー2『聖一』が声をかける。
「特別室で、何かあった?」
心配そうに聖一が尋ねると、由一ははっとして現実に意識を戻した。
今また、堂本にキスをされ、押し倒されて愛撫されたことを思い出していたのだ。
「あっ・・・いえっ。なんでもありません」
と、由一が真っ赤な顔で慌てふためきながら言うと、聖一は整った甘いマスクでふふっと笑った。
「君はラッキーだよ、由一。あの特別室に真琴様と一緒に入れたんだから。しかも藤堂四代目に顔まで見知ってもらって・・・。由一はいったい何者なんだ?」
「いえ、私は別に・・・」
「隠さなくてもいいよ。きっとどこかの力のある人の情夫なんだろうけど、でもラッキーだよな。真琴様に目を掛けてもらえるんだから・・・」
真琴は、どうやらこの店のホストたちから羨望の眼差しで見られているようだった。
日本最大の暴力団組織、藤堂組四代目、藤堂弘也の情夫。
その事実が真琴の評価をいっそう上げたのは事実だったが、真琴の人気の秘密はやはりあの天使のような美しさと心の温かさだった。
アクアのホストたちは、そんな真琴に心底惚れているのだ。
「まぁ、頑張れよ。ここには他人の人気を羨んだり邪魔をしたりする了見の狭い、つまりレベルが低いってことだけど、そういうホストはいないから安心して」
「あ・・・はい」
紺地に白いストライプ柄のスーツを着ている聖一は、それだけ言うと、ロッカールームから出て行く。
由一はやっと一人になると、周りを見渡してからスラックスを脱ぎ始めた。
飛沫が付着している下着なんて、早く脱いでしまいたい。
由一は急いで着替えると、もう一度ネクタイを締め直した。
鏡の中の由一は、まだ赤い顔をしている。
「・・・どうして堂本さんのことなんか思い出しちゃうんだろう・・・。あの人は怖くて・・・無理やり私を攫った人で、大切にしてくれるのは最初だけで、飽きたらきっとどっかに売っちゃうような、非道なヤクザなんだから。藤堂さんのようなヤクザとは違うんだから・・・」
由一は独り言のようにそう呟いて、自分の心を否定しようとしたが、また堂本にキスされた時のことを思い出してしまう。
そのたびに由一の頬は熱くなり、胸はドキンッと激しく高鳴ったが、それがどうしてなのか由一には分からなかった。
「・・・・・でも・・・キスはうまかったかも・・・。とってもステキだった・・・・・」
由一はそう呟きながら、指先で唇をなぞってみた。
「堂本さん・・・」
由一の頭の中には、藤堂と真琴の濃厚なセックスシーンではなく、顔の右側に傷がある堂本の顔だけが浮かんでいた。