東京スペシャルナイト 上 18
- 2016年01月09日
- 小説, 東京スペシャルナイト
チンピラたちに路地に連れ込まれながらも、必死に宇宙は泣き叫ぶ。
このままでは、本当にラブホテルに連れ込まれてしまう。
ホテルに連れ込まれたが最後、本当に狼のようなこのチンピラたちに犯されてしまう。
男が男を襲うなんてとても信じられなかったが、現実に犯されそうになっていた。
「誰かっ!助けてぇぇーーーーー!」宇宙が思いっきり叫ぶ。
「だから、無駄だって言ってんだろうが!」
「いい子にしてれば、朝には解放してやるよ」
目をギラつかせたチンピラたちが口々に言う。
路地を抜けた目の前には、派手なラブホテルの看板が立ち並んでいる。
それを見た宇宙の顔面からは、サーッと血が引いていった。
どうしよう。
このままでは本当にチンピラたちの玩具にされてしまう。
こんな路地裏のラブホテル街に引き込まれてしまっては、もう誰も助けてくれない。
どうしようっ。
大好きな桜井さんにもすべてを捧げてないのに。
こんなことになるんだったら、キャンセルなんてしないでマッサージに行けばよかった。
マッサージに行って、ちゃんと自分の気持ちを桜井さんに打ち明ければよかった。
スペシャルマッサージをもう一度して欲しいって、言えばよかった。
好きだって言えばよかった。
宇宙は、ホテルの入り口で一生懸命に抵抗しながらそんなことを思っていた。
ああ、桜井さん。
僕はもう、本当にあなたに会えなくなってしまう。
宇宙がそう思ったとき、チンピラたちの強引な動きがピタッと止まった。
不思議に思って見ると、チンピラたちの視線が一点に集まっている。
宇宙は、チンピラたちの視線を辿った。
そしてそこで見たものは、宇宙がずっと会いたいと望んでいた桜井の姿だった。
「・・・その辺で許してあげなさい」
険しい表情の桜井は、チンピラの前に進み出て、厳しい表情でそう言った。
チンピラたちが、無言のまま顔を見合わせる。
チンピラたちは、桜井を見知っている様子だった。
黒いサングラスをしている男が桜井の前に歩み寄る。
だが桜井は一歩も引かずに言った。
「こんなところで素人さんを相手にしてるんじゃない。もう帰りなさい」
見るからに強そうな黒いサングラスの男を目の前にしても、まったく動じない。
そんな男らしい桜井を見て、宇宙の胸はドキンッと高鳴った。
桜井さんが助けてくれた。
嘘みたい。
でも、相手は喧嘩に慣れているチンピラだし、このままでは桜井さんが。
宇宙の心配をよそに、桜井は黒いサングラスの男の耳元で何かを囁く。
それを聞いた男の顔から、サーッと血の気が引いたのを宇宙は見逃さなかった。
いったい何を言ったのだろうか?
「お、おい。帰るぞ」
サングラスの男が、そう言って背を向けた。
手下のチンピラたちも、男の後を追って背を向けた。
突然割り込んで来た桜井に対して喧嘩を売ったり、いちゃもんをつけたりする者は誰もいなかった。
まるで満ち潮が引いていくみたいに、チンピラたちが賑やかなホテル街から消えていく。
その様子を道路にしゃがみ込んで見ていた宇宙は、何がなんだかさっぱり分からなかった。
桜井はあの黒いサングラスの男に何を言ったのだろうか?
どうしてチンピラたちは手を引いたのか。
チンピラたちは桜井を見たとたん、驚きと同時に脅威のようなものを表情に浮かべていた。
でもどうして?
「・・・大丈夫ですか?」
しゃがみ込んだまま考えていた宇宙の頭の上から、桜井が声をかける。
「は、はい」
宇宙は慌てて返事をして、桜井を見上げた。
いつもの男らしくステキな顔が、自分を優しい眼差しで見つめている。
細められたその瞳を見て、宇宙は胸の奥がキュンッと痛くなるのを感じていた。
会いたかった桜井さんが、目の前にいる。
しかも、チンピラたちを追い払った雄々しい姿で立っているのだ。
宇宙はもう、天にも昇るような心境だった。
「マッサージの予約をキャンセルしたでしょう?何か用があったんですか?それとも・・・大切な人とデートとか?」
宇宙を立たせた桜井が、ずっと気になっていたことを率直に聞く。
すると宇宙は、急に顔を真っ赤にして『いいえ』と言って首を振った。
「デートなんて・・・そんなことありません・・・。だって・・・付き合っている人なんていないし。今は桜井さんに夢中だから」
と言ってしまってから、宇宙は『あっ』と言って慌てて口を両手で塞いだ。
だがもう遅かった。
ずっと抑えてきた宇宙の気持ちは、桜井に伝わってしまった。
宇宙は顔をもっと赤くして、両手で口を塞いだままその場にガクッと崩れてしまった。
まさかこんなところで、こんなふうに桜井に告白するつもりなんてなかったのに。
チンピラに絡まれていたのを助けてもらった嬉しさと、桜井に偶然にも出会えた喜びから、つい本心を言ってしまったのだ。
崩れたまま、アスファルトの上で蹲る宇宙。
宇宙はもう、桜井の顔を見上げる勇気などなかった。
「・・・・・・・」
桜井は、そんな宇宙の顔にそっと手を置いた。
そして優しく労るように、髪を撫でていく。
「・・・マッサージ、していきませんか?」
「・・・えっ?」
「もちろん、スペシャルマッサージです」
と、桜井が言うと、宇宙は驚いて顔を上げた。
薄茶色の瞳には、涙が溢れていた。
「ス、スペシャルマッサージですか?」
「嫌ですか?」
と桜井が聞くと、宇宙はいきなり立ち上がって『いいえっ!』ときっぱり言った。
「全然嫌じゃないですっ。スペシャルマッサージ、ぜひお願いしますっ」
もうこうなったら、恥ずかしいことなんて何もない。
いくとこまでいってやる。
桜井さんにだったら、何をされてもいいんだ。
すべてを捧げたって、いい。
宇宙は、そんな心境だった。
「では、行きましょうか」
背の高い桜井は宇宙の細い肩を抱き寄せて、ホテル街を歩き出した。