東京スペシャルナイト 上 19

そんな二人を、黒いベンツの後部座席から一人の人物がじっと見ていた。

 

彼の名前は恭也、三十五歳。

 

先ほどのチンピラたちが属している組の若頭をしている男だった。

 

だが、互いに心を通わせている二人は、そんな恭也の存在にはまったく気づいていなかった。

 

桜井にこうして肩を抱かれて歩いていると、まるで恋人同士である。

 

宇宙の胸は、今にも爆発してしまいそうなくらいドキドキしていた。

 

このままマッサージを受けたら、きっと以前のとき以上に感じてしまうに違いない。

 

目を覆いたくなってしまうような、両耳を塞いでしまいたくなるような醜態を見せてしまうかもしれない。

 

だがそんなことよりも、今ここで桜井に出会えた偶然を尊重したかった。

 

偶然?

 

ううん、違う。

 

これは運命かもしれないのだ。

 

だったらなおのこと、この瞬間を大切にしなければ。

 

そんなことを考え、覚悟を決めた宇宙の肩を抱いている桜井が、ラブホテルの自動ドアの前に立つ。

 

「・・・・・・・えっ?」

 

驚いている暇もなく、目の前のドアは静かに開き、宇宙と桜井を招き入れた。

 

肩を抱かれたまま少し歩くと、そこには部屋の間取りの写真が並べられていた。

 

明るく灯っている部屋もあるし、すでに暗いものもある。

 

「どの部屋がいいですか?」

 

桜井が、宇宙の耳元で優しく聞く。

 

宇宙は大胆な桜井の行動に驚きながらも、今さら後には引けないことを察していた。

 

「ど、どこでも・・・いいです」

 

やっとの思いで宇宙が言うと、桜井はプール付きの部屋をチョイスしてくれた。

 

その部屋のボタンを押すと、カードキーが出てくる。

 

カードキーを持った桜井は、多少震えている宇宙の肩を抱き寄せたままエレベーターに乗った。

 

「こういうところは、初めてですか?」

 

狭いエレベーターの中で、桜井が聞いてくる。

 

宇宙は、素直に大きく頷いた。

 

緊張してて、声が出ないのだ。

 

「そんなに緊張しなくていいですよ。宇宙が嫌がることは、何もしませんから」

 

宇宙って、呼んでくれたことが妙に嬉しく感じる。

 

それに嫌がることは何もしないと言ってくれたことに、安心感を覚えた。

 

実際には、桜井にされることに、嫌なことなんてなかったのだが、言葉でそう言ってもらえると心が落ち着いた。

 

エレベーターから降りて、ドアの上についているランプが点滅している部屋の前に立つ。

 

桜井はこういうところは慣れているのか、カードキーを手慣れた手つきで使い、ドアを開けた。

 

「・・・うわぁ・・・・・」

 

驚いたことに、部屋の中にはラブホテルといういやらしい感じはまるでなかった。

 

まるでどこかの水族館のようだった。

 

明るい部屋の中には円形のベッド、品のよいソファとテーブル、そしてジャグジーバスとトイレ。

 

そして宇宙を驚かせたのは、円形のベッドのまわりを取り囲んでいる、巨大な水槽だった。

 

熱帯魚が、ベッドのまわりを気持ちよさそうに泳いでいる。

 

「すごいっ!ベッドのまわりが水族館だっ」

 

驚きの声を上げて、宇宙が思わずベッドの上に飛び上がる。

 

枕元にあったスイッチ適当に押すと、ベッドが静かに回り出した。

 

これには宇宙は素っ頓狂な声を上げてベッドの上で飛び上がるほど驚いた。

 

「すごいっ。すごーい。ベッドが回ってる。熱帯魚が回ってて・・・とても綺麗・・・」

 

驚きのあまり、不安などどこかに飛んでしまった宇宙を見て、桜井は部屋のライトを調節する。

 

すると部屋の明かりがトーンダウンして、水槽だけが明るく照らされた。

 

「すごーいーーーーーーー!」

 

唖然とした宇宙が、神秘的なその様子に見入ってしまう。

 

さっきまで、街のチンピラに絡まれ身に危険が迫っていたことなど、もうすっかり忘れてしまっていた。

 

宇宙は、熱帯魚に釘付けになりながらまるで子供のようにはしゃいでいた。

 

そんな中、桜井は一人でワイシャツやスラックスを脱ぎ裸になる。

 

「宇宙も、服を脱いで泳ぎませんか?」

 

桜井の言葉に無防備に振り返った宇宙は桜井の逞しい裸体を目の当たりし、とっさに熱帯魚たちに顔を戻す。

 

今、桜井さん、裸だった?

 

うそっ、うそぉ!?

 

でも・・・今裸だった・・・。

 

顔を真っ赤にして、今一瞬だけ見た桜井の裸体を頭の中に思い出しながら宇宙は急にソワソワした。

 

バランスの取れた裸体。

 

広い肩と厚い胸板。そして逞しい下半身。

 

宇宙の顔がもっと真っ赤になる。

 

そうだった。

 

ここはラブホテルで、自分たちはエッチなスペシャルマッサージをするためにここに入ったんだった。

 

すっかり忘れてた。

 

「宇宙?早く服を脱いで、こっちに来てごらんなさい。とても気持ちいいですよ」

 

一人でベッドの上で固まったまま顔を真っ赤にしている宇宙を残し、桜井は裸のまま隣の部屋へと入っていく。

 

するとそこには、十人は軽く入れるくらいの透明な円形のプールがあった。

 

階段を上がった桜井は、深さが胸のあたりまであるプールに入り、気持ち良さそうに泳ぎながら宇宙を呼ぶ。

 

スーツ姿の宇宙はどうしようかと迷っていた。